【第1話】
放課後の教室には、もう誰もいなかった。
冬の夕陽が傾いて、窓ガラスを透かしながら木目の机を優しく染めている。
俺とシオは肩を並べて座っていた。
ゆっくりと、確かめるように彼女が口を開いた。
「就職、することにしたよ、私」
「……そっか」
「おばあちゃんとポチ。最近は二人共、通院が増えてるし、なかなか大変だよー。……就職っていっても、時間に余裕のあるバイト!だから気が楽でいいんだよー」
言葉は明るい。けれど、俺にはわかってしまう。
シオの両親は、彼女が小学二年のとき、飛行機事故で亡くなった。
その後、預けられていた飼い犬と共に祖父母へ引き取られたが、祖父は数年前に他界し、今は祖母と二人と一匹で暮らしている。
「……無理すんなよ」
「してないよー」
「……シオ、俺はさ。卒業したら、親父と一緒にカナダに行くことになったんだ」
教室の空気が、ふっと静止する。
「……カナダ?」
一瞬だけ目を見開いたシオが笑おうとしたが、珍しく中途半端に、感情の宛先を迷わせている。
「……すごいね。なんか、冒険みたいじゃん」
「まあ、そんな感じ。……父さん、向こうで調査の仕事に行くことになっててさ。危ないとこもあるらしくて俺も現地の事を勉強し始めたんだ……。カナダってさ、街中にホッキョクグマが出るんだぜ。」
どうでもいい話で、間を埋めようとした。
「すご!……猫さんみたいな感じかな?」
「猫かー、街を徘徊してたりするみたいだから、そんな感じかもね」
「黒猫が前を横切ったら不吉って言うけど、白熊に横切られたら幸運かなー?」
「熊に出会ってる時点で幸運とは言えないんじゃないかな」
「でも、なんか非日常っぽくて……良いなー。私も行きたい」
「戻ってくるから……冒険、一緒に行こう」
「……いつ?」
「わからない。けど、早ければ五年くらい」
彼女はふわりと微笑んでくれた。
「……うん、待ってるよ」