第11話 キュルルとアリスリーチェと幻聴
「フィルから聞きましたわ。
以前、わたくしからこの学園の生徒が残る理由は魔物に対しての怨恨が大半だと聞いた時……
アナタはこう言ったそうですわね。
誰かが自分を『魔物』と罵る声など関係ない。
自分は『魔物』などではなく魔王『キュルル=オニキス』だ、と……」
「…………………………」
「そんな勇ましい台詞が出てきたなんて、今のアナタからは想像もつきませんわね」
「…………………………」
キュルルは何も言わずにいた。
「見ず知らずの者から身に覚えのない恨み辛みをぶつけられるのは何とも思わなくとも、仲良くなった者が魔物に恨みを抱いているかもしれないと考えたら……ということですか」
「きゅ………………………」
その言葉を否定せず、キュルルは抱えた膝に自分の顔を埋もれさせる。
アリスリーチェは「ふぅ……」と溜息をついた。
「言っておきますが、スリーチェはアナタに対して何のわだかまりも持っておりませんわよ」
「えっ……」
キュルルは顔を上げ、アリスリーチェを見た。
「あの子のアナタへの態度を見ればそれは明らかではございませんの」
「でも……だって………スリーチェのお姉さんは……」
そんなキュルルの不安げに吐かれた言葉に、アリスリーチェは再び溜息をつく。
「あの子にとって……恨むべきは『魔物』ではございませんのよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 数分前 》
「昨日のサリーチェお姉様の話が原因……ですか……」
「ええ……多分………」
僕はアリーチェさんにキュルルの様子の原因を話した。
推測に過ぎないけど……これ以外に原因は思いつかない。
「でも確かに……スリーチェが余りにもキュルルと自然に接しているから疑問にも思いませんでしたけど……
スリーチェは魔物であるキュルルに対して何も思わないんでしょうか……」
「…………………………」
いくらサンドリーチェさんの命を奪った魔物とキュルルは無関係といえど、家族を失った者がそう簡単に割り切れるものなのか……
「あの子は……昔から誰かを恨むということを知らない子でしたの。
それ以上に、自分に対して矛先が向かう子でしたわ」
「え……?」
「あの子の性分、なのでしょうね……
サリーチェお姉様が亡くなった時も必要以上に自分のことを責めて……
そして今回のようなことが起きた……
スリーチェにとって……恨むべきはお姉様を殺した魔物以上にその場に居なかった自分なのです。
あの子は……見た目以上に危うい子なのでございますのよ」
確かに……考えてみれば、いくら『探知魔法』を使えると言っても自分が居たらサンドリーチェさんが死ぬことは無かったなんて、少し飛躍し過ぎてる気もするな……
「まぁ……そのような子だからこそ、あの子にとっては仲良くなる相手が『魔物』だろうが『スライム魔王』だろうが、関係ないのです。
自分と意志が通じ合い、楽しくお話が出来る者であれば、誰でも分け隔てなく仲良くなれてしまいますのよ。
美点といえば美点なのですけどね……」
「そう、ですか……」
スリーチェの『危うさ』に関しては気になる所だけど……
そのことについては素直に良かったと思えた。
あれ……でも……だとすると……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ですから、あの子に対してアナタが何も気負う必要などありませんのよ」
「そう……なんだ………」
キュルルは少しほっとしたような、先程までよりは柔らかくなった声を出した。
そして、ハッとしたような表情を浮かべ―――
「じゃ、じゃあさ………お前は………?」
「…………………………………」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「アリーチェさんは………キュルルに、思うところはないんですか……?」
「………………ありますわよ、当然」
アリーチェさんは少し表情をこわばらせ、遠くを見るような目つきになった。
「あのブラックネス・ドラゴンと共に現れた時……わたくしはあのスライムを警戒しておりましたわ。
その後の貴方と仲睦まじく接する様子を見ても、その警戒心が解けることはありませんでしたわ。
当然ですわね。あの得体のしれない魔物を……サリーチェお姉様のお命を奪った危険な生き物を、受け入れることなで出来るはずもない。
そんな魔物と何の疑問もなく接する貴方に対しても……正直、理解出来ない部分がありましたわ」
「…………………………………………」
こうもハッキリと、キュルルに対する悪感情を吐露されると、僕は何も言えなくなってしまう。
アリーチェさん……今まで僕達と接していた時も……ずっとこんな風に……?
「ですけど……ね………」
「――――?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………いい機会ですので、今のうちに言っておきますわ」
「?」
アリスリーチェはキュルルからあえて目を逸らすように正面に顔を向けたまま話を続けた。
「学園活動初日……わたくしは痴れ者に命を狙われ……フィルに救われましたわ」
それはキュルルもとっくに知っていることだ。
今更それが……?
「そう、わたくしを救ってくれたのはフィル……それは紛れもない事実……
ですが………」
アリスリーチェは少しの間、瞳を閉じた。
「フィルがわたくしを救うために目覚めた『力』は……アナタから授けられた、アナタの『力』と言ってもよいものだった」
「――!」
キュルルがバッ!とアリスリーチェの方を見た。
「これを認めるのは……本当に、ホント~~~に癪なのですけれど……
わたくしはアナタに救われた、ということでもあるのですよ」
そしてアリスリーチェもまた、目を開きキュルルの方へと向き直る。
「オニキスさん。
誠に、ありがとうございました」
アリスリーチェは、おそらくこの瞬間を誰にも見られたくなくて、2人だけになったのだろう。
「きゅ、きゅる……!?」
キュルルは、目の前の人物から何を言われたのか一瞬分からなかった。
いや、一瞬を過ぎてもまだ、本当にそんな言葉が目の前の人物から出て来たのか確信が持てなかった。
ともすれば、単なる気のせいか、幻聴にでも思えて―――
「まぁ、貴女の『力』が無かったとしても、フィルはわたくしを救ってくださったと思いますけれどね。
元々膨大な『魔力値』をお持ちだったのですし。
魔法の才能は無いという話でしたが、きっとわたくしを救いたいという力強い意志がフィルの眠れる才能を目覚めさせ、華麗にあの痴れ者を撃退していたことでしょう。
別に結果が変わらないのであれば無駄にお礼を言わなければいけない相手が増えただけでわたくしからしてみれば損でしか―――」
「やっぱ今のは幻聴だったみたいだよ!!!!」