-圧倒的な格差-
「——ガハッ!」
吾輩の体は蹴りの衝撃で宙を舞い、巨大な木々をなぎ倒しながら、岩に激しく叩きつけられた。背中に鈍い痛みが広がり、肺が押しつぶされるような感覚が全身を襲う。目の前がぐらつき、思わず呻いた。
「おい、早く立て。まだ修行は始まったばっかだぞ」
煙の向こうに、悠然と佇む影が見える。砂埃が晴れると、その正体が露わになる。リヴェルクだ——強者ゆえの余裕をたたえた彼女の表情に、思わず悔しさが込み上げる。
「まだまだァ!」
吾輩は痛みに耐えながら魔力を解放する。手元に純粋な魔力の剣を作り出し、さらに無数の槍を形作ると、一気にリヴェルクに向けて撃ち放った。
「どうだ! 吾輩の全力だ! その余裕ぶった態度も、これで改めさせてやる!」
空間を切り裂く槍の嵐。大地が震え、音の波動が四方に広がる。しかし、砂煙の向こうに見える人影は微動だにしない。不安が胸を支配し始めた。
「ほう、これがお主の全力か?」
静かな声が耳に届く。砂煙が薄れたその先には、魔力の槍をいとも簡単に受け止めるリヴェルクの姿があった。
「な、な……ウソォン!」
「不器用だな。その魔力の塊、精度も力も中途半端だ」
リヴェルクは槍を握りつぶすように消滅させ、薄く笑う。その動作には圧倒的な威厳と、容赦のない冷酷さが滲み出ていた。
「この舐め腐った根性と未熟な技術、我が破壊してやろう。ゼロから鍛え直す必要があるようだな」
言葉が終わると同時に、彼女の姿が視界から消える。
「は、速い!」
反射的に魔力の壁を作り出そうとするが、その暇も与えられない。リヴェルクの蹴りが吾輩の体を捉え、木々の間を抜けるように何度も吹き飛ばされる。
※
数時間前。
星降りの丘から戻った吾輩は、リヴェルクの住む家に帰ってきた。家の中は静かで、彼女は椅子に腰掛け、どこか退屈そうにしていた。
吾輩とグリオンの姿を見たリヴェルクは、急に目を輝かせて近づいてきた。吾輩が手に持っていた菓子の箱に気づくと、まるで子供のような笑顔を見せる。
「おお、それだ! 星菓子だろう? さすがヴァミリア、よく覚えておったな!」
彼女は箱を受け取ると、その包みを器用に解き、星形の菓子を一つ摘むと口に放り込んだ。
「美味い! やはりこれが一番だな! 感謝するぞ、ヴァミリア、グリオン!」
上機嫌なリヴェルクに、吾輩とグリオンはほっと胸を撫で下ろす。
「これで一つ目の試練は完了だな!」
そう呟きながら、吾輩の頭には次の試練が過ぎる。修行——それはリヴェルク相手に戦うという悪夢そのものだ。思わず冷や汗が流れる。
「そうだったな。次の試練は……お主の修行だったな?」
「ヒェッ!」
吾輩は慌ててグリオンに抱きついた。そんな吾輩を見て、グリオンはため息をつきながら苦笑する。
「が、頑張ってください! ヴァミリア様! 俺は急用を思い出しましたので一人修行してきます!」
その言葉を残し、グリオンは風のように森の奥へと消えていった。
「あの野郎……吾輩を置いて逃げやがったな……!」
そんな中でも、リヴェルクが菓子を美味しそうに頬張る姿に目が離せない。
「なぁ、リヴェルク、その菓子を吾輩にも——」
「ダメに決まっておろう」
吾輩が肩を落とすと、リヴェルクはふと何かを思いついたように微笑む。
「だが、もし我との修行中に一発でも攻撃を与えられたら、好きなだけくれてやろう。どうだ?」
「やった! それじゃ早速——」
その瞬間、目の前に彼女の足が見えた。そして、次に感じたのは顔面への衝撃。
※
現在。
「早く立て。まだまだ修行は終わらんぞ」
「クッソ!」
吾輩は魔力を再び振り絞り、挑むものの、リヴェルクの圧倒的な力は揺るがない。何度倒されても立ち上がるが、そのたびに蹴り飛ばされ、全身が悲鳴を上げる。
この修行、いつ終わるというのだ……!?
※
吾輩は地面に叩きつけられ、土埃が舞い上がる。全身が激痛に悲鳴を上げるが、それでもまだ意識を手放すわけにはいかなかった。
「くっ……これで、終わると思うなよ!」
体中を巡る魔力はほとんど枯渇している。それでも、吾輩は震える膝に力を込め、泥まみれの体を無理やり立ち上がらせた。視界がかすむ中、立ちはだかるリヴェルクの姿がはっきりと見える。彼女は変わらず冷静で、まるでこちらを測るような目を向けていた。
「その我慢強さと諦めない心……まさに、お主の父譲りだな」
「父……?」
不意に出たその言葉に、吾輩の胸にざわりとした感覚が広がる。だがリヴェルクはそれ以上は語らず、無から生じた歪な形の魔力の剣を悠然と握りしめた。その剣はまるで意志を持つかのように、赤黒いオーラを纏いながら揺らめいている。
「さて、次は剣術だ。我の剣を受け止められるか、見せてもらおうか」
彼女が剣を構えるその動作だけで、空気がピリピリと張り詰める。吾輩は呻く体を無理やり動かし、かき集めた残りの魔力を剣に変える。光を纏った剣は美しいが、どこか不安定だ。
「やるしかない……!」
吾輩は剣を構え、リヴェルクに向かう。
だが——。
リヴェルクの一撃目を受けた瞬間、全身が震えた。彼女の剣はただの武器ではない。その圧倒的な重量感、鋭さ、そして技の正確さに、こちらの動きがことごとく封じられる。
「くっ……な、何だこれは!」
一合、二合、十合——気づけば、吾輩は完全に防戦一方だった。リヴェルクの剣は次々にこちらの防御を貫き、体を斬り裂いていく。
「ハア……ハア……」
全身に無数の傷が走り、血が地面に滴り落ちる。握る剣も、震える手から今にもこぼれ落ちそうだった。
馬鹿げてる……! こんな化け物に修行を求めた吾輩が馬鹿だった!
心の中で何度もそう呟く。それでも、リヴェルクの容赦のない攻撃は止まらない。
「ふん、限界か」
リヴェルクは剣を軽く振り払い、血を滴らせた剣先を吾輩に向ける。その姿には疲労の色など微塵もない。
「だが、まだ意識があるとはな。大した根性だ——だが、これでお前の中の“それ”は完全に破壊される。眠れ」
次の瞬間、リヴェルクの姿がふっと掻き消えた。
「……!」
吾輩が気づいた時には、すでに胸元に深い衝撃が走っていた。リヴェルクの剣が吾輩の体を貫いたかのような痛みと共に、全身から力が抜け落ちる。
視界がぼやけ、意識が糸が切れたように途切れた。
※
吾輩は死んだのか……? 父上からの試練を乗り越えられなかったのか……全く無様なものだ。死にたくない、まだやり残したことがあるのに——死ねない!
「し、死んでたまる……か!」
暗闇の中で搾り出したその言葉は、虚空に吸い込まれていく。しかし、次の瞬間、耳を突き抜けるような声が響いた。
「何を言っている、お主はまだ死んでおらん」
リヴェルクの声だ。その声に導かれるように、吾輩の意識は暗闇から徐々に明るい景色へと移り変わっていく。
目を開けると、木製の天井が視界に映った。その粗い木目を眺めながら、一瞬どこにいるのかわからず困惑する。そして、視線を動かすと、目の前にルクスの顔があった。彼は心配そうな表情で吾輩を覗き込んでいる。
「はっ! わ、吾輩、生きているのか?!」
急に起き上がった吾輩を見て、ルクスは安堵の表情を浮かべる。その隣では、あのリヴェルクが椅子に腰かけ、相変わらず落ち着き払った態度でこちらを見ていた。
「お主、我の息子、ルクスに感謝するのだな。我がもう一撃与えようとした時、ルクスが身を呈して仲裁に入ったのだ。おかげでお主は生き延びた。そして、与えた傷はすべて消しておいた」
「なにっ!?」
吾輩はボロボロの服を引っ張り、体を確認する。そこには確かに傷一つ残っていない。血の跡すら消え失せ、まるで最初から何もなかったようだ。
「な、なんでだ?! 確かに吾輩はあの時、体を切り刻まれて……」
半ばパニック状態の吾輩を見て、リヴェルクはため息をつきながら静かに言った。
「我を誰だと思っておる? それくらいの傷、我が力をもってすれば完全に消すことなど造作もない。今後は安心して我との修行に励め」
その言葉を聞いた瞬間、吾輩の脳裏に先ほどの苛烈な修行の記憶が蘇った。思わず顔が青ざめ、体が震える。それを見たリヴェルクは再び深いため息をつく。
「安心せい。お主の魔力の“わだかまり”は我が破壊しておいた」
「わだかまり……? どういうことだ? 貴様、吾輩を殺しにかかっておったのではないのか?」
「人聞きの悪い言い方をするな。我がしたのは、お主の中にある“悪い魔力の塊”を破壊しただけだ」
「悪い魔力の塊?」
「お主、今までまともに魔法が使えなかったであろう?」
「な、なぜそれを!?」
吾輩は驚きのあまり大声を上げる。確かに吾輩はこれまで魔法をうまく使えたことがなかった。どれだけ指導を受けても、発動できる魔法は限りなく少なく、それも不安定だった。その代わりとして独自に編み出したのが、魔力を具現化し武器に変える戦法だったのだ。
リヴェルクは淡々と説明を続けた。
「お主の中には人間と魔族の血が混じっておる。それが原因だろう。通常、人間同士や魔族同士の子は、親の魔力の性質を引き継ぎ、問題なく魔法を使える。しかし、お主の場合、異なる性質の魔力が体内で反発し合い、正常に機能していなかったのだ」
「つまり……吾輩はその“異常”な存在だと?」
「そうだ。そして、その反発し合う魔力の性質を我が破壊した。これで、魔力は均一化され、魔法を使えるようになったはずだ」
リヴェルクの言葉を聞きながら、吾輩はまだ理解しきれない様子で頭をかく。それでも、どうやら魔法が使えるようになったらしいことだけはわかった。
「さあ、早くそのボロボロの服を脱げ」
リヴェルクはどこからか新しい服を投げ渡してきた。その服は上質な布で作られており、動きやすさを考慮したデザインになっている。
「それに着替えろ。そして、英気を養うために食事も用意しておいた。次の修行に備えよ」




