第18話 最後の仕上げと『居なく』なる少年
「シャアァァアアアアア!!!」
「うわぁあああああ!!
は、『ハーピィ』がぁあああ!!」
キュルルとアリスリーチェの元に集まった生徒達は突然現れた上空からの襲撃に大混乱に陥っていた。
「落ち着きなさい!
対処方法は『ヘルハウンド』とそう変わりありませんわ!
相手の攻撃を引き付けてから落ち着いて迎撃しなさい!」
「そ、そんなこと言われたって……!
こんな、上から攻撃……!
があっ!ああああああッ!!!」
アリスリーチェとの会話の隙を突かれ、生徒の肩に『ハーピィ』のカギ爪が食い込んだ。
そして、その肉が抉られようとした時――
「きゅるぅああああ!!」
―――ゴッッ!!
「ギアアアア!!!」
キュルルの飛び蹴りが『ハーピィ』の顔面を捉えた。
生徒の肩からカギ爪が外れ、『ハーピィ』は地面へと沈んだ……
「ぐ、ううううう………」
「ウォッタ!彼を下がらせなさい!」
「はっ!!」
何とか致命傷にはならなかったものの、肩に食い込んだカギ爪による傷は深く、その生徒は戦線を離れることを余儀なくされる。
ウォッタに連れられて行く生徒と入れ違いにファーティラがアリスリーチェの元へと駆けよる。
「アリスリーチェ様!戦闘可能な者の人数が400人を割りました!
このままでは……!
―――っ!」
「「キシャアアアアア!!」」
「きゅるっ……また……!」
「くっ………!」
報告の最中に現れた『ハーピィ』の群れにキュルルが声を上げ、アリスリーチェは思わず顔を歪める。
戦線の崩壊は時間の問題か……!
と、そんな悲観的な考えが頭をよぎった時だった―――
「《アイス・ジャベリン》!」
――――ザシュザシュザシュッッ!!
「「ギャァアアァアア!!」」
「きゅるっ!?」
「今のは……!!」
突然飛来した『氷の槍』によって、『ハーピィ』の群れが貫かれ、落とされていった。
キュルルとアリスリーチェがその『氷の槍』が飛んできた方へと目をやると……
「おい!ガキ共!!
無事か!?」
筋骨隆々の学園講師……ダクト=コンダクトの姿があった。
「貴方は……!」
「きゅるー!ダクトん!!」
「おい!!
リブラさん式の呼び方は止めろぉ!!!」
と、そんな声を上げつつ、ダクトは氷魔法で魔物を素早く的確に撃退していく。
そして彼以外にも複数人の講師がこの場に駆けつけ、魔物を次々と討伐していった。
「学園側からの応援……間に合いましたのね……」
「きゅるー!ダクトんってあんなに強かったんだー!」
キュルルとアリスリーチェは安堵の声を出し、絶望に飲まれかけていた他の生徒達もまた、緊張状態を解いていくのであった。
そして、大方の魔物を片付けると、ダクトはキュルルとアリスリーチェの元へと駆けよった。
「おうお前ら、よく頑張ったな!」
「ダクト先生……貴方は氷魔法の使い手でしたの?」
「いや、俺の得意魔法は伝達魔法……つまり遠くの人間と意思の疎通を可能にする魔法だ。
ここに来た講師全員にかけてるから、今それで他の所の状況を確かめる。
ちょっと待ってろ……
《トランスミッション・カンバセーション》!」
その『魔法名』を唱えると、ダクトはこめかみに手を当て、目を閉じた。
どうやら伝達相手を探しているようだ。
「得意魔法でもないのにあの威力の氷魔法を……
やはり勇者学園の講師に選ばれるだけのことはありますのね……」
そんな風にアリスリーチェが感心していると……
「おっ、繋がった!
コーディスさん!こちらダクトです!
こちらが見つけた生徒は以下の通りです!
………ええ、全員命に別状はありません!」
「きゅるっ!コーディスも来てるんだ!」
「勇者一行のメンバーが2人もいらっしゃるのなら……
もう心配はいりません……わね……」
「きゅる……?」
キュルルはそんなことを言いながらどこかまだ不安気な様子のアリスリーチェを訝しげに見つめた。
「………そうですか!
おいお前ら!お前達のチームのメンバーはコーディスさんの所で確認されたぞ!
ミルキィ、ヴィガー、キャリー、バニラ、コリーナ、プランティだってよ!」
「きゅるっ!本当!?
………あれ?」
「……………」
キュルルは聞こえて来た名前に一瞬喜びの声を上げたが、すぐにその声は疑問に変わった。
そしてアリスリーチェもまた、その上げられた名前に……いや、上げられなかった名前に深刻な表情を浮かべた。
「ね、ねえダクトん。
フィルは?フィルはいないの!?
それに―――」
「何故、プランティの名が上がりながら、スリーチェの名がありませんの……!」
2人はダクトへと詰め寄った。
「お、おいお前ら落ち着け!
今コーディスさんから伝達が―――
んなっ!?」
ダクトは急に驚愕の声を上げた。
恐らくコーディスからの伝達された内容が原因なのだろうが……一体何が……?
「…………いいか、お前ら……
落ち着いて聞け………
まず……詳しいことは知らねぇが……
プランティは……今は気を失っているらしい……」
「きゅっ!?」
「プランティが……!?」
彼女ほどの人物に一体何があったというのか……
「それで……フィルと、スリーチェは………
今回この事態を引き起こした首謀者の元にいるらしい……!
いや、正確にはそうじゃないらしいんだが……」
「きゅるっ――!?」
「そ、それは―――
一体どういうことですの!?」
その話の内容に、キュルルとアリスリーチェはより一層ダクトへ詰め寄った。
「俺もよくは分かんねぇよ!
とにかく、コーディスさんもその首謀者を追うらしいから、お前らは―――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それじゃ……最後の仕上げと行こうか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「グオオォォアアアアアアア!!!!」
「なっ……!?」
「なんだよ……アレ……!」
ミルキィとヴィガーは、突如として現れた『ソレ』を見て、愕然とした。
『ソレ』は身長6メートルの一つ目の巨人。
凄まじく発達している全身の筋肉はそこらの岩程度は軽く粉々に粉砕できるであろうことが見て取れた。
その魔物の名は……
「『サイクロプス』……!」
その時のコーディスの声には、確かに焦りの色が含まれていた―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ギャァアアアオオオオォォォオオオ!!!」
「ひっ!?、ひぃぁああああ!!??」
「ド、ドラゴンだぁああああああっ!!」
キュルルとアリスリーチェの元に集まった生徒達は、この場に突然現れた全高3メートル、全長10メートルの真っ赤なドラゴンに、恐怖の声を上げた。
「『デス・レッドドラゴン』……!?
そんな馬鹿なッ……!?
コイツは……コイツは『レッドエリア』の魔物だぞ……!?」
ダクトはその魔物を目の前にしながら、それでもその存在を疑わずにはいられなかった。
『ヴァール大戦』時最後の戦いでも目にしたその赤い竜は、大戦が終わってからは大陸西側の奥地へと住処を移し、そこからの移動は確認されていなかったはずだ。
それが何故……!?
だが、ダクトにはそんな疑問を抱いている余地はなかった。
『デス・レッドドラゴン』は恐怖に慄く生徒達へと向け、その口を大きく開けたのだった。
「っ!!やべぇっ!!!」
ダクトは全力で生徒達に向かって走り、ドラゴンの前へと飛び出た。
そしてそれとほぼ同時に―――
―――ゴォアアアアアアア!!!!
その口内から黒色の混じった炎が噴き出してきたのだ!
「《アイス・ウォール》!!!」
ダクトは両手を突き出し、『氷の壁』を作り出し、その炎を防いだ!
―――シュウゥゥゥゥウゥウ……!!!
「うぉおおおおおあああああ!!!!」
凄まじい熱量の炎は『氷の壁』瞬く間に溶かしていくが、溶かされたそばから新たな氷を生成し、炎が生徒達まで達しないように、ダクトは懸命に『氷の壁』を維持し続けた。
そして、ドラゴンの炎が途切れ―――
「はぁ……はぁ……はぁ………!!」
ダクトは汗だくになりながら、『氷の壁』を解いたのだった……
「だ、ダクト先生……!大丈夫ですか―――」
「おいお前ら!!
このドラゴンの炎には絶対当たるな!
火の粉一粒にさえだ!!
いいな!!」
「えっ……?」
ダクトは生徒の言葉に割り込み、叫んだ。
「この『デス・レッドドラゴン』の魔力が練り込まれた炎に一度巻かれたら燃え尽きるまでもう二度と消えねぇ!
水を被っても無駄だ!
だから絶対に炎に触れるな!
少しでも身体に燃え移ったらもう助からねぇぞ!」
「ひっ……!ひぃいいいいい!!!」
その言葉に生徒達は一目散にドラゴンから距離を取った。
スクトは目の前のドラゴンを睨みつける。
「ガキ共!心配すんな!
コイツ1匹ぐらいはなんてこたぁねぇ!
しっかり攻撃を見切って、炎の息切れを狙えば……!」
そう、ダクトは既に『ヴァール大戦』で『デス・レッドドラゴン』の相手は何度もしているのだ。
確かに手強い魔物ではあるが、決して倒せない相手では―――
「あ、あああ………!!!
うああああああああ!!!!」
そんなダクトの考えを引き裂くかのような悲鳴が、生徒達の方から上がって来た。
ダクトがその声の方へと振りむくと、そこには―――
「んな……!
二体目……だと……!?」
そう、もう一体の『デス・レッドドラゴン』が生徒達を挟み撃ちするように現れたのだった。
否……それだけではない。
「ギャァァアアアア!!!」
「なぁっ……!さ……三体目……!?」
「お、おい、どうすんだよぉ!
完全に囲まれちまったぁあ!!」
生徒の誰かが上げた声の通りだった。
三体の『デス・レッドドラゴン』は完全にこの場の生徒と調査隊員、講師達を囲む形で現れたのだ。
そして、この苦境にアリスリーチェもまた苦渋に満ちた表情を隠さずにいた。
「く……オニキスさん!!
この状況……非情に癪ですが、アナタの力を頼らざるを得ません……!
ここはもう力の温存などは考えず―――」
「……………………………………………」
「………?
オニキスさん……?」
キュルルは、アリスリーチェの言葉など聞こえていないかのように……いや、この状況などまるで見えていないかのように、自分の肩を抱え呆然としていた。
そして、その表情は……見れば誰もが『絶望』と評するものであった……
「オニキスさん!
一体どうしたというので―――」
「フィルが………」
「え……?」
「フィルが……『居なく』なっちゃう………!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はあっ………!
はあっ………!
はあっ………!」
息をするたびに――
心臓が鳴るたびに――
身体に激痛が走る―――
もはや――
立っているのか―――
倒れているのか―――
それすら曖昧だ―――
それでも―――
「フィルさん……!
フィルさんっ……!!」
後ろから聞こえる―――
女の子の声を頼りに―――
なんとか意識を繋ぎとめる―――
「もう、いいんです……!
もう……!」
女の子の、悲痛な叫びが聞こえる―――
それは、僕の身を案じる声だ―――
だからこそ―――
引くわけには————
いかない―――!!
僕は、木剣の柄を強く握り直し、前を見た。
―――ズゥン……!ズゥン……!
その『絶望』を―――正面から、見据えた。