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第17話 混迷する戦場と大蛇の嵐


――――どたっどたっどたっ!!


「ひっ、ひぃいいいいっ!!

 嫌だぁあああああああ!!!」

「だっ!誰かああああああ!!」


『ロック・リザード』が地面に倒れ込む生徒達に鋭利な角を向けて突進してくる。

生徒のうちの1人は足に怪我を負っており、普段ならば難なく避けられるはずのその突撃を躱すことは出来そうにない。

もはや怪我をした生徒を見捨て、他の生徒達は逃げるしかないか。


怪我をした生徒にとって、まるで処刑台に乗せられギロチンにかけられる直前のような瞬間。


鋭利な角が、生徒を貫くその直前―――


「《スパイラル・パルヴァライズ》!!」


―――ギャリギャリギャリィィ!!!

「グギュルアアアアア!!!」


巨大な回転する腕で殴られた『ロック・リザード』はその岩の鱗で覆われた外皮を抉られながら吹っ飛んだ。


「あ、アナタは……!?」


生徒達のうちの一人の女生徒が、驚きの声を上げる。


「きゅるっ!

 大丈夫!?アナタ達!!」


黒い身体に制服をマントのように広げるその生徒の名は、キュルル=オニキス。

この学園で一番の異彩を放つ存在でった。


「え、ええ、大丈――うっ……!」


命を拾われたとはいえ、『ロック・リザード』の血と臓物がその場に撒き散らされる凄惨な光景に生徒達は思わず吐き気を催してしまった。


「少し疲れるけど、ひっくり返してからボコボコにする暇ないからしょうがない!

 ほらアナタ!『ぽーしょん』!

 これ飲んで早く立ってこっち来て!」

「あ、えっと、その……」


その黒いスライムに渡された小瓶を手に、思わず生徒は固まってしまった。

フィル達が普段自然に接している所為で分かりにくいが、キュルルは未だ殆どの生徒からは警戒の対象だ。

この生徒達もその例にもれず、不気味な魔物としてキュルルを見ていた者達だった。

そんな相手に助けられてしまったという、この状況。

一体何を話せばよいのか……


「ああもう遅い!

 もうボクが連れて行くよ!

 フォルムチェンジ!!

『クラーケン』!!」

―――グニュニュニュ……!


「えっ?」


その言葉と共に、キュルルの姿が……

巨大なイカになった。


そして、生徒達をその触手でぐるぐる巻きにして持ち上げる。


「ちょ、ちょ、ちょおおおおお!!!」

「行っくよーーーー!!!」

「うおおおおおおお!!??」


そして、そのまま爆走したのであった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「アリスリーチェ様!オニキス様が新たに生徒を救出されてきました!」

「ええ、見れば分かりますわよ……

 ついでにアレを見た生徒達の悲鳴の声も……

 なんかあの方が動けば動くほど混乱が広がっていくような気がしますわね……」


アリスリーチェは頭を抑えると一瞬にして思考を切り替えた。


「これまでに集まった生徒や調査隊員の数は?」

「学園生徒が1721人、調査隊員が96人です!」

「そのうち戦闘が可能な者は?」

「生徒で問題なく動ける者が548人、魔法などで支援を行える程度まで動ける者ならば1031人。

 調査隊員は殆どの者が生徒を守るために深手を負ってしまいましたが……20人程が動けます」


アリスリーチェ達はこれまで見かけた生徒や調査隊員達を加えながら移動をしてきた。

動けない程の怪我を負った者には『ポーション』や回復魔法を使える者の力を借りて傷を直して来たのだ。

だが、なにせ人数が人数である為『ポーション』は使用量を少なくし、回復魔法は魔力消費を抑え気味にしなければならず、あくまで動ける程度までしか治せなかった者も多い。


「それでもここまで動ける者がいればひとまず魔物の対応は問題ないでしょう。

『ロック・リザード』は元々今日まで相手し続けて来られたのですし、『ヘルハウンド』もしっかり動きを見極めて、飛び掛かって来たタイミングで迎撃すれば問題ありませんわ」

「はい。

 当初は不意の事態に混乱していた生徒達も今では冷静に対処出来るようになってきておりますしね」


ファーティラはアリスリーチェと会話をしながらも遠くから聞こえる戦闘音に耳を澄ましていた。

ここに集まった生徒達の一部が『ヘルハウンド』と戦っているのだ。

そこからは生徒達の悲鳴などは特に聞こえず、逆に生徒達に討ち取られる『ヘルハウンド』の呻き声が上がっている程だった。


「元々今ここに残っている生徒達は十分な実力をお持ちのはずですもの。

 落ち着いて、状況に慣れさえすればそれぐらいは出来て当然ですわ」


実の所、『ロック・リザード』と『ヘルハウンド』にそれ程危険度の差があるわけではない。

対処の方法こそガラリと変わるものの、『ロック・リザード』を討伐出来る程の力があるのならば現在の生徒達でも対処は容易なのだ。


「ここまで被害が広がった要因は『突然知らない魔物と戦闘することになってしまったこと』その一点につきますわ。

 つまり、しっかり対応できる時間的余裕さえ確保できれば何の問題もありませんでしたのよ。

 この調子なら無理に『扉』まで向かわなくても学園からの応援や討伐隊の到着隊を待つことも―――」


と、その時―――


「アリスリーチェ様!!!

 新手が現れました!!」

「カキョウ!?」


遠方の見張りにつかせていたカキョウから突然の報告が上がった。


「新手……!?

 どういうことですの!?」

「それが……突然、上空から魔物が!!

 あれは恐らく、『ハーピィ』かと!」

「なっ……!上空からだと!?」


その知らせにファーティラが驚愕の声を上げる。


「生徒達が『ヘルハウンド』に対処出来るようになった、このタイミングで新手ですって……?」


アリスリーチェは、もはやこの状況が何者かによって意図的に仕組まれたことを疑わなかった――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「キシャアァアアアアァアア!!!」


「くそぉおああああああ!!

 こいつらぁあああああ!!」


ミルキィは上空から降下してくる人の身体に翼とカギ爪を取り付けたかのような魔物……『ハーピィ』の強襲に憤怒の声を上げていた。


奇しくもミルキィ達はアリスリーチェ達と殆ど同じ状態にあった。

当初は『ヘルハウンド』の動きに翻弄され続けてきたミルキィ達も、時間が経つにつれ対処方法を身に着けて来たのだ。

そして、その場で動ける生徒達が問題なく『ヘルハウンド』を討伐出来るようになったと思った矢先、突如としてその影が上空から生徒達を襲った。


一時は『ヘルハウンド』の脅威から立ち直りかけていたはずのその場の生徒達は再び恐慌状態に陥った。


「《ファイアー・ジャベリン》!」


―――ボッッ!!


「ギィアアアアア!!!」


キャリーが放った『炎の槍』が『ハーピィ』の身体を貫く。

『ハーピィ』は身体を炎に包みながら大地へと墜落していった……


「う……」

――クラッ……

「キャリーちゃん!しっかり!」


倒れかけたキャリーの身体をバニラが慌てて支えた。


「大丈夫……

 少し魔力が切れかけただけ……

『マジックポーション』を………」

「駄目だよ!

 これ以上飲んだら副作用で倒れちゃう!!」


キャリーは生徒達が『ヘルハウンド』の対処をこなせるようになるまで、ほぼ1人で魔法を打ち続けて撃退をし、魔力が枯渇しかける度に『マジックポーション』を飲用してきたのだった。


「キャリー……!」

「くそォッ……!!」


彼女に頼りきりにならないと言っておきながらこの体たらく……

ミルキィとヴィガーは自分達の不甲斐なさを責めに責めた。


ちなみに―――


「はっ……はっ……は……

 わ……私は……まだ、まだ……いけるぞぉ………」


考え無しに魔法をバカスカ使い、魔力が尽きるたびに『マジックポーション』をがぶ飲みし続けたコリーナはとっくに副作用でダウンしていた……


「「キシィィャアアアアアア!!」」


「っ!!また『ハーピィ』が来やがった!!」


「「ウォオォオオオオオオ!!」」


―――どたっどたっどたっ……!!


「『ヘルハウンド』に……『ロック・リザード』まで……!

 畜生ッ!!!」


ミルキィとヴィガー、そしてこの場にいる生徒と調査隊員達は皆一様に一つの感情に飲み込まれかける。



すなわち、『絶望』に――――




「全員、下がっていたまえ」




突然、男の声が辺りに響いた。


この声は―――


「コーディス先生!!??」


ミルキィとヴィガーがその声の方へ振り向いた。


そこには2匹の巨大な蛇を両腕に巻き付かせ、こちらへと駆けるコーディスの姿があった。


「《エンハンス・フィジカル》」


そんな『魔法名』がコーディスから唱えられる。


すると―――


―――シュウゥゥゥ……!


コーディスの両腕の蛇からそれぞれの体色の光の粒が零れ出した。


そして―――


「《サーペント・ストーム》」


――ヒュボボボボボボボボボボッッッッ!!


「う、おおおおおお!!!???」


その場の生徒と調査隊員達の周囲が、緑と赤の奔流に包まれた。

まるで台風の目の中にでもいるかのようだ。

この奔流の外が一体どうなっているのか、中の者達には知る由もない。


ただ………


「「「ギィイィヤァアアア!!!!」」」

「「「ウォギィィアアア!!!」」」

「「「ゴァアアアアア!!!」」」


魔物達の断末魔の声だけは、聞こえてくるのであった……


そして、そんな断末魔が途絶えたのとほぼ同時に、その奔流が止み……

開けた視界に見えたものは………


「皆、無事かい?」


もはやどんな種類だったかも判別が出来なくなるほどに引き裂かれ、ぶちまけられた魔物達の死骸の中、いつもと変わらぬ平坦な声をかけてくるコーディスの姿であった………


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


ミルキィとヴィガーは恐る恐るといった感じでコーディスに話しかけた。


「せ、先生……その蛇って……

 魔物かなんかなのか……?」

「失礼な。

 少し大きいだけの普通の蛇だよ」


コーディスの腕に巻き付いた蛇はちろちろと舌を出し、生徒達に愛嬌を振りまいている。

いやしかし、ただの蛇にあんな真似が……


「さっきのは私の身体強化魔法でこの子達を強化しただけだよ」

「身体強化魔法……それで……」


ミルキィはひとまずは納得した。


「けど、あんなことが出来る程の強化ってことは……

 まさか、高等魔法……?」


ヴィガーが戦慄と共にそう呟くと……


「いや、《エンハンス・フィジカル》は初等魔法だよ。

 魔力消費量も100だ」

「「はぁっ!?」」


2人はコーディスの言葉に揃って声を上げた。


「私はね、心の底から信頼を置いた存在に限り、魔法の効力を数百倍に引き上げることが出来るんだ。

 それにより本来はほんの数十グラム程の筋力の強化しか出来ないような魔法でも高等魔法並の力を発揮する。

 魔力消費量は据え置きでね」


コーディスは開いた口が塞がらない様子の2人に構わず、いつもの調子で話し続ける。


「それが私のエクシードスキル【ドラスティック・トラスト】さ。

 まぁ、今の所サニーちゃん達以外に効果はないのだけどね」

「「……………………………」」


心の底から信頼を置く存在が蛇………

何か色々と言いたいこともあるが、今はそんな場合ではないことに気付く。


「それで、コーディス先生!

 他の奴らは……!」

「大丈夫だ、私以外にも戦闘に長けた各講師が向かっている。

 アリエス先生を始めとした回復魔法の使い手も来ているから負傷者は―――」


「っ!!

 コーディス……先生っ……!!」


突然聞こえた叫びにコーディス達は会話を止め、その声の方へと振り返った。

そこにいたのは―――


「あ、アンタは……!?」

「プランティ……!?」


そう、常にスリーチェの近くに控えていた彼女のお付き、プランティであった。

彼女は血を吐きながら、今にも気を失いそうな様子でそこにいた。


「お、お前……なんだよ……『それ』……!?」


ミルキィとヴィガーはこの場に現れたプランティの姿を、信じられない物を見るような目で見ていた。


「『これ』は……気にしないでください……!

 それより、コーディス先生……今すぐ伝えなければいけないことが……!」

「………なんだい?」


コーディスは彼女の目から、何かとてつもない意志が込められていることを感じた。


「今回の……この事態を引き起こした、首謀者を……見つけました……!」

「―――!!」


その場に、緊張が走った―――


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