表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

熱血教師、悪役令嬢の飼い猫に転生し、飼い主の根性を叩き直す

「今日もいじめてやりますわ、エルン!」


 金髪縦ロールの髪型、派手な赤いドレスを着た、美人だが目つきの鋭い令嬢が、俺に襲いかかってくる。

 ノートを丸めて棒状にして、俺を叩いてくる。


「ほらっ!」


 一発喰らってしまった。

 所詮ノートだから命に関わることはないが、それなりに痛い。


 ここは令嬢の私室。屋外だったらいくらでも逃げられるんだろうが、この狭さだとそうもいかない。甘んじていじめられるしかない。

 え、窓やドアを開けて逃げればいいじゃないかって?

 そうもいかないんだな……。

 なにしろ、俺はこの令嬢のペット、白猫のエルンなんだから。

 ドアも窓も、自力で開けるのはちと無理だ。

 とか考えてるうちに、もう一発浴びてしまった。結構痛い。

 いい加減にしろよ、こいつ!


 ちょいと状況を説明すると、ここはとある乙女ゲームの世界。

 この令嬢の名はアナベル・クロフォード。身分は伯爵令嬢で、いわゆる悪役令嬢ってやつだ。

 当然性格は悪く、趣味は飼い猫いじめという将来が思いやられすぎるプロフィールを持つ。

 今は14歳で何年か後、この国の王子アークトゥルス・レヴァンテイン、通称アーク王子と婚約する。

 だが、その性格の悪さが災いして、その婚約は白紙となる。アーク王子と結ばれるのは、正ヒロインである心優しき男爵令嬢リリイ・レノアになる。

 まあ、自業自得、悪は滅びるってわけだ。


 さて、今度は俺が何者かっていうと、実は元々猫だったわけじゃない。

 元いた世界では俺は高校教師だった。

 それが、この乙女ゲームの世界に転生してきてしまったのだ。



***



 前の世界での俺の名は、嵐山(あらしやま)金造(きんぞう)

 30歳独身、柔道二段、担当教科は体育。

 いわゆる熱血教師で、非行に走りかねない生徒たちをビシビシ指導してきた。

 180センチ90キロの体格を誇る俺の前じゃ、どんな不良も大人しくなる。

 まあ、陰じゃ「ゴリラし山」とか「ストーム」とかあだ名をつけられて、だいぶ嫌われてたようだがね。

 それでも、俺なりに正しく教師をやってきたつもりだった。

 ところが、ある日――


 俺は体育館裏で、いじめをやっている不良生徒を見つけた。

 大人しい生徒を痛めつけ、金をせびっている。

 俺はすかさず注意したが、その不良もたちの悪いところがあり、「やってません」「証拠は?」などとうそぶく。

 俺と不良は口論になり、ついに向こうが俺に殴りかかってきた。

 俺は咄嗟に不良を投げ飛ばしてしまう。

 これがよくなかった。

 怪我こそさせなかったが、生徒を投げ飛ばしたという事実は世間に漏れてしまう。


 令和の世で体罰はご法度。しかも俺は柔道有段者。

 「もっと穏やかに解決できたはず」などと言われ、暴力教師のレッテルを貼られ、学校を辞めざるを得なくなった。

 無職になり、俺は失意の日々を送る。

 失業保険期間中、こんな経歴で乙女ゲームが好きだったりするから、気晴らしにそれをプレイしたりしてた。

 ビールを飲みながら、悪役令嬢アナベルの数々のイジメや嫌がらせをかいくぐって、主人公リリイとアーク王子を結ばせる。なかなかスリリングで面白かった。

 だけど所詮はゲーム、終わってしまえば空しさが勝る。

 せめてもの救いは、風の便りであの不良は反省し、いじめられていた子は俺に感謝していた、なんてのを知ったことだ。

 だけど、生活を立て直すまではいかず、ある日酒に酔った俺は自宅マンションの階段から転げ落ちて――


「うわあああっ……!」


 薄れゆく意識の中思った……。

 柔道有段者がこんな死に方しちゃ、さまにならねえ……ってな。


 目を覚ますと、俺はアナベルの飼い猫エルンに転生してたってわけだ。



***



 アナベルは元の乙女ゲームじゃただの悪役だが、聞きしに勝る悪役ぶりだった。

 飼い猫はいじめる、使用人はいびる、両親にもワガママばかり。こんなんじゃ当然友達なんかいやしない。

 伯爵令嬢という生まれの良さだけでやっていけてるような人間だった。

 このままいけばろくな大人にならない。実際、元のゲームではならないわけだし。


「エルン、いじめてあげますわ!」


 ……このままでいいのだろうか。

 このまま大人しくいじめられていれば、アナベルは更生できず、将来的には悲惨な目にあう。

 俺の教師魂がにわかに燃え出してきた。

 前いた世界で女の子を投げ飛ばしたら大問題だが、ここは乙女ゲームの世界、そういう無茶も許されるはず。多分。

 決めた。

 アナベル、その根性叩き直してやる!


「ニャッ!」


 俺は猫の手でアナベルの襟をぎゅっと掴んだ。


「なっ!?」


 そのままアナベルの重心を崩す。

 人間の時のようにはいかないが、俺はどうにかアナベルを猫の体で投げ飛ばした。


「ぎゃんっ!」


 綺麗に投げ飛ばせた。審判がいたら「一本!」だろう。

 アナベルは驚きつつ、俺を睨みつけてきた。


「エ、エルン……!?」


 俺は後ろ脚だけで立って、前脚でクイクイと手招きする。


「ニャアン……」


「猫の分際でよくもやりましたわね!」


 アナベルが襲いかかってきた。おお、なかなか根性あるじゃないか。俺が前世で投げ飛ばした不良は、一回投げられたらもう戦意喪失してたぞ。

 今度は出足払いで転ばせてやった。


「うぐ、ぐ……!」


「ニャンニャン」


 俺はさらに挑発する。

 一度やるとコツを掴めてきた。この猫の体でも十分柔道はできそうだ。


「よくもぉぉぉぉぉ!!!」


 恐ろしい形相でアナベルが飛びかかる。

 だが、柔道ができるとなれば14歳の女の子なんて俺の敵じゃない。

 何度も転ばせ、投げ飛ばす。


「んぎゃっ!」

「ぐえっ!」

「いだいっ!」


 上手く体を操作してなるべく痛くないようにはしてやってるが、それでもノーダメージとはいかないだろう。

 なにより、今までいじめてた飼い猫にここまでやり返されたのは相当な屈辱のはず。


「……もういいわ!」


 アナベルは俺をいじめるのは諦めたようだ。

 だけど、俺は諦めてないんだな。

 悪役令嬢アナベル・クロフォード。俺が更生させてやる!



***



 アナベルが廊下を歩いている。

 俺もそれにトコトコとついていく。

 すると――


「ちょっと! 挨拶の声が小さいわよ!」


「申し訳ございません、お嬢様……!」


 アナベルが家に勤めているメイドをいびり始めた。

 挨拶のことを皮切りに、ネチネチと嫌味を言い続ける。

 ようし……。


「フーッ!」


「なによ、エルン!」


「フーッ!」


「うぐ……。ふん、私が悪かったわよ!」


 アナベルはメイドをいびるのをやめた。

 また投げられるのが嫌だったのだろう。メイドの前で投げられたらみっともないものな。

 いびられずに済んだメイドはきょとんとし、俺は彼女にウインクをした。


 食事時、アナベルはテーブルに並んだ肉料理を見て文句を垂れる。


「なによ、この料理! 私は魚が食べたかったのに!」


 俺はすかさず近づき、アナベルを睨む。


「分かったわよ……食べるわよ!」


 大人しく食べた。よしよし、俺の教育的指導が効いているようだ。

 本来ならこんな教育はよくない。言葉で諭し、アナベルを導いてやるべきだ。

 だけど今の俺は猫だから喋れないし、できる教育は限られてる。

 不本意だが、この方法でアナベルを真人間にしてやるしかない。


 だが、アナベルは二人きりになると相変わらず俺をいじめてくる。

 相当な負けず嫌いだな。

 いいぜ、やりがいがあるってもんだ。


「覚悟なさい!」


「ニャーンッ!」


 アナベルと組み合う。

 何度も何度も投げ飛ばす。

 だけど何度も何度も起き上がってくる。

 俺が手加減してるとはいえ、ホント根性あるな。

 方向性さえ間違わなきゃきっといい令嬢になれる。


「も、もう一度よ!」


「ニャンッ!」


 俺はアナベルを投げ飛ばし続けた。

 何日も、何日も……。

 そんな日々が一ヶ月ほど続いた。

 ある日、床で大の字になったアナベルはついに――


「エルン……」


「ニャン?」


「私の負けですわ……」


 ついに自らの口で負けを認めた。


「もうあなたをいじめるのを、いいえ、みんなをいじめるのはやめるわ……」


「ニャン……」


 いつになくしおらしい言葉に、俺も神妙な気持ちになってしまう。

 普通の猫ならペロペロと顔でも舐める場面だろうが、さすがにそれはどうかと思うので、俺はアナベルの右手に優しく前脚を置いた。


「投げられ続けて……あなたのことがなんとなく分かりましたわ。あなたは私が憎くて、投げてるのではないと」


 凄いな。そんなことが伝わったのか。


「エルン……あなたは何者なの?」


 伝える術はない。だが、俺はそっと寄り添ってやる。俺はお前の味方だ。


「あなたはこんな私でも見捨てないでくれるの……?」


 当たり前だ。なにしろ俺は教師であり飼い猫だからな。見捨てるわけがない。


「ありがとう……」


 どういたしまして。

 アナベルの目つきが変わる。光が宿る。


「私、変わりますわ! 生まれ変わってみせます!」


 上体を起こし、両手を握り締める。

 おおっ、改心してくれたか。

 だとすると、俺も生まれ変わった甲斐があるってもんだ。

 前世では道半ばで終わってしまった教師としての務めを、こうして果たすことができた。


「エルン、ありがとうっ!」


「ニャ、ニャン……」


 アナベルは俺を抱き締めた。

 ちょいと苦しいが、よかった、よかった。


 ――さてこれ以降、アナベルは本当に変わった。

 俺をいじめなくなったのはもちろん、メイドをいびることもなくなり、両親の言うことも素直に聞くようになった。

 悪役街道一直線だった女の子が、猫に投げられまくって改心することができた。

 といっても、これは俺が猫であることが大きいだろう。

 もし、俺がエルンじゃなく嵐山金造のままだったら、こうはいかなかったはずだ。

 この世界で教師が伯爵令嬢を投げ飛ばしたりしたら、多分クビじゃ済まなかった。


 アナベルは見違えるようになり、学校にも真面目に通った。

 ゲームにおける正ヒロインであるリリイとも仲良くなった。


「おはようございます、リリイさん」


「おはようございます、アナベル様!」


 やがて、アナベルはゲームのシナリオ通り、アーク王子と婚約。

 ただし、婚約破棄されることはない。

 理想的な王子様とお嬢様のカップルとなった。


 婚約から数ヶ月――結婚式が開かれる。

 純白のウェディングドレス姿のアナベルは本当に美しかった。元のゲームではまず見られない光景だ。

 アナベルが満面の笑みでブーケを投げる。


 皆が手を伸ばす中、ブーケはリリイの手に収まった。

 この分なら、元のゲームと相手は変わるがリリイも幸せな結婚ができそうだな。

 ゲームプレイヤーだった俺としちゃ、どうかそうなって欲しい。


 ちなみにこの世界の猫は寿命が長く、人間並みに生きられるとのこと。

 どうやら俺も飼い猫として、アナベルの幸せを見届けることができそうだ。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公の前世での在り方については客観的視点が無いのでなんとも言えないものの、相手の性質によって適切な接し方や指導の仕方が大きく変わるのは当然のことなのできっとそれを求める人もいたのでしょうね。 だから…
 まさか普通の猫サイズで人をバタバタと投げ倒すとは。  これも教育者魂が表れたパワーなのかもしれない。  改めて考えると、時代時代ごとに、アニメや漫画で主人公を導く猫型の師匠的なキャラがいたなあと。
「やっぱり、猫が天職だったんだ!」(←なにかひらめいちゃった顔で) ※ 猫は職業ではありません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ