第9話 僕と大陸西側・魔物生存圏
「ここが………!」
『扉』を抜けた僕達生徒を出迎えたのは……とても広大な平原だった。
大地には青々とした草木が茂っており、穏やかな風が吹いている。
一見するととてものどかな雰囲気で、魔物の生存圏という字面から想像するような恐ろしい場所とは思えなかった。
しかし―――
―――のし……のし………
「あ………あれって………」
その風景の中に見慣れない生物の姿が見えた。
それは巨大なトカゲのような生き物。
全長は3メートル程で、全高は1メートル近くはあった。
全身を灰色の岩のような鱗に覆われており、額からはとても鋭利そうな角が突き出ている。
どう見ても通常の野生動物とは違う異様。
間違いなく魔物だった。
ソレはごく自然に平原の中を歩き回り、地面の草を食んでいた……
「あれは『ロック・リザード』
大陸西側全般に生息していて、今の時期は比較的穏やかな気性の魔物だよ。
繁殖期になると凶暴性が増すから気をつけないといけないんだけどね」
当たり前のよう大地を闊歩している魔物の存在に思わず尻込みしてしまった僕達に向けてそんな声が掛けられてきた。
その声の方へと振り返ると、そこにいるのは灰色の髪の青年……スクトさんだ。
王国直属の護衛隊隊長であり、そして何より……
コーディス先生と同じ、あの勇者一行のメンバーの1人……!
精悍な顔つきで鋼鉄製の手甲を両腕に付けた彼は威風堂々といった雰囲気で僕達の前へ立つ。
「さて、それじゃあ早速学園活動を始めようか。
今回皆にやってもらうことはあの魔物の討伐だ。
今この平原にはあの『ロック・リザード』が約10000体程確認されている。
これらを全て討伐して貰いたい」
い、10000体……!?
そんなに……!?
「元々『ロック・リザード』は魔物の中でも随一の繁殖力ではあったんだけど、近年になってそれが更に増してきているんだ。
そして『両断壁』を越え人類生存域にまで出没して大陸各地で被害も出始めている。
どうか皆の力でそれを食い止めて欲しい」
魔物の被害を食い止める……
それはまさしく『勇者』の役割……!
幼い頃、僕が勇者様に救われたように……!
僕は今まで感じていた不安な感情を追い出し、両手を握りしめた!
「さて……いきなりアレと戦え、と言われても戸惑うだろうし、まずは僕がお手本を見せよう」
そう言うとスクトさんは僕達の前方にいる1体の『ロック・リザード』へ向かって歩き出した。
10メートル程まで近づくと『ロック・リザード』もスクトさんの存在に気付き、その身体をスクトさんの方へと向ける。
そして、まるで狙いを定めるかのように額の角を正面へと持ってきた……!
「『ロック・リザード』の攻撃方法は頭に生やした角による突進だ。
まともに喰らってしまえば鉄製の鎧すら貫通する威力があるが、対処するのはそう難しいことじゃない」
そんな説明と同時に……『ロック・リザード』が角を正面に向けたままどたどたとスクトさんへ向かって走り出す!
「その岩の鱗は見た目に違わぬ硬度を持つが、その分身体の動きが阻害されてしまってスピードは見ての通り鈍い。
急な方向転換も出来ないから―――よっ!」
スクトさんはその場から左側へ向かって側転した。
「こうして避けて―――!」
そしてすぐさま右腕を振りかぶり―――
「はああああ!!!」
―――ゴキィィィィィ!!!
すぐ側を通り過ぎようとした『ロック・リザード』の側面を思い切り打ち抜いた!
その衝撃で岩の鱗が身体から剥離し、辺り一面にばらまかれる……!
数メートルほど吹っ飛んだ『ロック・リザード』は少しの間ピクピクと痙攣した後……そのまま動かなくなった……
「と、これが一番無難な倒し方かな。
岩の鱗をぶち抜ける破壊力があるならそのまま攻撃して倒せばいいんだけど……
まぁ多分君達が一撃で仕留めるのは相当厳しいだろうし、無理そうなら避けた後に側面から数人がかりでひっくり返してから仕留めるんだ。
コイツ、腹は全然固くないからね」
鮮やかなお手並みで魔物を討伐して見せたスクトさんの姿に僕達は「はぁ……!」と感嘆の溜息をついた。
その次の瞬間―――!
「スクトさん!後ろぉ!」
誰かが発した声に僕達はハッ!となった!
もう一体の『ロック・リザード』が僕達の方を向いたスクトさんのすぐ後ろまで迫っていた!
近くにもう一体いたのか!?
さっきの『ロック・リザード』に気を取られて気が付かなかったんだ!
スクトさんがその声に反応して背後を振りむこうとした時には既に『ロック・リザード』の角がスクトさんのすぐ間近に―――!!
―――バキィィィン!!!
…………スクトさんが振り向きながら放ったノーモーションの左手の裏拳で『ロック・リザード』の角が叩き割られた………
そして―――
ゴッッッッ―――!!!
裏拳がそのまま『ロック・リザード』の顔面へ叩きつけられ……
『ロック・リザード』は地面へ力なく倒れこんだ……
「慣れればこんな風に避けずに倒せるようにもなるけど……
まぁ、皆はさっきの指南通りに動いた方がいいだろう。
この倒し方は一撃で仕留められること前提だしね。
くれぐれも油断はしないように」
両手から魔物の血を滴らせ、そんなことを話すスクトさんに僕達はただ黙って頷くしかないのであった……