【第4話】
──匂いが、変わった。
まぶたの裏に感じるのは、温かい光と、草の匂い。
ワシはゆっくりと目を開けた。
澄みきった青空が視界いっぱいに広がっている。
風が流れていくたび、草の葉が波のように揺れ、心地よい音を立てていた。
身体を起こして辺りを見渡す。
ここは、どこまでも広がる草原だった。
遠くには森の影が見え、少し視線をずらせば、太陽の光に照らされてきらめく水平線が見える。
海だ。
──その手前には、小さな町。
木造の家々が連なり、穏やかな煙が立ち上っていた。
まるで昔の日本にあるような景色だった。
「……ここが、セカンドライフの世界……?」
思わず呟いたその声が、あまりに現実的な響きを出して、仮想世界じゃなかったのかと戸惑いそうになる。
だが次の瞬間、足元に転がる影に気づき、ユウの息が止まった。
「……シオ!?」
慌てて膝をつき、彼女の頬へそっと手を添える。
柔らかくて、あたたかい──心配になって首に指を添えれば、しっかりとした鼓動が帰ってきた。
「よかった……無事……」
だが、その姿を見てユウは言葉を失った。
彼女の頭からは、ふさふさとした赤茶色の獣耳が生えていた。
そして腰のあたりには、同じ色の尻尾が、草の上に優雅に伸びている。
さらによく見ると、手足の肌にも、髪と同じ色をした毛がうっすらと生えていた。
「そうじゃった……先生がシオには希望の容姿があると言っとったのぅ……」
呆然としながら、彼女の顔をいくら見つめてみても、その面影は間違いなくシオのものだった。
仮想世界──セカンドライフ。
ここでは願った姿になれる。
そして、会いたかった人と、もう一度出会える。
ユウは息を整え、そっとシオの名を呼んだ。
「シオ……目を、覚ましておくれ」
やがて、まつ毛がふるえ、小さく唇が動いた──
「……ユウ……?」
その声は、あの頃と変わらずに優しく、されど震える声だった。
「あぁ……そうだよ、シオ。久しぶり──」
言い終えるよりも早く、シオの身体が飛び込んできた。
「わっ……!」
勢いのまま、草の上に押し倒される形になった。
上下が反転し、ワシの上にまたがるようになったシオが、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「ユウ……! ユウ……! 会いたかった……会いたかったよう!」
大粒の涙が、頬に、胸に、ぽろぽろと落ちてくる。
その一滴一滴が、たしかに“今”を実感させてくれる。
「……そうじゃな。本当に、本当に……会いたかった……」
シオの震える肩に腕をまわし、そっと抱きしめ返す。
胸に頬を埋めた彼女の鼓動が聞こえてきて、言葉にならない感謝が溢れてきた。
彼女にとっては──高校を卒業して、しばらくしての再会。
しかしワシにとっては半世紀ぶりの、それも叶うと思って居らなかった願いのスタートライン。
ずっと、想っていた。
ずっと、忘れなかった。
そうしてワシらはしばらくの間、草の上で、互いの存在を確かめるように、抱きしめ合いながら泣いていた。
──この涙が乾くまで、もう少しだけ時間を止めていてくれ。そんな気持ちで。
しかし、この場所はあまりにも見晴らしが良く、仮想世界でも時は流れる。
「ちょっと!あんた達!」
急に投げかけられた言葉にワシ達は抱き合ったままに固まってしまったんじゃ。