-未開の遺跡探し!-
「ひ、暇だァァ!」
禁書の一件が終わり、吾輩は勝手に人間界に行った罰として、父上から外出禁止を言い渡された。
「全く、こうもワクワクしないのは正に退屈だな……」
ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、天井を見つめる吾輩。そんな中、部屋の扉が控えめにノックされた。
「ヴァミリア様、失礼いたします」
忠実なる部下、グロムが顔を出す。吾輩は彼の突然の来訪に驚きつつも、体を起こして視線を向けた。
「流石に暇を持て余しているご様子ですね?」
「当たり前だ! 吾輩が暇が嫌いなのは貴様も知っておろう!」
「ええ、心得ております。ですので、こんなものをお持ちしました」
そう言ってグロムが懐から取り出したのは、一冊の古びた本だった。そのタイトルには『勇者の冒険譚』と書かれている。
「なんだこれは? まさか、母上の冒険譚か?」
吾輩が問いかけると、グロムは頷いて本を広げた。
「はい。こちらにはフェルト様が人間界と魔界を股にかけて体験された数々の冒険が記されています。そして、この本にはこの世界の地図や、未知の場所についても触れられております」
「ほう、母上がそんな冒険を……!」
吾輩はグロムの朗読に耳を傾けながら、次第に物語の世界へと引き込まれていく。剣を振るう母上の姿、魔族と人間の壁を超えた勇気、そして父上との運命的な出会い……。そのすべてが吾輩の心を大いに掻き立てた。
しかし、ページをめくるうちに眉間にしわが寄る。
「……待て。この『未踏の地』とは何だ? そんな場所があるのか?」
グロムは一瞬言葉を詰まらせながらも説明を始めた。
「ええ、『未踏の地』とは魔界と人間界が交わる特殊な領域。しかし、記録にはあるものの、実際にその地を訪れた者はいません。フェルト様ですら探索を断念した場所です」
「母上ですら……それほどの場所なのか。興味が湧いてきたな!」
「——ダメです」
「まだ何も言っておらん!」
グロムはため息混じりに忠告を続ける。
「その地は魔王様が訪問を禁じておりますし、噂では遊び半分で向かった冒険者が誰一人戻ってこなかったと言われています。とても安全とは言えません」
吾輩はその話に震えながら布団を頭までかぶり、怯える。
「わ、吾輩、やっぱり行くのやめる!」
そんな吾輩に、グロムは呆れたような表情で小さく肩をすくめた。
「やはり行くつもりだったのですね。さて、それでは他の暇つぶし案をご用意しましょう」
そう言うと、今度は懐から数冊の本を取り出した。その中には『魔王と勇者の甘い恋』と書かれた一冊が混ざっている。
「これって……もしかして!」
嫌な予感が走る吾輩に、グロムは平然と告げた。
「これはフェルト様からの推薦図書です。『あの子も暇しているだろうから読ませてあげて』とのことです。朗読しましょうか?」
「や、やめろ! 母上と父上の甘い恋話なんて聞いていられるか!」
吾輩は急いで本を突き返し、再び布団に潜り込む。
「まったく、母上も余計な気遣いをするものだ。吾輩の暇つぶしにこれ以上恥ずかしい提案などいらん!」
グロムは微笑みを浮かべながら、最後の手段とばかりに一枚の巻物を取り出した。その古びた紙には独特な紋章が刻まれている。
「これは先日、人間界の市場で入手した古い地図の写しです。未発見の遺跡や秘境が示されている可能性があります」
吾輩の目が輝いた。
「なんと! 早速この地図を徹底的に調べるぞ!」
こうして、吾輩とグロムの地図分析が始まった。冒険心に燃える吾輩と、冷静なグロム。二人の次なる騒動の幕開けとなる時間が、ゆっくりと流れていく——。
※
吾輩とグロムは机に広げた地図をじっと見つめ、あれこれ考えを巡らせていたが、やがて部屋の中は妙に静まり返った。
「……で、このルートをどうするんだ?」
吾輩が地図から目を離し、グロムを見上げて尋ねる。すると彼は、巻物に描かれた複雑な線を指差しながら答えた。
「この地点に注目してください。人間界と魔界の境界付近に描かれた洞窟のマークです。これがただの地形の記録ではなく、遺跡や隠し通路を示している可能性があります」
「ほう。もし本当に遺跡なら、何か面白いものが眠っているかもしれんな!」
吾輩は頷きながら、既に頭の中でその洞窟に足を踏み入れている自分を想像していた。古代の魔族が隠した財宝や、伝説に語られるような強大な魔法のアイテム……その可能性に胸が高鳴る。
しかし、グロムは冷静な声で釘を刺す。
「ですが、行くにはまだ早いでしょう。まず、ヴァミリア様は現在外出禁止中です。それに、この地図が本物である確証もありません。さらに、ここに記されたルートには明らかに矛盾があります」
「矛盾?」
吾輩の興味は一気に引き寄せられ、グロムが指差した箇所に目を凝らす。
「そうです。この洞窟の入り口とされる場所のすぐ近くに、“断絶の谷”と呼ばれるエリアがあります。この谷は普通の手段では超えられないほど深く、魔法ですら影響を及ぼせない特殊な地形です」
「ふむ……では、どうやって辿り着けばいいのだ?」
「その答えを探すのが、準備の第一歩でしょう」
グロムは慎重な口調でそう答えたが、吾輩は既に心を決めたように立ち上がる。
「ならば、この矛盾を解き明かすのだ! 吾輩たちでな!」
「とはいえ、すぐに行動に移すのは無理です。魔王様の許可を得ずに外出すれば、再びお叱りを受けることになりますよ」
「ちっ……父上の小言など、吾輩には聞き飽きたというのに……。まあよい。今は情報収集と準備に専念しよう!」
吾輩はしぶしぶベッドに腰掛け直したが、その目には冒険への強い決意が宿っていた。
「グロム、とりあえず魔界の図書館に行ってくれ。この洞窟や“断絶の谷”について記録がないか調べるのだ!」
「かしこまりました。ヴァミリア様はどうなさいますか?」
「吾輩はここで作戦を練る! ……いや、やっぱりおやつを持ってきてくれ。考えるには糖分が必要だ!」
「了解しました」
グロムは軽く頭を下げると、地図を手に部屋を後にした。
ひとりになった吾輩は天井を見上げながら、静かに呟く。
「誰も見つけられなかった遺跡を見つけて……傷ついた父上の信用を取り戻してやる!」
その言葉に込められたのは、父への想いと、自らの力を証明したいという純粋な願いだった。吾輩はこれから巻き起こるであろう冒険に思いを馳せながら、満足げに笑みを浮かべる。
「ふふふ、待っておれよ遺跡よ……吾輩が必ずその秘密を暴いてやる!」
こうして、吾輩の新たな計画が静かに動き出した。
※
「それで、図書館で何か掴めたか?」
吾輩が問うと、グロムは自信満々の表情で、一冊の古びた本を机の上に置いた。その表紙はぼろぼろだったが、中身は意外にも綺麗で読みやすそうだ。
「この書物に谷についての情報が書かれているのか?」
吾輩がさらに尋ねると、グロムは「もちろんです」と即答しながら、あるページを開いた。
そこには一つの橋の絵と、その橋にまつわる説明が詳細に記されていた。吾輩はその記述を声に出しながら読む。
「『断絶の谷』は魔法が効かない特殊な領域……しかし、日が沈み、『ギルス』という三つの赤い星が同時に現れた時、谷に白く透明な『ギルスの橋』がかかる……。グロム、これは本当なのか?」
吾輩が問いかけると、グロムは少し考え込むように眉を寄せた。
「……谷に関する記録があるのは、この書物だけでした。しかし、ここまで具体的に書かれているのであれば、信じてみる価値はあるかもしれません」
「ふむ……。ならば、吾輩をその谷まで案内しろ!」
吾輩が興奮気味に言うと、グロムは苦笑しながら肩をすくめた。
「仕方ありませんね。ただし、日没前には出発しましょう。それと、外出禁止中であることをお忘れなく。目立つ行動は厳禁です」
「そんなこと、いちいち言われなくても分かっておる! よし、夕食を済ませたら準備を整える。グロム、吾輩の部屋に来るのだ!」
「かしこまりました、ヴァミリア様」
グロムは頭を下げると、部屋を後にした。
※
夕飯を終えた吾輩は、自室で冒険の準備を整えていた。高揚感で胸が高鳴り、思わず口元がほころぶ。
「フッフッフッ、これで準備万端だ!」
荷物を確認しながら待っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「ヴァミリア様、準備は整いましたか?」
「おお、グロム! 待ちくたびれたぞ。さあ、出発だ!」
吾輩は勢いよく立ち上がり、地図と道具を手に扉を開けた。だが、グロムの表情はいつも以上に引き締まっている。
「ヴァミリア様、改めて申し上げますが、今回の冒険は非常に危険です。予期せぬ事態が起きれば、すぐに撤退するという約束をしてください」
「ふん、吾輩を誰だと思っているのだ! 撤退など必要ない!」
そう言い放つ吾輩に、グロムは冷静な目で釘を刺した。
「魔王様にバレれば、外出禁止どころか魔界から一歩も出られないかもしれません。それでも構いませんか?」
「……ちっ、分かった。危険を感じたら撤退する。それでいいのだろう?」
「ありがとうございます。それでは、参りましょう」
グロムが杖を掲げると、足元に複雑な魔法陣が浮かび上がり、部屋全体が柔らかな光に包まれた。
※
転移魔法が終わると、吾輩とグロムは人間界と魔界の境界付近に立っていた。目の前には闇深い「断絶の谷」が広がり、その先は漆黒の空間に飲み込まれている。
「これが……『断絶の谷』か」
谷の奥行きを見極めようとするが、深さも幅も掴みどころがない。冷たい風が頬を撫で、異様な静寂が全身を包み込む。
「ギルスの星が現れるまで、あと20分ほどです。その間に周囲を調べてみましょう」
「よし、周辺を見回るぞ!」
吾輩は地図を手に、慎重に歩き始めた。しかし、風の一定した流れと生物の気配のなさに、不安が徐々に心を侵食してくる。
「グロム、この場所……普通ではないな」
「同感です。気配が不自然に薄い。それに……」
グロムが言いかけたその時、足元がかすかに震えた。
「な、なんだ!?」
「落ち着いてください。何かが近づいています」
吾輩が警戒を強めたその瞬間、谷の向こうに赤い光が浮かび上がった。それは三つの赤い星、「ギルスの星」だ。
「グロム! あれが『ギルスの星』だな?」
「間違いありません。そして……」
グロムが指差す方向には、谷を横断するように白い光の橋がかかり始めていた。
「これが……『ギルスの橋』か!」
吾輩は息を呑みながらその光景を見つめた。だが、次の瞬間、足元に振動が走り、重低音の咆哮が谷全体に響き渡る。
「ヴァミリア様、ワイバーンです!」
漆黒の谷から巨大なワイバーンが姿を現した。血のように赤い瞳が光を反射し、不気味な咆哮を上げている。
「ふん、面白いではないか! グロム、吾輩に任せろ! ——ここは魔界だ! 吾輩の力、存分に見せてやろう!」
吾輩は魔力を解放し、周囲の空気が揺らぐほどの気迫を放つ。その姿を見たグロムは、やれやれと頭を振りつつも、杖を構えた。
「まさか初手から戦闘になるとは……」
「冒険とは、そうでなくては面白くない!」
吾輩の叫びが谷に響き渡る中、戦いの幕が切って落とされた——。




