-開幕-
昔々、この世界には、誰もが最強と認めた勇者がいた。剣も魔法も卓越し、どんな困難も軽々と乗り越えるその実力は、王に認められ、魔王討伐を任命されるほどだった。
そしてついに勇者は、魔王の元へと辿り着く。しかし、そこで勇者は握っていた剣を捨て、戦いを辞めてしまった。
理由は簡単だ。その魔王に、一目惚れしてしまったのだ。
あ、ちなみに。この勇者は吾輩の母で、魔王は吾輩の父だ!
その後、いろいろあって二人は恋仲となり、魔族と人間のハーフである子供が生まれた。そして、その子供こそ——。
「この吾輩である!」
まあ、この話を世に出したのは勇者側の人間ではなく、魔族が商売の一環で広めたものらしい。もちろん人間界では修正されて、最後は「勇者と魔王が相打ちになった」という無難な結末に書き換えられているが……。
そんなこんなで、いまや魔界と人間界は争いもなく平和そのものだ。
しかし、平和というのは——。
「……暇だな!」
玉座に腰を掛けた吾輩は、退屈しのぎに大声で呼びかけた。
「おい、グロムゥゥ!」
すぐさま現れたのは、部下のグロム。
「どうされました、ヴァミリア様……いえ、姫様」
「オイコラ! 吾輩は姫ではない! 吾輩は母にして最強の勇者と、父にして最凶の魔王の子——ヴァミリアだ!」
「それは失礼いたしました。……となると、ついにその時が来たのですね?」
「?」
「貴方様のお父上が果たせなかった、世界征服の始動が!」
「な、なんだと!?」
「よし、まずは近隣の国々を滅ぼして——」
「待て! 一旦落ち着けアホ!」
吾輩が焦りながらそう奴に言うと、グロムは「はて?」とでも言いたげな顔でこちらを見つめる。
「では、何用で私をお呼びに?」
「そんなの決まっておろう! ——吾輩の暇つぶしに付き合え!」
吾輩はギラリと目を光らせ、企みを秘めたような笑みを浮かべながらグロムに命令を下した。フッ、決まったな!
よし! これでようやく吾輩の暇つぶしが始まる! 吾輩の楽しい楽しい人間界への遠足が!
「——はい、人類の殲滅ですね、承知しました!」
「ちょっ!?」
「おいそこの兵! 今すぐ! 迅速に! 魔王軍幹部全員と全兵を招集せよ!」
「ちょっと待て! 一旦黙れ! バカアホエルフのグロムゥゥゥ!」