二度目のプロポーズ
「それはそうと沙夜ちゃん、今日こそ僕と結婚してくれるよね」
「いいえ、お断りします。」
僕は放課後、毎日お決まりの時間に彼女の元に訪れては、こうして玉砕を重ねている。
世間話の延長戦だったり、出会い頭の一発目だったり、様々な角度でプロポーズをしても、沙夜ちゃんは毅然とした態度でピシャリと断ってしまう。なかなかのガードの硬さだ。
「だいたいね、私なんかに固執するのもおかしいわよ」
「沙夜ちゃん、いつもの悪い癖だよ。『私なんか』なんて、自分を下げるような言い方をしちゃダメだろう」
沙夜ちゃんは僕をジロリと睨む。そして反論するのも馬鹿らしい、とでも言うように、掛け布団をもう一度胸まで持ってきて、もぞもぞと体勢を変え、窓の方を向いてしまった。
「いつ死ぬかわからない人間にプロポーズなんかするんじゃありません」
ここは沙夜ちゃんの病室だった。
「それにこれから未来に出会いがある人間が、早々に将来の相手を決め打ちするのも感心しないわよ」
「そんなことはいいんだよ沙夜ちゃん、だって僕は……」
言いかけたところで、病室の扉が静かに開いて、「またこんなところに!」と呆れた声がした。
現れたのは僕の母だった。
「いつもいつも本当に申し訳ありませんウチの息子が」
「ああいえ、そんな…。老い先短いおばあちゃんの話し相手になってくれる素敵な子ですよ」
「そう言ってもらえるのはありがたいですが、この子、よく変なこと言うでしょう?」
「……まぁ、それで困ることも、ちょっとだけあるわね」
再度体を起こした沙夜ちゃんは、訝しげに、だけどちょっとだけ親しみを込めた視線で僕を見やる。
そう、僕は10歳の小学生男児。対する沙夜ちゃんは84歳のおばあちゃんだ。
でも僕が彼女にプロポーズをするのは決しておかしな話なんかじゃない。僕は彼女と初めて出会ったときにこう言った。僕は、貴女の15年前に死に別れた旦那の生まれ変わりなのだと。
沙夜ちゃんと僕の間の秘密を知らぬ母は、ただただ申し訳なさそうに頭を何度も下げていた。
「また来るよ沙夜ちゃん」
「こら!そんな馴れ馴れしくするんじゃないよ」
ぴしゃりと平手が後頭部に炸裂する。沙夜ちゃんは、僕と母のやり取りにクスクスと小さな体を震わせた。
「いいえ……いいですよ。またいらっしゃい」
シワの寄ったハの字の眉を携え、ゆるゆると手を振る。僕の手より小さくなったか細い手。花も果物もない真っ白な病室の中で、沙夜ちゃんの肌の色だけが傾きかけた太陽光を反射して色づいて見える。なんだか照れ臭そうに、頬に少しだけ赤みが灯っていて、沙夜ちゃんは可愛いなあと思うのだった。
結局
「あの部屋の奥に入院してた沙夜さん、最期はなんだか幸せそうでしたね」
「旦那さんを置いていくのが心配だっておっしゃってたけど、彼女身寄りが無いって話じゃありませんでしたっけ…?」
間もなくして彼女は空へ旅立った。
関係者でもなんでもない僕は、簡易な挨拶だけをして最期のお別れを済ませた。
「少年、ありがとう」
ランドセルを抱えて病院の屋上で黄昏れる僕に、初老の男性が声をかけた。
視線を変えぬまま、「別に」と、ちょっと寂しい気持ちを隠せないぶっきらぼうな声で返事をする。
彼は、正真正銘、亡くなった沙夜ちゃんの旦那さんだ。1ヶ月前に出会っては、僕の隣にずっといた。沙夜ちゃんが亡くなる今日まで。
「少年が私の言葉を聞いてくれたおかげで、沙夜ちゃんも最期まで楽しそうだった」
「でも僕、あの人に嘘をついちゃいました。僕が、あなたの生まれ変わりだって」
「わはは、それは向こうでの話の種にさせてもらうよ」
ほどなくして彼も、夕焼けに溶けるようにして消えてしまった。
僕は、ただの幽霊と話ができる小学生男子だった。
旦那さんの言う通り、きっと今頃、15年の空白なんか無かったように彼らは再会の言葉を交わしているだろう。それが自分が起こしたちょっとした奇跡なんだと考えたら、なんだか誇らしくて、そしてちょっぴり妬けるなぁと考えてしまうのであった。
ゼミで書いたSSでした。