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-試練『未踏の地』-

「着いてこい、ルクス!」


 吾輩は秘密基地の近くに広がる野原を駆け抜けながら、ルクスの名を呼んだ。すると、小さなドラゴンのルクスは元気いっぱいにその翼を羽ばたかせ、可愛らしい鳴き声をあげて吾輩の後を追ってきた。


 その微笑ましい光景を遠目で見ていたグロムの姿に気づき、吾輩は手を大きく振った。


「おおい! グロムゥ! 何をそこでボーッとしておるのだ?」


「ヴァミリア様、先ほど魔王様から伝言がありました」


「父上から伝言だと? 一体何事だ?」


「それは……『今すぐこっちに来い』とのことです」


 それを聞いた吾輩は思わず「ヒイッ」と小さな悲鳴を漏らしてしまった。胸の奥に広がるのは焦燥感。まさか、遺跡から拾ってきたルクスの存在が父上にバレたのでは……?


「ま、まさか……吾輩、怒られ——」


「それについては分かりません。ただ、魔王様は特にお怒りの様子ではありませんでした」


「そ、そうか!?」


 吾輩は胸をなでおろしながら、ちらりとルクスを振り返った。


「ルクス! お前は吾輩のこの秘密の領域から出るな! ここでおとなしく待っておれ!」


 ルクスは小さな声で鳴き、名残惜しそうに吾輩を見つめた。その視線に心が少し痛むが、吾輩はそれを振り切るように手を振り、グロムの手を掴んだ。


「行くぞ、グロム!」


 グロムの転移魔法で吾輩は一瞬で魔王城の玉座の間に移動した。

 

 ※

 

 転移先で目に入ったのは、威厳を纏い玉座に座る父上の姿だった。


 吾輩は冷や汗をかきながら頭を下げた。


「ち、父上! 一体、どのようなご用件でしょうか!?」


 吾輩の様子を見た父上は、わずかに口角を上げながら静かに言った。


「ヴァミリア、貴様に『試練』を言い渡す」


 その一言に吾輩は驚き、「へ? 試練?」と思わず聞き返した。


「『未踏の地』という、人間界と魔界が交わる領域がある。そこには禁書や封印された禁断の魔法が眠っていると言われている」


「な、なんですって!? 禁書だと!? 父上、それは本当なのですか? 母上の冒険譚にはそんな記載は……」


 吾輩の問いに、父上は目を細めて答えた。


「当然だ。そんな情報を軽々しく記すわけがないだろう。禁書や禁断の魔法の存在が外部に知られれば、狙う輩が殺到する。それに、あの領域には危険な魔獣がひしめいている」


「ど、どうしてそこまで『未踏の地』のことを知っているのですか?」


 吾輩が恐る恐る尋ねると、父上は鋭い眼差しを向けた。


「あの領域を最初に見つけたのは、この吾輩だ」


「なっ……!」


 唐突に明かされた事実に、吾輩は驚きのあまり声を失った。そんな吾輩を見下ろしながら、父上は話を続ける。


「あそこは危険すぎる未開拓の地だ。その領域に明日お前を送る。禁書や禁断の魔法の調査、それが吾輩からお前への試練だ」


「……」


 未踏の地……。父上が訪れることすら禁じた危険な領域。そんな場所に吾輩を行かせるなんて。できるのか、そんな無茶な試練を……。


 迷いが胸を締めつける中、父上の声が再び響いた。


「ヴァミリア、お前は人間界と魔界の架け橋となる存在だ。吾輩とフェルトの子であるお前には、それだけの責務がある。だが、今のままでは次期魔王の座を任せるわけにはいかん。だからこそ、この試練で自らの可能性を証明してみせよ」


 その言葉に、吾輩の迷いは消えた。最強の勇者の血と最凶の魔王の血を受け継ぐ吾輩が、こんなところで躊躇している場合ではない!


「分かりました! 父上。このヴァミリア、試練を受けて立ちます!」


 吾輩が力強く宣言すると、父上は満足げに頷いた。


「よし。その意気だ。『未踏の地』に関する情報は後ほど伝える。そして……同行者は一人だけ連れて行くことを許す。慎重に選べ」


 その言葉を最後に、父上との会話は幕を下ろした。

 

 ※

 

「うーむ、誰を連れていこうか……」


 吾輩は重々しく足を進めながら、試練に連れて行く同行者について考え込んでいた。父上から教えてもらった情報が脳裏を過ぎる。どれもこれも、まるで絵空事のように感じられるほど壮絶な内容だった。


 未踏の地に潜む魔獣たちは、人間界で「実力者」と謳われる一級冒険者すら歯が立たないほどの凶暴性を持つ。そして、その領域に眠る禁書と禁断魔法——これらは魔界ですらほとんど知られておらず、当然人間界では管理されていない完全なる未知の存在だという。果たして吾輩にそんな領域で生き延び、試練を成し遂げることができるのだろうか?


「ふぅ……」


 吾輩は深いため息をつきながら魔王城の廊下を歩いていた。暗い石造りの回廊には、燭台の炎が揺らめいて不気味な影を作り出している。廊下に響く靴音がやけに大きく感じられる。考え込むあまり、無意識に足が重くなっていた。


 その時——


「ヴァミリア様じゃありませんか!」


 廊下に響く、朗々とした声。その声には聞き覚えがあった。吾輩は咄嗟に振り向く。


「——グリオン!?」


 声の主は、遠くからこちらに向かって猛然と駆けてくるイフリートのグリオンだった。彼の体からは炎のような熱気が立ち上り、その目は野獣のように輝いている。彼の突進の勢いに、吾輩は咄嗟に身構える。


「ちょ、待てグリオン! 危な——」


 吾輩の抗議も虚しく、音速にも匹敵する勢いで突っ込んできたグリオンに吹き飛ばされた。彼の衝撃は、まるで巨大な岩が体当たりしてきたかのようだ。


「痛ッ……おい! グリオン! 危ないだろうが!」


 床に倒れた吾輩は、勢いよく起き上がりながらグリオンに怒鳴った。全身がジンジンと痺れている。だが、グリオンは悪びれる様子もなく、高らかに笑い声を上げた。


「ハハハ! すみません! つい全力で走ってしまいました!」


「全力で走るなと言っておるのだ……まったく貴様は相変わらずだな」


 吾輩は肩をすくめながらグリオンを睨みつける。だが、その破天荒な姿を見ているうちに、一つの考えが閃いた。


 待てよ……グリオンの実力なら、あの試練で役に立つかもしれない。


 彼は「戦いの化身」と呼ばれるほどの実力者だ。無尽蔵の体力と、魔法と物理攻撃を融合させた戦闘スタイル。未踏の地に挑むには、これ以上ない頼もしい存在ではないか?


「おい、グリオン!」


「どうされました、ヴァミリア様!」


 グリオンが不思議そうに顔を向ける。その瞬間、吾輩は決意を込めて彼に告げた。


「お前の明日を丸ごと吾輩にくれぬか?」


「……え?」


 グリオンは目を丸くして、困惑した表情を浮かべる。吾輩はその反応を予想していた。だからこそ、事前に頭の中で整理しておいた言葉を丁寧に伝え始めた。


「実はな、吾輩に父上から試練が与えられたのだ。その試練に同行できる者はたった一人だけ。お前の力がどうしても必要だ」


 吾輩が詳細を説明すると、グリオンの表情が一変する。その目に宿るのは、熱き戦士の光だった。


「試練、ですか……!」


 グリオンは拳を固く握りしめると、大きく頷いた。


「分かりました! ヴァミリア様のためであれば、喜んでお供させていただきます!」


 その快い返事に、吾輩の胸に希望が灯った。グリオンと共に挑めば、きっと未踏の地の試練も乗り越えられるはずだ。


「よし! 明日、準備が整い次第出発するぞ!」


「了解しました! お任せください!」


 グリオンの力強い声が廊下に響く。吾輩は微かな期待を胸に、試練への準備を進めるために歩き出した。


 ルクス、そしてグリオン……これで試練に挑む準備は整った。吾輩がこの試練を成し遂げ、父上の期待に応えてみせる!


 心の中でそう誓いながら、吾輩は未来へと一歩を踏み出した。

 

 ※

 

 次の日の早朝、吾輩は深い眠りの中にいた。

温かな毛布に包まれ、夢の中で大好きな果実を山ほど食べていたその時——部屋の扉が勢いよく開かれた音で目を覚ました。


「む? な、なんだ? ——ッ!」


 重い瞼を擦りながら、開かれた扉の方に目を向ける吾輩。その視線の先には、体を燃え上がらせたまま部屋に突撃してきたグリオンの姿があった。彼の全身はまるで炎そのもののように熱気を放っている。


「ちょ、待て! 燃える燃える! 吾輩の部屋が燃えるではないか! あと暑い! 死ぬ!」


 吾輩は布団を跳ねのけ、全力で部屋の熱気を扇ぎながら叫ぶ。汗がじわりと額から流れ出すほどの暑さに、目が覚めきっていなかった身体が一瞬で覚醒した。


「すみません、ヴァミリア様! ですが、俺はもう準備万端です! 早く行きましょう!」


 グリオンはまるで勝利を目前に控えた戦士のような笑みを浮かべ、吾輩にぐっと顔を寄せてくる。その顔が近い……近すぎる!


「わ、分かったから! 吾輩も準備するゆえ、貴様は外で待っておれ!」


「了解しました! 早く来てくださいね!」


 大声で返事をしたグリオンは、扉を「バタンッ!」と大きな音を立てて閉め、勢いよく部屋を出ていった。


 吾輩は深いため息をつきながら乱れた髪を手で整え、熱で湿った部屋を見回す。


「全く……アイツの扱いは本当に手がかかる。これで試練に耐えられるのか……吾輩が持つべきは信頼か、それとも覚悟か……」


 呆れと疑念が交錯する中で、吾輩は意を決して試練への準備を始めた。

 

 ※

 

 準備を整えた吾輩は、魔王城の門へと足を進める。

 

 門の前では、炎を鎮めた状態のグリオンがこちらに手を振って待っていた。その姿を見た吾輩は軽く手を振り返す。


「グリオン! 待たせたな!」


 吾輩がそう声をかけた瞬間、真上から聞き覚えのある可愛い鳴き声が響いた。


「——まさか!」


 驚きつつも顔を上げると、そこには小さな翼を広げて飛び回るルクスの姿があった。


「おいおい、出てきてしまったのか?」


 吾輩が軽く眉をひそめると、ルクスは嬉しそうにくるりと宙を舞い、吾輩の肩に軽やかに降り立った。


「なんですか? このドラゴンは? 見たことがありませんね」


 グリオンが興味津々の様子で問いかけてくる。その目は輝き、まるで子供が新しい玩具を見つけたかのようだ。


「こ、これは……吾輩の秘密兵器だ! 名はルクス! 可愛いだろう!」


 吾輩が慌てて適当に誤魔化しつつも、堂々と胸を張ると、ルクスは吾輩の頬に頬ずりをして甘える。それを見たグリオンは驚きつつも、納得したように頷いた。


「素晴らしい! ルクスという名ですか! いい名前ですね! 俺も触っていいですか?!」


「バカか! お前の熱でルクスが焦げてしまうではないか!」


 吾輩はグリオンを手で制しながら、ルクスを胸元で優しく撫でる。その小さな身体からはかすかな温かさと鼓動が伝わり、吾輩の胸がじんわりと暖かくなる。


 しかし、ルクスを連れていくべきかどうか、吾輩は悩み始めた。これから向かう未踏の地は、魔界でも最も危険な領域。その場所に、この生まれたばかりのルクスを連れて行くのは無謀だ。だが、置いていけばルクスが寂しがるのは目に見えている。


 吾輩が困惑していると、ルクスはふわりと吾輩の服の中へもぐり込み、胸元からひょっこりと顔を出した。


「ふん! よいだろう! ルクス、吾輩が良いと言うまで吾輩の傍を離れるな! 吾輩が守ってやる!」


 吾輩が威厳たっぷりに言い放つと、ルクスは小さく可愛らしい鳴き声で応えた。その反応にグリオンも笑みを浮かべて頷く。


「では参りましょうか、ヴァミリア様! 未踏の地へ!」


「よし、行くぞ!」


 吾輩、グリオン、そしてルクス——3つの異なる存在が揃い、いよいよ未知の領域へと旅立つ準備が整った。


 その先に待ち受けるのは、恐怖か、それとも新たな希望か——。冒険の幕は、ここに上がった。 

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