第5話 アリーチェとスリーチェとサリーチェ
《エクスエデン校舎・食堂》
僕達は話す場所を食堂へと移した。
あのまま廊下で話していると誰かが通りがかりそうだったし、見ず知らずの人間に聞かれたい話でもなさそうだったからだ。
今は食堂がかなり賑わっている時間帯ではあるが、この賑わいが却って僕達の話を目立たなくしてくれる。
木を隠すには何とやらだ。
そして周りとは僕達の声が聞こえるか聞こえないかぐらいの、不自然にならない程度の距離の空間を確保して僕達はアリーチェさん達の話の続きを聞いた。
アリーチェさんとスリーチェの……
亡くなったお姉さんの話を……
「サリーチェお姉様はガーデン家始まって以来の才女と称されたお方でした。
卓越した魔法技術に加え並の兵士を凌駕する戦闘技能を持ち合わせ、14歳という若さで『中級魔法師』の資格をお持ちになり、その5年後には『上級魔法師』にまでなられておりましたの。
キャリーさんが12歳で資格を取られるまでは最年少『中級魔法師』の名はサリーチェお姉様が冠されておりましたわ。
もっとも、最年少『上級魔法師』の名は未だ破られておりませんが。
そして『ヴァール大戦』においても勇者一行が現れるまで劣勢の人類を支えた影の功労者でありますの」
「そ、そこまで……」
一体どれ程の能力を持つ人だったのだろうか……
「わたくしに20000以上の『魔力値』が存在し、身体能力もカキョウやファーティラ並、といったら分かりやすいでしょうか?」
「…………………………」
その例えはむしろ僕がアリーチェさんの凄さを知っているがゆえに想像がより困難となってしまうのだった……
「『ヴァール大戦』はサリーチェお姉様が12歳の時に起きましたわ。
その頃はわたくしは1歳、スリーチェは生まれてもいなかったですわね。
スリーチェが生まれたのはそれから1年後、それとわたくし達にはもう1人姉がおり、そちらは7歳でしたわ」
ということは現在アリーチェさんは16歳でスリーチェは14歳か。
こんな時に何だけど、アリーチェさん年上だったんだなぁ……なんて思ってしまった。
それにお姉さんがもう1人……まぁそれについては今は置いておいて、長女のサンドリーチェさんの話を聞こう。
「サリーチェお姉様が『中級魔法師』となられた頃にはヴァールの人類生存圏は既に当初の半分近くまで失われており、わたくし達の住む地域のすぐ近くまで迫ってきておりました。
お姉様はすぐに大戦へと参加し、獅子奮迅の働きを見せましたわ。
無論、人類の逆境を覆す程の力とまでは及びませんでしたが、お姉様の働きによって沢山の命が拾われてきたのは間違いありませんわ」
アリーチェさんの発する声からは、とても強い意志を感じた。
「徐々に人類が追い詰められ、わたくし達ガーデン家も故郷を追われ、大陸の東へと逃げ延びることとなり……
悲観的な空気が日に日に色濃くなる中で、それでもサリーチェお姉様は決して希望を捨てることなく、生き残った方々と戦い続け……
そして、初代勇者アルミナが現れ、人類に反撃の時が訪れました。
お姉様がいなければ、勇者一行がこの大陸に来られるより前に人類は敗北を喫していたと、わたくしはそう思っております」
その言葉は決して身内贔屓の称賛ではないのだろう。
僕の村が魔物に襲われた時に勇者様が間に合ったのも、もしかしたらサンドリーチェさんのお陰だったのかもしれない。
「わたくし達はサリーチェお姉様とは殆どお会いしておりませんでした。
わたくしもスリーチェも物心がつく前に大戦へと赴いてしまいましたし、お姉様はガーデン家にも戻らず日々戦い続けておりました。
わたくし達がサリーチェお姉様と再び出会えたのは大戦終了の直前でしたわ」
アリーチェさんがどこか遠い目をして、過去へと思いを馳せているようだった。
「サリーチェお姉様は……片腕と片目を失われておりました。
身体中に酷い傷や火傷の痕を負い、髪は乱れ、泥水の中を転げまわったかのようなお姿でした」
「…………………………」
「それでも……お姉様は……わたくし達家族を見て……
とても眩しい笑顔を浮かべておりました……
わたくしは、そんなお姉様のお姿を……とても美しいと思いましたわ」
その時のアリーチェさんの顔は、とても穏やかな表情をしていた。
「サリーチェお姉さま……」
今まで何も言葉を発していなかったスリーチェがぽつりと零した。
「戦いが終わったら、家族全員でまた一緒に暮らそう……
そう言って、お姉様は再び戦場へ行かれました。
ですが………」
アリーチェさんの表情に影が差した。
「それが実現することはありませんでしたわ……
初代勇者アルミナが魔王討伐果たしたその日……
サリーチェお姉様は……命を落とされてしまわれました……」
「っ………!」
スリーチェが両ひざに置いた手をギュウ!と握りしめた。
「勇者と魔王の最後の決戦時、大陸各地で魔物の軍勢による最後の抵抗が起きておりましたわ。
サリーチェお姉様はここに遷都が行われる前の『旧』王都の防衛に当たっておりましたの。
そして……そこで魔物の手にかかり……」
アリーチェさんはそこで話を終えると、ゆっくり紅茶へと口を付けた。
「これが……我がガーデン家永遠の誇り、サンドリーチェ=コスモス=ガーデンですわ」
「とても……立派な方だったんですね……」
僕のそんな安易な言葉では言い表せない程、とても素晴らしい人だったということが彼女の語られた話から感じ取れた。
「それで、アリーチェさん。
そのサンドリーチェさんのお話と、今回スリーチェがここまで大陸西側の魔物討伐活動に同行したがっていたことと、どういう関係が……?」
「…………………………」
スリーチェは両手を握りしめたまま、押し黙っていた。
「スリーチェ、貴女はきっとこう思っていたのでしょう。
自分がその場に居ればサリーチェお姉様が死ぬことはなかった……と」
「っ!!!」
「え……?」
それって……どういう……?
「わたくし達は『旧』王都の方々からサリーチェお姉様がどのようにお亡くなりになったのかを聞きましたわ。
お姉様は……魔物からの不意打ちで致命傷を負ってしまった、と……」
「不意打ち……?」
「ええ……膨大な死骸の陰に潜んでいた魔物の、死角からの強襲……とのことでしたわ……
普段のお姉様でしたらその程度、容易に対処出来ていたはずでしょう。
しかし、お姉さまは『旧』王都でひたすらに戦い続け、人々を守り続けておりました。
そして長く続く戦闘が終わり、緊張の糸が切れた一瞬……
その隙をつかれる形でお姉様は魔物の一撃をその身に受けてしまわれたのです……」
それは……なんという、無念極まりない最期だろうか……
「でも、それでスリーチェが居たら死ぬことが無かった、っていうのは……?」
「スリーチェの得意魔法ですわ」
「…………………………」
「得意魔法?」
「ええ、スリーチェが得意とする魔法は、『探知魔法』ですの」
『探知魔法』……それって……!
「その名の通り、周囲の人や魔物の存在を探知、感知することが出来る魔法ですわ。
もしスリーチェがサリーチェお姉様の最期の場に居合わせたら、その魔法で死角にいた魔物の存在に気付くことができた……
そういうことでありましょう?」
「…………………………」
スリーチェは何も言わない。
ただ黙って俯き……その瞳の端に、涙の粒を浮かべていた……
「そして、昨日の夜にお話しした『ディスパース・バード』の強襲……
それで貴女はサリーチェお姉様のことを想起してしまったのでしょう?
だから貴女は今朝あんなことを言いだした。
もうあの時のような後悔をしたくはないから」
「っ………………」
スリーチェは何も言わない……
でも、その時の彼女の悔恨の表情が、全てを語っていた……
早く『勇者』になりたいから、などという自分本位の願いとはまるで逆……
スリーチェは……ただひたすらに自分の家族を……守りたかったのだ……