第12話 キュルルとアリスリーチェと吐き出したい気持ちと………そして始まり
「それで、アナタが気にしているのはスリーチェのことだけではないのでしょう?
それならばフィルにまであのような態度を取る理由はありませんもの」
「う………」
キュルルは言葉に詰まった。
「もし、何か吐き出したい気持ちがあるのでしたら、聞いて差し上げてもよろしいですわよ?
もっとも、的確な助言が出来るかは保証しかねますが」
「ぐぬ……………………」
この巻貝女に頼ることなどムカつくことこの上ない。
しかし……それ以上に、キュルルは今の心の内をぶちまけたい気持ちでいっぱいだった。
しばらく黙りこくっていたキュルルは首から下げている木剣の剣身を両手で掴み……
そして話し出した。
「もしフィルと出会ってなかったら……
ボクは、どうなってたんだろうって……
ずっとそんなこと考えちゃってるんだ………」
「…………………………」
「スリーチェのお姉さんが、ボクと同じ魔物に殺されたって話を聞いてから……
ボク、少し怖くなっちゃった……
もしかしたら、ボクも誰かに……
ひょっとしたら、フィルにも同じことしてたかもしれないってことに……」
「…………………………」
「他の子達と同じ様に人間を襲って、誰かの家族を傷つけて、命を奪って……
それで、いつかは誰かに討伐されちゃって…………
そんな風になっちゃってたのかな、って………」
「そんなことはなかったと思いますわよ」
「えっ……?」
黙って話を聞いていたアリスリーチェが突然キュルルの言葉を否定しだした。
「それって、どういう――」
「だってフィルの魔力を得なかったアナタはただの弱小スライムだったのでしょう?
なら人間に被害を出す前に、さっさと討伐されてたに決まっておりますもの」
「……………………………………」
―――グニュニュニュニュ………
キュルルは無言で右腕を巨大なドラゴンの頭へと変形させていった……
「それにしても、全く無意味なことに悩んでおりますのね」
「え?」
目の前の巻貝女を丸呑みにしてやろうと右腕を振りかぶる直前に言われた言葉に思わずキュルルは急停止していた。
「だってそうでしょう?
もしも過去がこうだったら、などと考えたところでそれは結局は『もしも』の話……
いくらそこに思考を割いたところで時間の無駄でしかありませんわ」
「そ、それは………」
それはキュルルとて分かってはいる。
分かっていても、どうしても考えてしまって………
「重要なのはこれから何をするか……自分に何が出来るか、ですわ」
「自分に、何が………」
「わたくしはとっくにそうしておりますわ。
わたくしはこの勇者学園で究極至高の『勇者』となる。
今はまだ誰かの手を借りねばならない半端物ですが……
いずれは自分だけでも戦える力を手に入れて見せる。
その為の努力は惜しみませんわ」
「…………………………」
「それで、アナタは一体ここに来て何をするおつもりですの?
アナタには、一体何が出来ますの?」
「ボクに………出来ること………」
キュルルは木剣の剣身をじっと見つめた。
「よく………分かんないな………」
「…………………………………」
キュルルは、彼女らしくない弱弱しい笑みを浮かべていた。
「ここに来るまでは……フィルとの誓いを果たす為に、ただひたすらに強くなろうって思ってた。
でも、ここに来て……フィルが強くなるまで待つって決めて………
ここでフィルと一緒に居ようってことも決めて………
それだけだったから…………」
「……………………………………」
「ボクは………ここに居て、いいのかな………」
キュルルの声は………不安に揺れていた………
そして、アリスリーチェは「はぁ……」と溜息をついた。
「それこそ、全く持って無意味な質問ですわね」
「え……?」
「先程、アナタに礼こそ言いましたけれど………魔物が人間が暮らす場所で共に過ごすなど、到底考えられない事ですわ、というのがわたくしからの返事になりますわね」
「きゅ………る………」
アリスリーチェの容赦ない意見に、キュルルは思わず声を落としてしまう。
「ですが……」
「……?」
「同じことをフィルに聞いたら、あの方は何と答えるでしょうかね」
「フィル………?」
キュルルは再び木剣を見つめた。
「『勿論だよ!居ていいに決まってるじゃないか!』
そう言うに決まっておりますわ」
「…………………………………」
キュルルにはその言葉を言い放つ少年の姿がありありと目に浮かんだ。
「つまり……誰が何を言おうが、結局はアナタ次第なのですよ。
その質問の答えは……ご自身で見つけなさいな」
それっきり……アリスリーチェは何も言わなくなった。
そして、キュルルは………
「ボクは――――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて、そろそろ始めようか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
始まりは、あるチームの調査隊員からの報告であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「見たこともない魔物がいる?」
「はい、私の担当しているチームの子が、大きな鳥みたいな魔物を見つけたと……」
「鳥みたいな魔物って………まさか一昨日アリーチェさんを襲った……!?」
僕の頼みでアリーチェさんにキュルルの様子を見てきて欲しい……そして、出来ればアリーチェさんの心の内をキュルルにも聞かせてあげて欲しいとお願いし(アリーチェさんはものすご~~~く眉間に皺を寄せて悶え悩んだ末に、渋々承諾してくれた)、アリーチェさんがキュルルを追いかけていってから少し後。
スクトさんの元に他チームを担当している調査隊員さんが話しかけて来た。
その内容から、僕は思わずあの鳥の魔物『ディスパース・バード』のことが頭に浮かんでしまった。
「それはまだ分かりません。
私が確認しに行ってもいいのですが、万が一の場合に備えて出来ればスクトさんも来ていただければと思いました」
「なるほどね……分かった、僕も一緒に行くよ。
場所は?」
「あの丘の向こう側にある岩場の陰だそうです」
「分かった、案内してくれ。
それじゃあ、フィル君。
そういうことで、僕は行くよ」
「は、はい……お気をつけて……」
僕は若干の不安と共にスクトさんを見送った。
まぁでも……あの人が行くのなら何も心配はいらないか………
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ここか……」
「はい、あの岩の裏側に鳥のような魔物がいたとか……」
「分かった、じゃあ僕が確認するよ。
それにしても鳥の魔物か………
まぁ、一昨日みたいなことは流石に―――」
そんなことを呟きながら岩の裏側へと目を向けたスクトは…………
その目を見開いた。
「馬鹿な……アレは………!?」
「スクトさん?一体何が―――」
「『コッカトリス』………!
『レッドエリア』の魔物………だと!?」
「えっ……!!」
その言葉に調査隊員もまたその岩の裏側へ目を向けた。
「なあっ……!!
ほ、本当に……!?」
鶏の身体に竜の翼、蛇の尾……
そこにいたソレは、まさしく魔物の中でも最大の警戒対象と言われる『コッカトリス』に違いなかった。
「ど、どうしてあんな魔物がここに……!」
「分からない……
とにかくアイツは今すぐ僕が片づける……!
間違っても生徒達の元に近づける訳にはいかない……!」
「お、お1人で大丈夫なんですか!?
『コッカトリス』の討伐には最低でも3人の魔法師が必要と言われてるんじゃ……!」
「僕の防御魔法を駆使すれば1人でも対応可能だ。
ただ、念のため学園側に連絡してくれ。
場合によっては学園講師の応援が必要になるかもしれない」
「あの……それならば緊急事態用の狼煙を上げればよいのでは……?」
調査隊員には通常の活動終了の時間を知らせる狼煙と何か不測の事態が起きた時の緊急用の狼煙の2つが用意されている。
後者の狼煙はそのまま学園側にも異常を知らせることが出来る。
「この場合は上げない方がいいだろう……
討伐活動の最中に混乱や動揺が広がって事故が起こるのも怖いし、下手に興味を持った生徒が覗きに来たりでもしたら不味い。
コイツは秘密裏に処理する。
くれぐれも他の生徒に悟られないようにしてくれ」
「わ、分かりました……!
どうかお気をつけて!」
そうして、調査隊員がこの場から離れ『扉』へ向かうのを見届けると……
スクトは『コッカトリス』へと走り出すのだった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まさか『コッカトリス』なんて……!
一昨日の『ディスパース・バード』といい、一体ここで何が……!」
そんなことを呟きながら調査隊員は『扉』に向かって駆けていた。
勇者一行のメンバーであるスクト=オルモーストが対処するのであれば問題はないかと思うが、万が一にもあの魔物が生徒達の元へ向かえば大惨事になることは間違いない。
早急に学園側にこのことを話し、対策を練らなければ―――
「ひぃああああああ!!」
「きゃぁあああああああ!!!!」
「うわあああああああ!!!」
「っ!!なんだ!?」
突如、複数の生徒の悲鳴が近くの森の中から聞こえた。
『ロック・リザード』討伐で下手を打ったのか……?
『コッカトリス』の報告も大事だが、こちらを無視するわけにもいかない。
調査隊員はその森の方へと目をやり―――
「え……」
その森から逃げ出してきた生徒達……
その後ろから追いかけている魔物を見て、絶句した。
「たっ、助けてぇえええ!!」
「ウォオオオオオオン!!」
黒い体毛に包まれた体長1.5メートル程の犬型の魔物……それは……
「へ……『ヘルハウンド』!?
あれは『イエローエリア』の魔物のはず……!?」
驚倒と困惑の声を出すも、調査隊員はすぐにそんな場合じゃないことを自覚した。
『ヘルハウンド』は今にも生徒達に追いつこうとしていた。
「おい君達!こっちだ!!」
「ひっ!?は、はいぃいい!!!」
生徒達は調査隊員の呼びかけた声に反応し、こちらへと走ってくる。
しかし―――
―――間に合わない……!!
『ヘルハウンド』は既に生徒達……その最後尾を走っている女生徒のすぐ後ろにまで迫っていた。
そして―――
「ウゥウオオオオ!!」
その女生徒へ向かって『ヘルハウンド』が飛び掛かった!
「っ!!伏せろぉおおおお!!!」
「―――!!」
その呼びかけに反応できたのは、曲がりなりにも勇者学園の生徒だからか。
その女生徒は即座に地面へと伏せ―――
それとほぼ同時に―――
「《ファイア・ボール》!!!」
―――ボォオオオッッ!!!
「ギャゥアアアアアッ!!!」
調査隊員の掌から放たれた炎球が『ヘルハウンド』を吹き飛ばした。
そして、その場に静寂が訪れる……
「あ、あの……ありがとう―――」
「君!!早く立つんだ!!」
「えっ?」
焦燥にかられた言葉によって、生徒達のお礼の言葉は断ち切られた。
調査隊員の顔は未だ焦りに満ち満ちている。
まるで、まだ終わってないとでも言うように――
「『ヘルハウンド』は群れで行動する魔物だ!!
まだ来るぞ!!早くここから逃げるんだ!!」
「えっ……えっ!?」
その言葉通りに……
「「ウォォオオオオ!!!」」
「ひぃっ!!??」
森の中から更に数体の『ヘルハウンド』が姿を現したのだった。
女生徒の手を強引に掴み、半ば引きずるような形で調査隊員はその場から駆け出すと、他の生徒達も慌てて後に続いた。
「くそっ!こんな魔物一体どこから……!
これはもう四の五の言ってる場合じゃない!!
緊急用の狼煙を―――」
だが、その必要は無かった。
彼が空を見上げると―――
至る所で緊急事態を知らせる狼煙が上がり始めたのから―――