第8話 僕と『扉』
「これ、は…………!」
「うわぁーーーー!!
でっかーーーーーい!!!」
『それ』を見た僕は言葉をなくし、隣にいるキュルルは目を輝かせて見入っていた。
ここはかつて僕も訪れたことがある校舎南側に存在する森林地帯。
つい1週間前に起きたあの事件の痕跡は未だ生々しく残っており、両断された木や薙ぎ倒された木に事情を知らない他の生徒が「なんだなんだ?」と疑問を浮かべるのを尻目に、更に奥へ奥へと進んでいくと――『それ』は現れた。
まず目に入ったのは、巨大な壁だった。
それはかつてこの王都に入る時に見た長大な壁を彷彿とさせた。
上に見上げても、左右にを見渡しても全く果てが見えない……あの時と全く同じ光景だった。
そして、僕らが現在目を奪われているものが、『扉』だ。
あまりにも飾りっ気のない、ただただ重厚さだけを感じる『それ』は、数十メートルは確実にあった。
というより本当にこれは『扉』なのか、というところからまず疑問を持ってしまう。
『扉』というものは普通それを開け閉めして中に入ったり、外に出たりするためにあるものだ。
しかし、目の前のこれは『開ける』ことがそもそも禁じられているかのような印象を受けた。
そう、これは『封印』だ。
この『扉』の先に決して入ってはいけない、という……
この『扉』の先にあるモノを決して入れてはいけない、という……
「さて、ここにいる全員が既に察していることかと思うが……
この先が大陸西部……魔物の生存圏だ」
「………っ!」
生徒のほぼ全員が、息をのむ音が聞こえた気がした。
僕も噂や人伝でしか聞いたことのない、魔物が当たり前のように闊歩する『魔物の国』……
超大陸『ヴァール』西側地域、別名―――
「『アナザー・ワールド』
我々のいる場所とは完全に『別世界』という意味だ」
コーディス先生の声が、嫌に重く響いた。
「この『両断壁』はその名の通り大陸を縦に両断する形で設置されており、その向こう側は国から特別な許可を得た者しか入ることは許されていない。
それでも、貴重なマジックアイテムの素材となる魔物の肉体やそこでしか生えていない植物の採取、それに純粋な好奇心などから様々な方法でこの壁を越えようとする者がどうしても一定数現れる。
無事で帰っては来れた者は誰一人としていない、と常日頃から勧告しているのだけどね」
「………………………………」
僕を含めた学園生徒達はただ黙って話を聞いていた……
「さて……改めて本日の活動内容について説明しよう。
君達はこれから大陸西側へと赴き、魔物の討伐活動を行ってもらう。
言うまでもなく、危険が付きまとうものになる」
「………っ!」
コーディス先生は普段と何も変わらない様子で、淡々と話を進めていく。
そんな彼の姿が、今この場では嫌に恐ろしく見えてしまった。
「この学園設立のお触れに書かれていた一文。
皆も目を通してはいるだろうが、改めて言っておこう
『学園内の活動においては身体損傷、あるいは生命に危険が及ぶものあり』
これが本格的に現実味を帯びることになるだろう」
心臓の音が高鳴り、汗がじんわりと背中を濡らす。
僕達はつい先日まで一般的な模擬戦や訓練などしかしていなかったはずだ。
それが今日、もう命を賭した活動に身を投じることとなるなんて……
覚悟はしていたはずなのに、あまりに突然の展開に現実感が湧いてこないのだった……
「しかしだ」
「?」
その言葉と共に、コーディス先生から発せられる雰囲気がどことなく弛緩していくように感じた。
「何も知らない状態でいきなり大陸西部に放り出し、さあ魔物を討伐してこい、などと言われてもそれは無茶というものだ。
君達にはまず『グリーンエリア』に赴いてもらう」
「『グリーンエリア』?」
知らない単語が出て来た。
「大陸西側はその危険度によってエリア分けがされているんだ。
既に調査がある程度終わっていて比較的安全な『グリーンエリア』
まだ未調査の部分が残っているが、ある程度の安全は確保できている『イエローエリア』
調査が不十分、もしくは危険な魔物の存在が確認されている『レッドエリア』の3つにね。
これらは基本的に大陸奥地へ進めば進むほどに危険度が上がる。
今回君達に行ってもらうのは一番安全なエリアという訳だね。
勿論絶対の保証は出来ないが」
そうなのか……
僕は心の底でどこかホッとしていた。
危険が無くなったわけではないと分かってはいるのだけれど……
「そして今回の魔物討伐は君たち生徒だけではなく、大陸調査隊も同行する。
彼らの指示に従って行動すればまず命を失うようなことにはならないはずだ。
また、彼らから『ポーション』などの回復薬やマジックアイテムも支給して貰える。
よほど下手を打たない限り大事にはならないだろう」
そんなコーディス先生の言葉と共に、同じ作業着を着た大人達が前へと立った。
なんか見慣れない人達がいるなぁとは思っていたけど……まさか調査隊だったとは。
確かに、もう既に何度も大陸西側に訪れたことのある調査隊の人達にアドバイスをもらえるのならより安心だ。
僕は当初感じていた不安が晴れていく気分だった。
「まあこういう場合、誰か1人くらい成果をあげようと勇み足を踏んで独断行動を取り一騒動を引き起こす、なんてのがお約束だったりするが……
その際は自己責任でお願いするよ」
……やっぱ不安になってきた……
「最後に1人、特別な助っ人を紹介しておこう。
『彼』が付いていれば今回の活動はより安全となるだろう」
「彼?」
そのコーディス先生の言葉と共に、1人の男の人が僕達の前へと姿を現した。
灰色の髪が特徴的な、まだ成人したてという印象の彼は―――
「初めまして、勇者候補の皆さん!
スクト=オルモーストと言います!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「では………開門!」
―――ギギギギギギィィィ………
コーディス先生の掛け声と共に、数十人がかりでその分厚い扉が開けられる。
とてつもなく重く鈍い音が辺りに響き渡り……そしてその音に負けないほどの心臓の音が僕の耳を打つ。
僕達の、大陸西側での―――『アナザー・ワールド』での学園活動が、今始まる―――