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第16話 スリーチェと感知した人物


《 エクスエデン・校舎前広場 》


「おい……あれ……」

「なんだ………煙………?

 すげぇ数だぞ……?」


「あ……あれは……!?」


1週間前のフィル達と同じく、広場で模擬戦が行われている最中のことであった。

西側遠方の空に、派手な色の煙が立ち上った。


アリエスはその煙を見た瞬間、愕然とした声を出した。

あれは大陸西側へ向かう調査隊員に持たせた緊急事態を知らせる狼煙だ。


それが数十本……いや、100を余裕で超える本数はあったのだ。


どこかのチームで問題が発生した、などというレベルではない。

もはや、生徒達と調査隊員が赴いているエリア全体で何かが起きているとしか思えなかった。


「現在動ける講師を全員呼んでくれ。

 至急『扉』へ向かう」

「コーディスさん!?」


アリエスはすぐ近くに現れていたコーディスに驚いた声を上げた。

だが、その驚きはただいきなり現れたから、というだけでなく………


「あの、コーディスさん……

 その、いつもより、蛇が……」


そう、いつもは1匹の巨大な蛇に身体をぐるぐる巻きにされている彼だが、今回は更にもう1匹巻き付いていた。

そしてその2匹の緑色と赤色の蛇は胴体にではなく両腕に巻き付いてる。

このコーディスを遠目に見れば、まるで非常に歪で巨大な腕が生えているかのように見えることだろう。


「『ケルベロス・スタイル』……私が普段戦闘に出る時はこうしている」

「戦闘って……!

 コーディスさん……!」


煙が上がる大陸西側を睨みつける彼からは、普段のやる気の無さはまるで感じられなかった。


「スクトがいれば滅多なことは起きないだろうと踏んでいたのだが……

 どうやら私は見誤っていたようだ……

『悪意』は……既に我々のすぐ近くにまで迫っていた……!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「でああああああ!!!」


―――ゴッキィッ!!

「グギィッ!!」


2倍の大きさの《ミートハンマー》の一撃を受けた『ロック・リザード』が回転しながら吹っ飛び、動かなくなる。


「はぁ……はぁ……!

 これで、最後……!

 プランティさんの方は……!」


そう呟きながらチラリと横を見ると――


「はぁッッ!!」


―――ドゴォッ!

「ウォギィッ!!」


プランティさんに蹴り飛ばされた『ヘルハウンド』が地面へと叩きつけられていた。

どうやら、向こうもそれが最後の1体だったようだ。


「フィルさん!こちらは片付きました!

 そっちは!?」

「はい!こっちも―――うっ!」


僕は返事の途中でめまいに襲われ、頭を抑えた。


「フィルさん!?

 どうしたんですか!?」

「い、いえ!ちょっと疲れただけです……!

『スタミナポーション』を飲みますので、気にしないでください……!」


そう言いながら僕は制服の内ポケットから細い瓶を取り出し、中身を飲んだ。

体力に難のある僕は多めに持ってきていたのだった。


「そ、それよりスリーチェは……!?

 別の場所に避難したんでしょうか……!

 それとも――」

「森の中です」

「えっ……?」


プランティさんは、力強く断言した。


「お嬢様は今、この森の中……どんどん奥深くへと移動しています……!」


その森を睨みながら、プランティさんが焦燥感に駆られた声を出す。


何故そんなことが分かるのか……?

いや、今はそれを気にしている場合じゃない……!


「プランティさん!行きましょう!」

「はい……!

 お嬢様……!」


そうして、僕達は薄暗い森の中へと入っていった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「はっ……!はっ……!

 こっちです!プランティ!」

「お嬢様!落ち着いてください!

 無理をし過ぎです!」


スリーチェとプランティは森の中をある方向へ向かって走っていた。

特にスリーチェは華奢な身体が悲鳴を上げるのも構わずに全力で駆けている。

その表情はまさに『鬼気迫る』といった風であった……


「お嬢様!本当に間違いないのですか!?」

「ええ!間違いようがありません!

 この魔力は……アリーチェお姉さまです!

 お姉さまが……今も、1人で……!」


それは2人が森へ入って、すぐ後のことだった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「魔物は……追って来てはいないようです……!」

「撒いた……ということでしょうか……?」


スリーチェとプランティは森の中を息を殺しながら進んでいる。

魔物が追って来ている気配はないとはいえ、決して安心することは出来ない。

それにこの森の中にも魔物が潜んでいる可能性はある。

元々この森に『ロック・リザード』が隠れているということで連れてこられたのだから……


「スクトさん……何としても彼と合流しなければ……!

 彼の力が借りられれば間違いなくこの状況は好転します……!」

「プランティ!それならわたくしにお任せくださいな!」

「お嬢様……!」


スリーチェは胸にドンと手を当て、笑みを浮かべていた。


「何を驚くことがありますの!

 このような状況こそ、わたくしの探知魔法の使いどころではありませんか!」

「………申し訳ありません、お嬢様……

 私の力が足らぬばかりに、貴女にご負担を……」

「もう……また貴女はそうやって無意味に自分を責めて!

 こういう場合は素直に頼りにしてくれた方が相手は嬉しいんですのよ?

 遠慮なんてしないでくださいな!」

「はい……分かりました……!

 お嬢様……どうか、お願いします……!」


スリーチェはその言葉に満足そうに頷いた。

そして目を瞑り、呟く。


「《ディスカバー・アリー》」


その言葉と同時に、以前の時と同じように光の輪が広がった。

それはフィル達に見せた魔物探知の人間版。

周囲にいる人間の位置を感知し、探し出すことのできる魔法だった。


「……半径50メートル内には……おりませんわね……」


その時感知出来たのは、自分とその隣に居るプランティだけだった。

スリーチェは再び魔法を発動し、今度は更に探知範囲を広げた。


「100メートル……200メートル……

 いない………どうして………?

 森の奥まで進んでしまいましたの……?

 それともまさか、既にこの森からは出てしまった……!?」


2度、3度と範囲を広げて探知しても見つからないという事実にスリーチェは焦りの声を出す。


そして、それから更に範囲を広げ、数度の探知を行った時だった―――


「――!

 人がいましたわ!」

「っ!

 本当ですか!お嬢様!

 スクトさんですか!?」


スリーチェの上げた声にプランティが即座に反応した。


「お待ちなさい……今、照合してみます……!

 それにしても遠い……

 1キロ以上は離れていますわ……一体なぜ……」


そう呟きながら、スリーチェは頭の中で感知した人物の魔力照合を行った。

スリーチェの探知魔法は感知した人物が一定期間スリーチェと共に居た者ならば魔力からその人物を特定することが出来るのだった。


そして………その照合が終わった時―――


「―――――――――」


スリーチェは……目を見開き、絶句していた。


「お、お嬢様……?

 一体どうされ―――」


「お姉さま………………」


「え……?」


スリーチェは現在の状況も忘れ、声を荒げて叫んだ。


「この魔力は……アリーチェお姉さまです!!

 お姉さまが、たった1人で……その場から全く動かずにおりますわ!!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お嬢様!アリスリーチェ様の近くには誰もいないのですか!?

 ファーティラ達も!?」

「はっ……!はっ……!ええ………!

 誰も……おりませんわ……!

 お姉さま………お1人だけしかっ……!」


息も絶え絶えになりながら、それでも歩みは決して止めずにスリーチェは急いだ。

最愛の姉の元に……!


一体何故アリスリーチェが誰も傍に付けず、たった1人でいるのかは分からない。

もしかしたらファーティラ達が魔物の手にかかり、1人逃れるしかなかったのでは……などという最悪なケースをも想像してしまう。


だが少なくとも……彼女はまだ死んではいない。

自分の探知魔法は生きている者しか捉えない。

すなわち、今もアリーチェを感知し続けているということは、彼女はまだ生きているということでもある。


だからスリーチェは走る。

彼女の命が尽きる前に。

もう二度と、家族を失わないように……!


そんな必死な願いの元、走る続けた先には―――


「―――っ!!

 これはっ……!?」


とても巨大な、そびえ立つ断崖があり、そして―――


「洞窟……!?」


そう、垂直に切り立った土壁の一画に、ぽっかりと空いた洞窟の穴があった。


「お嬢様!アリスリーチェ様は……!?」

「…………この洞窟の奥、ですわ……!

 間違いありません……!」


スリーチェの感知しているアリスリーチェの魔力の反応は目の前の穴……その一直線上にあった。


「は、早く中に――!」

「お嬢様!落ち着いてください!

 このまま中に入るのは危険です!

 まずは魔物がいないかを探知してからです!

 貴女とアリスリーチェ様の身の安全の為にも!」

「―――っ!!」


スリーチェは今すぐにでもこの洞窟の中に駆け込みたい一心であったが、絶対の信頼を置くお付きからの提案は無下に出来ない。

スリーチェは即座に魔法の発動に取り掛かった。


「《ディスカバー・エネミー》!」


そして、その探知の結果は………


「魔物は……いません……!

 少なくとも、お姉さまの周りに反応はありませんわ……!」


その結果に、スリーチェは安堵の表情を浮かべた。


「そうですか……!

 もしかしたら、アリスリーチェ様はこの洞窟の中に一時的に避難しているのでは……?

 ファーティラ達が傍にいないのは、彼女たちが囮となって魔物を引き付けているとか……」

「確かに……ありえるかもしれませんわ……

 お姉さまが全く動けないのは、『マジック・ウィルチェアー』が何らかの理由で壊れてしまったから、ということかも……!」


移動手段を失ってしまったアリスリーチェを偶然見つけたこの場所に避難させ、ファーティラ達は魔物を遠ざけている……と、考えればこの状況にも辻褄が合うかもしれない……!


そんな事を考えている時だった―――


―――ガサガサ……!

「グルルルル……!」


「なっ!?」

「っ!!『ヘルハウンド』!!」


いつの間にか、背後には再び魔物が迫っていた……!


「お嬢様!ここは私が抑えます!!

 貴女は洞窟の中に入り、アリスリーチェ様の無事を確認してきてください!」

「プランティ!」


プランティは主の前へと立ち、『ヘルハウンド』に対して構えた。


「大丈夫です!

 お嬢様とアリスリーチェ様の元には絶対にこいつらは近づけさせません!

 どうか私を信じてください!!」

「っ……!

 わかりました!

 プランティ!どうか気をつけて!」

「はい!お嬢様も!!」


そう言葉を交わすと、スリーチェは洞窟の中へと一目散に駆け出した。

この場は、プランティに任せれば大丈夫。


何せ、自分が最も信頼する、最高のお付きなのだから……!


そんなことを考えながら……スリーチェは洞窟の奥へと姿を消した。


プランティはそれを確認すると………即座に構えを解いた。


そして、相対していた『ヘルハウンド』は、もう役目を終えたとばかりに、その場から姿を消したのだった……


プランティは「ふぅ……」と溜息をつくと、自分もまたその場から移動しようとし―――


「フィルさん!こっちです!」

「プランティさん!

 待って……は、速すぎ……!」


「!!」


その聞こえて来た二つの声に、歩みを止めた。


スリーチェはアリスリーチェの正確な位置を特定する為に、感知をその反応の場所だけに集中させていた。

故に、気付かなかったのだ。


自分たちを追っている、2人の人物に………


「もうすぐ近くです!

 この先に、お嬢様が―――!!」

「はぁ、はぁ……!

 プランティさん?

 どうしたんですか、急に立ち止ま―――!?」


そして、その2人の人物……フィルとプランティは声を失った。

だが、それも無理はないだろう。


目の前に見える洞窟……その前に立つ人物が………

隣にいる人物、そして自分自身と同じ顔をしているのだから……


「おやおや……一体どうやってここまで来たのやら……

 貴方達も探知魔法をお持ちだったのですか?」


その洞窟の前に立つ人物……もう一人のプランティは、本人と全く同じ声でそんな疑問を投げかけてきた。


フィルもプランティもその問いかけには一切応えない。

応える云々の前に、咄嗟の言葉が出てこないという方が正しいかもしれないが。


「まぁでも、少し予定が早まっただけですし。

 スリーチェに私のことがバレさえしなければ、それでいいでしょう」


「――っ!!

 貴様!!お嬢様を――!?」


スリーチェの名が出て来た瞬間、プランティが強く反応し、声を上げた。

しかし、その言葉は途中で途切れた。



目の前のもう一人のプランティの姿が―――一瞬のうちにローブを纏った謎の人物へと変わったからだ。



その人物が、呟く。


「では予定通り……貴方達も殺しましょうか」


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