第15話 僕達と、勇者一行と、そして誰かと
「皆、お疲れ様」
『扉』を潜り勇者学園の森林地帯へと戻ってきた僕達をコーディス先生が労いの言葉と共に迎えてくれた。
コーディス先生を始めとした他の先生達は『扉』で僕達を見送った後、新しい入学者組の方へと回っていたらしい。
そういやスリーチェやプランティさんの模擬戦はどうなったんだろう……
「初めての魔物討伐……皆それぞれ思うところはあるだろう。
だが、今日の経験は確実に君達に力を与えてくれる。
討伐が上手く行った者、思うように行かなかった者、全てに等しくね。
まだまだこの活動は始まったばかりだ。
あまり気負わず、それでいて将来の『勇者』としてどうか精進して欲しい」
その場の全員が静かにコーディス先生の言葉に聞き入っていた。
将来の『勇者』として……
僕は拳をグッと握りしめた。
「今日の所はしっかり休養を取ってまた明日に備えてくれ。
それでは、解散」
「活動中に怪我を負った方や体調の優れない方はこちらに来てください!
詳細な検査をご希望の方は医務室に―――」
コーディス先生の解散の宣言と共にアリエス先生が治療の呼びかけを行い、複数の生徒が移動を開始し、周りから雑談が聞こえ始める。
そんな弛緩した空気を感じて、僕も肩の力を一気に抜き「ふぅーー……」と大きな溜め息をつくのだった。
「きゅるー!お腹空いたー!
フィル、ご飯食べに行こーー!!」
キュルルが全く疲れを感じさせない様子で僕を食事に誘う。
ホント元気だなこの子は……
「フィル、わたくしはスリーチェの様子を見てまいりますわ」
「あ、それなら僕も一緒に行きますよ。
僕もスリーチェやプランティさんのこと気になってましたし」
「ならボクも行くー!
ボクもスリーチェのこと気になるー!」
「アナタは真っ先に食欲を優先させたでしょうに……」
「あんだとキュらぁ!」
と、いつものやり取りを聞きながら僕達は模擬戦に使用されている広場まで移動を開始したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「スリーチェの模擬戦はどうなったんだろうね!
相手をボッコボコにしてやったのかな!」
「うーん、それはどうだろう……」
僕達と同じ形式なら今日は魔法無しの肉体を使った模擬戦となっているはずだ。
正直あの子に格闘戦のイメージは……
「あの子はああ見えて中々反射神経はいい方でしてよ」
と、僕の考えていたことは筒抜けだったようでアリーチェさんから声が上がった。
「もちろん格闘経験者と真正面から戦って勝てるかというと厳しいでしょうが、戦い方を考えれば決して一方的な展開にはならないはずですわ」
アリーチェさんの言葉に僕は「へぇ…!」と感嘆の声をあげた。
そういやアリーチェさんもマジックハーブが必要だったとは言え、かなり動けてたっけ。
そんなことを話しているうちに僕達は目的の場所まで辿り着いた。
スリーチェ達は……
「あっ!お姉さま!」
と、探してるうちに向こうの方から声が掛かった。
僕達が振り向くとスリーチェがこっちに向かって走ってきていた。
「スリーチェ、怪我はありませんか?」
「はい!わたくしはこの通り!
息災そのものでございますわ!」
そう言いながらスリーチェが「ふんす!」と胸を張った。
どうやら大事は無さそうだ。
「ね!ね!模擬戦はどうだったの!
相手をボッコボコのギッタギタにしてやったの!?」
「ええ!それはもう!
並み居る敵をちぎっては投げちぎっては投げ!
ボッコボコのギッタギタのメッタメタのケッチョンケチョンに―――」
「お嬢様は相手の攻撃を避けて避けて逃げて逃げて相手の戦意が削がれた所をすかさず攻める戦法で対戦相手からはとにかくヘイトを買い続けておりました」
「…………………………」
「あ、プランティさん」
プランティさんのインターセプトによってスリーチェは固まってしまった。
「本人の陽キャ気質とはまるで正反対の陰湿な戦い方は私としても中々親近感を―――」
「プランティ!人の話に割り込まないでくださいな!
そういうことばかりしてるといつか友達失くしますわよ!」
「うごぉッ!」
スリーチェの言葉のボディブローでプランティさんが地面へと力なく沈む。
「し、シンプルにして強力な一撃……
当たり前のように私に友達がいるという前提の口振りが何よりも心を抉る……」
お腹を押さえ、口の端から泡を吹きながらプランティさんはブツブツと呟いていた。
この光景にもいずれ慣れる時が来るのだろうか……
「あ、あの……それでプランティさんの方はどうでしたか……?」
この質問はプランティさんの気分を紛らわせて上げる意味合いもあったが、僕自身純粋に気になることでもあった。
アリーチェさんのお付き3人の実力は既に知るところだが、その3人を以てしてトップクラスの実力だというプランティさんが一体どこまでの結果を出せているのか……
「私は……その……
今回の模擬戦は棄権させて頂きました……」
「え?」
棄権……?
「まぁ、あの形式では仕方ありませんわね」
アリーチェさんはその答えが予想済みだったのか、何の疑問も持っていない。
一体……?
「まぁ、その理由はいつか本人の口から聞かれた方がよいでしょうね」
「………申し訳ありません………まだ、その………ちょっと………」
「――?
いえ、気にしないでください、プランティさん。」
まぁ、何かしらの理由はあるのだろう。
本人が話したくないなら無理に聞き出すものでもないか。
「それで、お姉さま達の方はどうでしたの!?
大陸西側へ魔物討伐に出かけたというお話でしたよね!?
一体どのような戦いが!?」
「きゅるー!こっちも凄かったよー!
特にフィルが物凄く凄かったんだよーー!!」
「ええ!それはどのように凄かったのですか!?」
と、キュルルとスリーチェが興奮気味にきゃいきゃいと盛り上がり、僕はそんな光景をどこか穏やかな気持ちで見守っていた。
空を見上げると、そこには奇麗な夕暮れが広がっている。
こうして―――
勇者学園における初めての魔物討伐活動は終わりを迎えたのだった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 - エクスエデン校舎・第二天 協議室- 》
「君もお疲れ様だったね、スクト」
「いえ、コーディスさん!
僕達の期待以上に彼らは働いてくれてましたよ!
まさかあんな金の卵達に出会えるなんて思っても見ませんでした!」
日の沈みかけた協議室の中。
相も変わらず巨大蛇にぐるぐる巻きのコーディスと笑顔で本日の活動の成果を語るスクトの姿があった。
「そうかい、アルミナに無茶をしてもらっただけの甲斐はあったということだね」
「いえ、それとこれとは話は別ですからね。
馬車で二週間の距離を1日以内で移動するのに僕がどんな目にあったか聞かせてあげましょうか。
時速数百キロで運ばれた感想を聞かせてあげましょうか」
スクトは笑顔のまま声のトーンだけを落としていた。
「それで……」
と、その言葉と共にコーディスが真剣な面持ちでスクトを見据えた。
「何か気になることはなかったかい?」
「……『ロック・リザード』の群れ、それに『ディスパース・バード』にまで遭遇しました」
「ふむ……それは奇妙だね」
「ええ……
本来『ロック・リザード』が群れで行動し始めるのは繁殖期が近くなってからです。
それは半年以上も先のことのはず……
そして、『ディスパース・バード』……
本来は大陸西側の更に奥地、『イエローエリア』に生息しているはずの魔物です」
不安や混乱を生じさせないようにあえてフィル達には言わずにいたことであった。
「やはり……大陸西側で何かが起こっている、か」
「ええ……おそらくは『ロック・リザード』の爆発的な繁殖が確認された時から、既に……」
それは大陸各地で魔物の活性化による被害が出始めた時期でもあった。
「急いては事を仕損じる……とは言うが……
のんびりもしていられない、ということかな」
「あの子達にも、もっと成長してもらう必要がある……と?」
「もとより、その為の勇者学園だからね」
「……………コーディスさんは、本当に彼らの中から新たな『勇者』が現れると信じているんですか?」
「信じる信じないではないよ。
やらねばならないんだ」
「……………分かりました。
僕も貴方を……貴方達を信じます」
その会話を最後に―――
2人は沈みゆく夕日を見つめながら、ただ押し黙るのであった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 ??? 》
―――ズゥン……!ズゥン……!
「よし、調整完了。
今度こそ成功させないとな」