-星降りの丘-
リヴェルクから受けた試練の1つ。彼女が予約した菓子の受け取りに挑む吾輩とグリオンは、人間界の『秘境』へ向かうべく、ある森へと足を踏み入れていた。
布フードで顔を隠し、魔族であることを悟られぬよう慎重に歩を進める吾輩とグリオン。その森は薄暗く、木々の隙間から差し込むわずかな光が足元を照らしている。
「ここは……どこだ?」
吾輩がグリオンに尋ねると、彼は手にした地図を広げて確認した。
「ここは『人無の森』という場所です。名の通り、人どころか動物すら見かけませんね……不気味な場所だ」
「なるほど。確かに静かすぎるな。気味が悪い……」
森はまるで命を拒絶しているかのように静まり返っており、足元の落ち葉を踏む音が妙に大きく響く。そんな中、突然、遠くから誰かの叫び声が聞こえた。
「なっ……誰かいるのか?」
吾輩は声のする方向を見据え、一瞬の躊躇もなく走り出した。
「ヴァミリア様! 待ってください!」
後ろからグリオンの制止する声が聞こえるが、吾輩は気にも留めず木々を飛び越え、叫び声の主を目指す。視界を切り裂くように疾走し、たどり着いた先で目にしたのは——複数の狼のような魔物に囲まれた一人の少女だった。
その少女は金髪で青い瞳を持ち、小柄な体を恐怖で震わせながら、手にした木の枝で必死に魔物たちを威嚇していた。
「貴様ら、相手を間違えたな!」
吾輩は瞬時に魔力を少しだけ解放し、手元に槍を生成すると、最も近くにいた魔物の頭を狙い定めて放つ。槍は唸りを上げながら魔物の頭部を貫き、地面へと崩れ落ちた。
少女の前に立ちはだかり、吾輩は鋭い視線で残った魔物たちを威嚇する。
「さぁ、恐れを知れ! 逃げるなら今だ!」
しかし、魔物たちは恐れるどころか、さらに吾輩へと襲いかかってきた。
「ちょっと待て! ここは逃げる場面だろうが!」
吾輩が再び槍を生成しようとしたその瞬間、右側から放たれた巨大な炎が魔物たちを包み込み、焼き尽くした。吾輩はその光景を呆然と見つめる。
「大丈夫ですか!? ヴァミリア様!」
息を切らしながら駆け寄ってきたのはグリオンだった。その全身からはまだ炎の余韻が漂っている。
「グリオン! 助かったぞ、ありがとうな!」
吾輩はグリオンへ親指を立てて笑う。それを見て、グリオンは安心した様子でうなずいた。
二人が視線を向けた先では、少女が怯えた様子ながらも、震える手で籠を抱え、深く頭を下げていた。
「あ、あの……助けてくださって、本当にありがとうございます!」
少女は小さな声でそう言った。金髪の髪が光を反射し、涙に濡れた青い瞳が輝いて見える。
「私はスフィア・アレスといいます。貴方様たちのお名前を教えていただけますか?」
「吾輩は……最強の——!」
一瞬、本名を名乗りそうになった吾輩だが、人間界での立場を思い出し、慌てて偽名を口にした。
「吾輩はリアだ!」
「俺はグリオン!」
吾輩たちの名を聞いたスフィアは、ほっとしたように笑顔を浮かべた。
「本当にありがとうございました! 私、実はここの近くにあるお菓子屋さんでお手伝いをしているんです。それで、お菓子作りに使う木の実を取りに来ていて……」
「お菓子屋だと?」
吾輩の耳がピクリと動く。これは偶然ではなく、リヴェルクの試練と関係があるのではないか。スフィアの説明を聞きながら、吾輩の胸は期待に高鳴り始めていた。
スフィアの説明に耳を傾けながら、吾輩はリヴェルクが「秘境」と呼んだ場所の手がかりを見つけたかもしれないと内心ガッツポーズをした。
「スフィア、そのお菓子屋だが、吾輩たちもそこへ行く用があるのだ。案内してくれぬか?」
吾輩がそう頼むと、スフィアは驚いた顔をしながらもすぐに笑顔を浮かべて答えた。
「もちろんです! 助けていただいたお礼に、私が案内します!」
「おお、助かるぞ! ……だが、その前に」
吾輩は彼女が抱えている籠と、衣服の汚れに気づいた。魔物との遭遇で地面に倒れ込んだのだろう。木の実は無事のようだが、服には泥が付着し、袖口には小さな裂け目も見える。
「スフィア、大丈夫か? 怪我はないのか?」
グリオンも心配そうな表情で言葉を添える。
「はい、少し服が汚れただけです。怪我はありません。ありがとうございます」
スフィアはそう答えたが、膝をさすりながら立ち上がる仕草に、ほんの少し痛みを堪えているような様子が見えた。吾輩はそれを見逃さなかった。
「ふむ、少し休むと良い。無理して案内されては困るからな。ここで一息入れようではないか」
吾輩の提案にスフィアは恐縮したように頭を下げた。
「すみません……少しだけ、お時間をいただけるなら」
スフィアが近くの木陰に腰を下ろすと、グリオンが素早く焚き火の準備を始めた。手際よく小さな炎を起こし、周囲に温かな光が広がる。
「スフィア、少し暖を取れ」
「ありがとうございます……リアさん、グリオンさん、本当に親切ですね」
スフィアは微笑みながら言い、籠を膝に抱えて座り込む。その姿は、先ほどまでの恐怖から少し解放されたように穏やかだった。
吾輩はそんな彼女の様子を見て思わず口を開いた。
「ところで、そのお菓子屋……秘境と呼ばれる場所にあると聞いているが、本当にそんな特別な場所なのか?」
スフィアは少し驚いたように目を見開き、答えた。
「はい。この森を抜けた先にある『星降りの丘』が、その秘境と言われる場所です。その中でも『ルナ・スウィート』というお菓子屋は特に有名で、普通の人がたどり着くのは難しいんです」
「星降りの丘、ルナ・スウィート……」
その名前に興味を引かれた吾輩は、グリオンと目を合わせ、うなずき合った。
「よし! 吾輩たちはその『ルナ・スウィート』に行く! スフィア、力を貸してくれ!」
「もちろんです。私がいなければたどり着けない場所ですから、私も最後までお手伝いします!」
スフィアの言葉に吾輩とグリオンは大きくうなずき、焚き火で休憩して10分ほどが経過し、焚き火を消して荷物を整えた吾輩たちは、スフィアの案内で「星降りの丘」へ向かうこととなった。
「この道を進むと、丘に続く小道が見えてきます。でも、注意してください。星降りの丘には不思議な仕掛けがあるんです」
スフィアの言葉に、吾輩は少し眉をひそめた。
「仕掛け? ただの丘ではないのか?」
「いいえ。星降りの丘は古い時代に『星の神々』が眠る場所だと信じられていたそうです。だから、外敵を防ぐための魔法陣や、試練のようなものがあると言われています」
「ふむ……リヴェルクの試練といい、この人間界の秘境といい、やたらと面倒な仕掛けが多いな」
吾輩が呟くと、グリオンが勇ましい声で言った。
「ご安心ください、ヴァミリア様! 俺がすべて薙ぎ払います!」
「お前はそれしか言えんのか……まぁ良い、頼りにしているぞ」
スフィアの後ろを歩きながら、吾輩たちは森の奥深くへと進んでいく。やがて、霧が立ち込める薄暗い道に差し掛かった。木々の間から漏れる光は青白く、不気味な静寂が周囲を包んでいる。
「ここから先が、星降りの丘への入り口です」
スフィアが指差した先には、大きな石碑が立っていた。表面には古代文字が彫られており、その文字が微かに光を放っている。
「おいおい、こんなところにお菓子屋があるのか?」
グリオンが困惑顔で石碑を見上げる。
「ルナ・スウィートにたどり着くには、この石碑を触れて試練を受ける必要があるんです」
「試練か……リヴェルクめ、面倒なことを吾輩に課しおって!」
吾輩が不満を口にしながらも石碑に手を触れると、辺りの空気が急に重くなった。青白い光が強く輝き、石碑から声が響き渡る。
「星の加護を持つ者よ。試練に挑む覚悟があるならば、その証を示せ」
「証ってなんだ?!」
吾輩が慌てる中、石碑の周囲にいくつもの小さな光の球が浮かび上がり、回転し始めた。球体から放たれる光はまるで生きているかのように動き、吾輩たちを囲む。
「これが試練なのか? ただの光ではないか!」
グリオンが構えを取ると、スフィアが慌てて叫んだ。
「待ってください! この光は攻撃するものじゃないんです! 星の意志を試すものだから、力では解決できないと……!」
「星の意志を試す? 一体どういう意味だ?」
吾輩が問いかけると、光の球の一つが吾輩の目の前で止まった。中に浮かぶ星型の模様がゆっくりと輝き、心に直接語りかけてくるような感覚を覚えた。
「何ゆえここに来たのかを問う。汝の目的を述べよ」
吾輩はその問いかけに一瞬迷ったが、胸を張って答えた。
「吾輩はリヴェルクの試練を達成するために来た! そして、この森を抜け、秘境にあるというルナ・スウィートで菓子を手に入れるのだ!」
その言葉を聞くと、光の球が再び輝き、周囲に漂っていた他の球体も回転を速めた。
「試練を受ける資格ありと認める。さぁ、最後の試練だ、意志を示すがよい」
地面が突然振動し、吾輩の足元から新たな魔法陣が浮かび上がった。その中心には、輝く剣のような光が現れる。
「グリオン、これは何だ?!」
「ヴァミリア様、これは……武具か何かを選べということではないでしょうか!」
スフィアも慎重に見守りながら、小さな声で言った。
「ここで選んだものが、次の道を切り開く鍵になると聞いたことがあります……」
吾輩はしばらく光を見つめた後、意を決して手を伸ばした。
吾輩は光の剣のようなものに手を伸ばした。その瞬間、剣の光が爆ぜるように広がり、目も眩むほどの輝きに包まれる。
「汝の選択を見届けた。進むがよい、星降りの丘へ」
周囲を囲んでいた光の球体が静かに消え、森全体の霧が晴れていく。気がつけば、吾輩たちの目の前には美しい石畳の小道が現れていた。そこは月明かりに照らされ、丘へと続く道を導いているかのようだった。
「おお……これが星降りの丘への道か!」
吾輩が感嘆の声を漏らすと、スフィアが胸を撫で下ろした。
「これで進めますね……ヴァミリアさん、本当にすごいです。私、こんなに早く試練を突破する人を見たことがありません!」
「ふふん、当然だ! 吾輩は最強の血を引く者だからな!」
得意げに胸を張る吾輩に、グリオンが苦笑しながら言った。
「ですが気を抜いてはいけません。試練を越えても、この先にはさらなる難関があるはずです」
「分かっておる! さあ、スフィア、次は菓子屋へ案内するのだ!」
スフィアは頷き、丘の小道を先導し始めた。小道の周りには満天の星空が広がり、遠くの山々までもが幻想的な光景を描き出している。途中、道の脇に小さな花畑が現れ、スフィアがその一輪を摘んで微笑んだ。
「この花、菓子屋で使われる材料なんです。きっと素晴らしいお菓子が待っていますよ!」
「ほほう、楽しみだな!」
吾輩は花の香りを吸い込みながら、次第に高揚感を覚え始めた。
やがて、丘の頂上に到達すると、そこには小さな家が建っていた。家の周囲には輝くような庭園が広がり、風に揺れる木々から甘い香りが漂っている。スフィアがドアを軽く叩くと、中から柔らかい声が聞こえた。
「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ」
扉を開けて現れたのは、優しい笑顔を浮かべた年配の女性だった。その手には菓子箱が抱えられており、リボンで丁寧に包まれている。
「これがリヴェルク様のご注文のお菓子です。遠いところまでありがとうございます」
「おお、これが例の菓子か!」
吾輩は菓子箱を受け取ると、ふとその中身に興味をそそられた。
「ところで……中を見ても良いか?」
女性は微笑みながら頷いた。吾輩がリボンを解き、箱を開けると、中には宝石のように輝く小さな菓子が並んでいた。それは薄く虹色に輝き、一粒一粒が星の形をしている。
「美しい……これが菓子か?」
吾輩は思わず息を飲む。
「星の雫と呼ばれる特別なお菓子です。この秘境の素材で作られた、唯一無二のものですよ」
「ふむ……素晴らしい。これならリヴェルクも満足するであろう!」
満足げに頷きながら吾輩たちは礼を述べ、菓子箱を手に再び丘を下り始めた。
秘境の試練を乗り越え、無事に「星の雫」を手に入れた吾輩たちは、リヴェルクのもとへ戻ることとなった。しかし、この旅路での出会いや試練を経て、吾輩は少しだけ成長した気がする。
「リヴェルクの次の試練が何であろうと、吾輩は乗り越えてみせる! 行くぞ、グリオン!」
「はい! ヴァミリア様!」
こうして、吾輩たちはさらなる試練と冒険のため、魔界への帰還の道を進み始めた。彼方には、まだ知らぬ困難と出会いが待ち受けている——。




