第一話 運命は書き換えられた
「……悪いけど、お前、パーティーから外れてくれないか」
そう言われた瞬間、すべての音が遠ざかるような感覚がした。
冒険者ギルドの作戦室。テーブルを囲むのは、俺が信じていた仲間たち──勇者カイル、聖女リアナ、剣士グレイ、そして賢者ミレイユ。
そして、その中心にいた俺、レオン・アルディアは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「お前の“魔法”、役に立ってる実感がないんだよな。支援とか補助とか……正直、なくても勝てるし」
カイルが腕を組んで言い放つ。
ミレイユも続ける。
「それに……この前の戦闘、あんた一人だけ生き残ったわよね。どうしてかしら? まるで、先に結果を知っていたみたいに」
冷たい目。疑いの視線。
リアナは目をそらし、グレイは舌打ちする。
俺は、答えなかった。いや──答えられなかった。
【天啓魔導】。未来の断片が視えるこの力は、長らく俺だけの秘密だった。
そして、もうひとつの力。【フェイト・コード】──運命の結果を書き換える異能。
それを告げたところで、誰が信じる?
「……分かった。出ていくよ」
そう言って俺は、パーティーの印章を机に置いた。
背中越しに、安堵の溜息が聞こえる。
ああ、これが“本当の姿”だったんだな。
勇者だの、仲間だの、美辞麗句の裏に隠された打算と不信。
──いいだろう。ならば、この運命ごと書き換えてやる。
ギルドを出たその瞬間、俺のスキルが反応する。
【天啓】が語る“未来の予告”が脳内に流れ込んできた。
──三ヶ月後。
──王都壊滅。
──元パーティー、全滅。
──ただ一人生き残るのは──
「……俺、か」
口元が歪む。
ああ、見えた。お前らの“末路”も、泣きながら縋りついてくる“姿”も。
そのとき俺は、笑って言ってやるんだ。
『知ってたよ。お前らがそうなることくらい。だって、“未来”はもう見えてるから』ってな。
空を仰ぎ、目を閉じる。
神の視点から──俺の物語が、始まる。
追放されたその日の夜、俺は王都を発った。
目的地は西の辺境、《アルセルの谷》。人が少なく、魔物の危険も多い未開の地だ。
なぜそんな場所へ? 簡単だ。【フェイト・コード】の“書き換え”が、都市の魔力干渉で制限されていたから。
つまり──都会ではチートが使いづらい。
「やれやれ、ようやく全力が出せるってわけだ」
地図を見ながら、草原を歩く。
魔物が出ても問題ない。俺の“視界”には、もうすでに未来が映っている。
この先、右からゴブリンが2体、左から狼が1体。それをこう動いて、こう倒せばノーダメージ。
──そして、その通りになった。
【未来視】は予言じゃない。
“起こりうる未来を複数提示し、そこからベストルートを選ぶ”ための演算式だ。
さらに【フェイト・コード】を上書きすれば、勝利すら確定にできる。
──だが、それは“誰かを守る”ための力だった。
その“誰か”は、もういない。
……いや、今から探しに行けばいいだけだ。
守るに値するものを。支配じゃなく、“選ばせる”ために。
***
辺境の村に着いたのは、出発から三日後だった。
草葺きの家々が並ぶ、小さな村。畑と家畜、そして子どもたちの笑い声。
「すみません、旅の者です。しばらく宿を──」
と、受付の女性に声をかけようとした瞬間、耳に鋭い叫びが届いた。
「村の外れに魔獣が! 子どもがまだ逃げ遅れてる!!」
瞬間、俺は走り出していた。
(視ろ。未来を。どう動けば、誰も死なないか)
視界に走馬灯のように映る、“分岐”の数々。
──子どもを助けに向かう→間に合わない→子ども死亡
──別ルートで陽動→子どもは助かるが村に被害
──第三ルート:魔獣の行動パターンを“改変”し、誘導する
「決まりだ」
俺は【フェイト・コード】を展開。
世界の“運命言語”が、頭の中で羅列されていく。
《獣種:ラザグール/行動予測:突進→咆哮→捕食》
→上書き:【対象、20秒後に“方向転換”】【興奮状態を“鎮静”へ変更】
──コード、完了。
魔獣が俺を視認し、咆哮を上げて突っ込んでくる。
「悪いな、その未来は──書き換え済みだ」
魔獣の動きが、途中でフラついた。
咆哮が途切れ、体が急停止。
そして、全身が硬直したその瞬間──
「《死点穿通》」
俺が放った魔力の槍が、魔獣の眉間を貫いた。
ドサリ、と重たい音を立てて、巨体が倒れる。
──誰も、死ななかった。
周囲にいた村人たちは、呆然と立ち尽くしていた。
「お、おい……今の、何だ……?」「一撃で……?」
村長らしき男が、慌てて駆け寄ってくる。
「助かった……いったい、あなたは……」
「旅の者です。少しの間、ここで静かに暮らせたらと思っていたところでした」
「……いや、ぜひうちの村に来てくれ。食事も、寝床も、すぐに用意する!」
子どもが俺の服の裾を握って言った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
ああ──この一言のために、俺は戦ったんだと思い出した。
あれから三日が経った。
村での生活は、想像以上に穏やかだった。
朝は畑の手伝い、昼は子どもたちに魔法の基礎を教え、夜は焚き火を囲んで村人たちと話す。
こんなにも「ありがとう」が自然に届く生活があるとは、知らなかった。
「レオンさん、今日も魔法の授業お願いできますか?」
「おう、いいとも。……その前に、少し未来を覗かせてくれ。君たちがケガしないようにね」
子どもたちは「かっこいい〜!」と笑う。
……戦うだけが、魔法じゃない。
この三日間で、それを実感した。
だが同時に──世界の歪みもまた、感じていた。
【オラクル・マギア】が、微かな異常を告げていたのだ。
──“未来が、読みにくい”。
これは異常だ。通常、未来視は確率の重なりにより多様なルートを示す。だが今、いくつかのルートが“断絶”している。
そして、決まってその未来には《王都》の文字が含まれていた。
(……あいつらのとこか)
否応なく、思い出す。
かつての仲間たち。俺を切り捨て、笑っていた連中。
──彼らが死ぬ未来は、まだ“確定”していない。
だが、刻一刻と近づいている。
「村長さん。王都方面の情報、何か入ってますか?」
「ああ……最近、通信の使い魔が戻って来ないらしくてな。王都が何か隠してるという噂もあるが……」
(隠してる、か……いや、隠せてないだけだ。未来はすでに、崩れ始めてる)
その晩、【フェイト・コード】が自動で警告を発した。
《対象:王都周辺/出現確率:99.2%/種別:災厄級魔獣/影響範囲:広域》
──“運命改変要求:yes or no?”
「……今は、noだ」
俺はその改変をあえて見送った。
それが“ざまぁ”の始まりになると、確信していた。
***
──一方、王都。
「な、なんだと!? 南方防衛線が……壊滅!?」
カイルが絶叫する。
グレイとリアナ、ミレイユも血の気が引いていた。
次々と届く壊滅報告。魔王軍の新種・災厄級魔獣の存在。
そして、その存在に“誰も気づけなかった”という異常。
「くそっ……レオンがいれば……!」
グレイが口を滑らせた瞬間、空気が凍りつく。
リアナが震える声で言った。
「ねえ……私たち、あのとき……本当に、間違ってたんじゃ……」
ミレイユが机を叩く。
「黙りなさい! あいつのせいでこうなったのよ……! あんな不気味なスキル、最初から信用できるわけないじゃない!」
……だが、彼女の声は震えていた。
誰もが、思い出していた。
あのとき、レオンが一言も文句を言わずに立ち去った姿。
どこか“すべてを見透かしたような”あの目。
「まさか……あのとき、もう……?」
──そう。すべては、予定通りだ。
***
「さて……次は、どう動こうか」
俺は、星空の下で一人呟く。
村では平穏が続いている。
だが、王都では混沌が始まった。
未来は、無限に分岐する。
そしてそのすべてを“選べる”のは、運命を干渉できる者だけ。
「もう一度、会うことになるだろうな……“後悔”と一緒に」
そのとき、俺がどう応えるか──それもまた、俺次第だ。
静かに目を閉じる。
“未来”は、すでに見えている。