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-禁書の行方①-

 吾輩たちは魔導書を手に、魔王城の入り口へと戻りつつあった。道中、レオナはその魔導書の表紙をじっと見つめながら、時折眉をひそめている。


「どうした、レオナ? その本に何か気になることでもあるのか?」


「……うん。この魔導書、見覚えがあるの。でも、どうしてこんなところに落ちているのかが分からない」


「見覚えがある? 貴様のものだったのか?」


 吾輩の問いに、レオナはかすかに首を横に振った。


「私のものじゃないけど……たしか人間界で見たことがある本。これ、禁書指定されていたはずなの」


「禁書だと……?」


 吾輩は思わず立ち止まり、レオナの手元を覗き込む。確かにその魔導書は他のものと異なり、不気味なオーラを放っているようにも見えた。


「人間界で何か問題を起こした本なのか?」


「そう。これは『忘却の魔導書』……読んだ者の記憶を奪い、その代わりに強大な魔力を授けるって言われている。でも、記憶を奪われすぎて、最終的に自分が誰かすら忘れてしまうらしいわ」


「記憶を奪う……?」


 吾輩は思わず息を飲んだ。そんな危険なものがなぜ魔界に——いや、魔王城の敷地内にまで流れ込んでいるのか?


「レオナ、それは非常に危険ではないのか? もし誰かがうっかり読んでしまえば……」


「だからこそ気になっているの。この本、人間界の管理機関が厳重に保管していたはず。それがどうして、こんなところに?」


「何者かが魔界に持ち込んだ……ということか?」


「可能性は高いね」


 レオナの言葉に吾輩は眉間に皺を寄せた。この魔導書を放置するのは確かに危険だ。しかし、誰が何の目的で持ち込んだのかを突き止めなければ、さらなる問題が起きるかもしれない。


「レオナ、その本を吾輩が預かるぞ。吾輩が魔王である父上に報告すれば、この件を慎重に対処できるだろう!」


「……ううん、それは私が持っておくよ」


「なに? 貴様一人で何をする気だ?」


 レオナは少し考え込むように黙り込み、やがて静かな声で言った。


「ヴァミリアちゃん、これを父上——魔王様に届けるのも大事だと思う。でも……この本に関わるのは、きっと人間界の問題が絡んでいる。人間界の事情を知っている私が調べるほうがいいと思うの」


「だが、危険ではないか? 貴様ひとりで——」


「大丈夫だよ、私なら。魔導書の力には触れないようにするし、誰にも読ませない」


 レオナの瞳には決意の光が宿っていた。普段はどこか抜けている彼女が、これほど真剣な表情を見せるとは……。


「ふむ、分かった。その代わり、吾輩も同行するぞ!」


「え?」


「吾輩はお主を放っておけぬ。お主が危険な目に遭うなど、吾輩のプライドが許さん!」


「……ありがとう、ヴァミリアちゃん」


 レオナがふっと微笑むと、吾輩は胸を張って頷いた。


「よし、まずは魔王城を調べるぞ! それから人間界に向かう手段を考えるのだ!」


 こうして吾輩とレオナは、謎の魔導書を巡る調査を開始することになった。だが、この行動が後に人間界と魔界、両方を巻き込む大きな事件の発端となるとは、まだ知る由もない——。

 

 ※

 

 次の日。

 

「うーむ……どうしたものか」


 吾輩はベッドの上でゴロゴロと転がりながら、そんなことを呟いていた。

 

「どこを探しても、禁書についての情報がない……」

 

 すると、部屋の外から何やら騒がしい音が聞こえてきた。


 気になって扉を少しだけ開け、魔王城の廊下を覗き込む。すると、凄まじいスピードで何者かがこちらに向かってくるのが見えた。


「……マズイ! 奴だ!」


 察した瞬間、吾輩は急いで扉を閉め、鍵をかけた。しかし――


「ヴァーミーリーアー様ァ!」


「ヒィッ!」


 扉ごと吹き飛ばし、侵入してきたのは魔王軍の作戦参謀、フィルビス・レイ。短髪の青い髪に赤い瞳、その背には青く輝く翼が羽ばたいていた。


「はぁ、はぁ……ヴァミリア様! 私、遠征から戻りました!」

 

「遠征? ああ、そういえば行っていたな……」


 フィルビスは魔王軍の中でも頭脳派の幹部だ。今回も人間界の調査任務に出ていた。だが――


「って! それより! 吾輩の部屋をまた壊したな、フィルビス!」

 

「扉なんて必要ありません! 私たちの仲ですもの! 壁だっていりません!」

 

「吾輩にはいるんだよ! 頼むから壊すな!」


 彼女を必死に引き剥がしながら、吾輩はふと疑問を抱いた。そういえば、最初に出会った頃のフィルビスはこんなに溺愛してくる性格ではなかったはず……何があったのだろうか。


「そうです! ヴァミリア様! お菓子と一緒に面白い話を持ってきました!」

 

「それは面白い、聞かせてくれ」


 甘い誘惑に引き込まれた吾輩は、フィルビスの後をついていく。だが、用意された「お菓子」を見て思わず固まった。


「な、なんだこれは?」

 

「これはですね、人間界で流行っている昆虫食です! 本物ですよ!」

 

「吾輩を試しているのか! こんなもの、食べられるか!」


 皿の上には、拳ほどの大きさの死んだ虫。見た目もおぞましい代物だ。


「ううっ……ヴァミリア様が食べてくれないなんて……」


 フィルビスが涙を流し、悲しげな演技を始める。わざとらしいと分かっていても、これには心が揺さぶられる。


「……分かった! 食べる! 食べればいいんだろ!」


 覚悟を決めた吾輩は震える手で虫を掴み、目をつぶって勢いよく口に放り込んだ。


「どうですか?」

 

「……ウッ」


 数秒後、吾輩はトイレに駆け込んだ。そこから出てくることはしばらくなかった。

 

 ※

 

 吾輩がトイレに籠もっていると、ふとあることが閃いた。


「——人間界に行っていたフィルビスなら!」


 勢いよくトイレを飛び出し、吾輩はフィルビスの居た部屋へ駆け戻る。


「フィルビス!」


「なぁんですか、ヴァミリア様ぁ!」


 フィルビスが羽を羽ばたかせながら吾輩に抱きついてくる。それをどうにか剥がしつつ、吾輩は彼女に尋ねた。


「フィルビス、貴様、『忘却の魔導書』という禁書を知っておるか?」


 その問いを聞いたフィルビスは一瞬だけ険しい顔を見せたが、すぐにいつもの調子で答えた。


「禁書の存在は知っていますが、『忘却の魔導書』という名前の本は初耳ですね。どうしてそんなことを?」


 いつものふざけた表情ではなく、真剣な面持ちで尋ね返してくるフィルビス。吾輩は少し迷ったが、これまでの経緯を説明し、禁書についての情報や人間界への行き方を相談した。


「まずはレオナと話をして、そこから作戦を練りましょう」


「うむ、そうしよう!」


 フィルビスと共にレオナの部屋の前へ向かい、扉をノックする。しかし、返事がない。


「まさか……寝ているわけではないだろうな……いや、まさか! 禁書を誤って——!?」


 最悪の事態を予想し、吾輩は扉を乱暴に開け放った。


 部屋の中では突風が渦巻き、一冊の魔導書が光を放ちながら開いていた。その近くには、倒れているレオナの姿が。


「「レオナ!」」


 吾輩とフィルビスが駆け寄ると、うなされるように目を覚ましたレオナが小さく呟いた。


「う、うん? ヴァミリアちゃん……と誰?」


 レオナの天然すぎる発言に、フィルビスが大きなため息をつく。


「全く……私、私ですよ、フィルビス」


「ああ、思い出した。ヴァミリアちゃんの犬、ね」


「はぁ?」


 フィルビスの雰囲気が一気に険悪になる。


「レオナ! あなたねぇ!」


「お、落ち着け! フィルビス! そ、そうだ! 今度、吾輩と一緒に風呂に入る権利をやろう!」


「——ッ!?」


 その言葉にフィルビスの態度が急変し、頬を紅潮させながらヨダレを垂らす。


「し、仕方ありませんね。今回だけ許してあげます、レオナ。ヴァミリア様に感謝するんですね」


「……やっぱり犬だ」


「何ですってぇ!?」


「落ち着けぇ!」


 どうやらレオナは別の魔導書を見ていて、そこで寝ていたようだった。一連の騒動を経て、ようやく禁書についての話し合いが始まった。

 

「ところで、この禁書はどこで拾ったのですか?」


 フィルビスが問いかけると、吾輩とレオナは声を揃えて答えた。


「「道端で」」


 その答えにフィルビスは目を見開き、机を思い切り叩いた。


「はぁ!? 禁書が道端に落ちてるなんて、そんなことあるわけないでしょう!? ——それ、本当に言ってるんですか?」


 フィルビスの怒り混じりの言葉に、吾輩とレオナは真面目な顔で頷いた。それを見たフィルビスは呆れながらも、さらに続ける。


「レオナ、あなたも知っていると思うけど、『禁書』は人間界で厳重に管理されている代物です。それが魔界の道端で見つかったなんて……これ、下手をすると魔界と人間界の外交問題に発展するかもしれないのよ!」


「分かってるよ。でも、だからこそ調べているんだ。この禁書がどうして魔界に落ちていたのか」


「それで、ヴァミリア様もこの件に関わるという話ですね?」


「そうだ! 魔界の平和が脅かされる可能性があるのだ。魔王の娘たる吾輩が見過ごすわけにはいかぬ!」


 吾輩の言葉を聞いたフィルビスは感極まったように拍手しながら涙を浮かべる。


「さすがヴァミリア様! その高潔な志、素晴らしいです! 私も命を懸けてお守りします!」


「忠犬だな、本当に」


 そうして話し合いはさらに進み、禁書の真相を探る作戦を立て始めた。


「それで、魔界にこの禁書を持ち込んだのは一体誰なのか、どうやって調べるの?」


 フィルビスが改めて尋ねると、レオナは落ち着いた様子で答えた。


「ある程度は分かっているよ。この禁書は、最近……そうね、2、3週間前にここに捨てられたものみたい」


「ふむ。それをどうやって調べたのだ?」


 吾輩が問いかけると、レオナは淡々と説明を始めた。


「探索魔法で調べたの。その魔法で分かったのは、禁書が落ちていた場所には複数の足跡があり、その足跡に残った魔力の出処が人間界からのものだったってこと」


「ほう、人間界から……だと?」


 吾輩が腕を組みながら呟くと、レオナは頷いて続けた。


「そう。だから、この禁書を捨てたのは人間界の人間で間違いないと思う」


「しかし、魔界にも少数だが人間はいるではないか。それらと区別がつくのか?」


「私の探索魔法は、魔力の出処まで特定できるからね。この禁書に残されていた魔力は、間違いなく人間界のものだった」


「ふむ、そうか……ならば、この禁書を人間界に返せば良いのだな!」


 吾輩が胸を張ってそう結論を出すと、フィルビスとレオナは複雑な表情を見せた。


「確かに最終的にはそうなるわね。でも、これを捨てた人たちは確実に悪意を持って魔界に持ち込んでいる可能性が高いわ」


「うん、だから、まず私たちはこれを捨てた人たちを探し出す必要がある」


 レオナが冷静な口調で言う。その言葉に吾輩もようやく事の重大さを理解した。


「なるほど……確かにそうだな。この件を軽く見ていたようだ。すまぬ」


 吾輩が神妙な面持ちで謝罪すると、フィルビスとレオナは微笑んで首を振った。


「いえ、ヴァミリア様がそのお立場をわきまえ、行動しようとしてくださっているだけでも心強いです」


「じゃあ、早速作戦を立てようか」


 こうして吾輩たちは、禁書を魔界に持ち込んだ人物を探し出すため、人間界へ向かう準備を始めたのだった。 

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