第3話 僕と新たな入学者達
《 エクスエデン校舎前広場 》
―――ザワザワ……ザワザワ……
「おい、見ろよアレ!」
「うわあっ!あ、アレって……
女形の……スライム!?」
「あの噂、本当だったのかよ……!
この学園には魔物が入学しているって……!」
「じゃ、じゃああのブラックネス・ドラゴン襲来ってのも……まさか本当!?」
「な、なあ……もしかしてこの学園ヤバいんじゃ……」
「や、やっぱり私、入学止める!
だ、だって、あんなのがいるなんて……!
「お、俺も……!
魔物と一緒に学園生活なんて出来るかよぉ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うーん、やっぱりというか何と言うか……」
「もっきゅ、もっきゅる」
エクスエデン校舎前広場には2次募集を受けた新たな入学者達が集められていた。
以前アリーチェさんが言っていた通り、今回は前回のように広大な広場を埋め尽くすほどの人数とはならず、数千人規模といったところだ。
それでも十分多いとは思うけど……今、その数が更に減ることとなった。
この広場に現れた漆黒の魔物……キュルルの姿を見たことによって。
どうやらキュルルの存在は既に巷では噂になっていたようで、それを本気にしていなかった者がここに来て恐れをなしたらしい。
まぁ、無理もない部分はあるとはいえ……なんだかなぁ。
ちなみにキュルルは今巨大なおにぎりを頬張っている。
まだ食べかけていた食堂の朝食の残りを全部まとめて持ってきたのだった。
「皆もっとキュルルとお話したり、君のことを知ってもらえば怖がる必要なんてないのになぁ……」
「むぐ、ふぃふ!はいほうふ!
ぼふ、へんへんひにひへはいほ!」
「うん『フィル!大丈夫!ボク、全然気にしてないよ!』でいいんだよね?
まぁ、僕が勝手に気にしてることだから。
そしてちゃんと全部食べ切ってからお話ししようね」
それにしても………
「……………………………………………」
隣にいるアリーチェさんは無言のままだ。
僕達の会話に口を挟むこともなく、ただ目を瞑りながら時折ティーカップを口につけるだけであった。
普段のアリーチェさんなら僕のキュルルへの言及に一言噛みつくか、逃げ出す入学者達に「この程度でここを去る者達に『勇者』の称号など豚に真珠もいい所ですわね」とでも言っていただろうに……
この原因は……やっぱりあの手紙なのだろうか。
あの後、手紙を読み終えたアリーチェさんはすぐさま食堂から出て行ってしまった。
僕はアリーチェさんの様子が気になり彼女を追いかけ、その僕をキュルルが追いかけ、今に至るという訳だ。
アリーチェさんはこの広場にやってきてから特に何をするでもなかった。
入学者達のことなど目に入らないかのようにただ黙って紅茶を飲み続けている。
ただ、そんなアリーチェさんのお付きであるファーティラさん達は周囲に目を光らせている。
やはり彼女はこの場に探しに来たのだろう。
例の……この学園に来るという、アリーチェさんの妹を……
「あの、アリーチェさん?
貴女の妹がここに入学するっていう話……
アリーチェさんは……あまり歓迎していない感じでしょうか……?
その……貴女の妹さんに、何か思うところが……?」
「…………………………………………」
家庭の事情とかもあるだろうし、あまりこちらから深堀りするのもどうかと思ったけど……
僕は気になっていることを素直に聞くことにした。
彼女の態度からは、何か今回のことが好ましくないという空気を感じる。
アリーチェさんはしばらく黙ったままだったけど……
その内コトリ、とティーカップをテーブルに置き、話を始めてくれた。
「スリーチェに……というよりかは、スリーチェがここに来ることを許可したお父様に、といった所でしょうかね」
「え?」
アリーチェさんは周囲を警戒するような視線を巡らせた後、再び声を発した。
「わたくし……『あの事件』に関することをお父様に全て報告しましたの」
「『あの事件』……って、もしかして……!?」
アリーチェさんはコクリ、と頷いた。
学園活動初日に起きた、あのアリーチェさん暗殺未遂のこと……なのだろう。
「正直、強制的に実家に呼び戻されることも覚悟していたのですが……
とりあえずはこのまま学園に留まることを許されておりますわ。
そのうえで身の回りにはより一層注意をするように、ということもお父様からのお返事には書かれておりました。
また、本来1日に1度でよかったはずの報告の手紙が一日に3度出すことが義務になってしまいましたのですけれどね……」
「はは……まぁ、それだけ大事にされているということですよね」
っていうか、あの学園活動やキュルルとの喧嘩の合間にそんなことをしていたのか……
「それと学園側にはこの事件のことは公にしないように頼み込んでおりますの」
「何故ですか?」
「この大陸におけるガーデン家の影響の大きさから考えて、事件の背景が不明瞭なうちは余計な混乱をもたらしかねない、というのと……」
アリーチェさんはその後の言葉を続けることを少し躊躇った。
「もし……万が一……
あの事件の首謀者が……わたくしの家の者だったとしたら………
ガーデン家だけで解決しなければいけないこと、だからですわ……」
「――!」
ガーデン家の家紋が刻印されていた便箋……
それはガーデン家の重要な立場の者しか持てないマジックアイテムで打たれたもの、というのは僕も聞いてはいた。
それはつまり、暗殺事件を手引きしたのはマジックアイテムを持つガーデン家の人……なんてことは確かに僕も少し思ってしまった。
でも、それは余りにも安直な考えだし、なによりアリーチェさんの家の関係者がそんなことをするなんて僕は思いたくなかった。
おそらくその想いはアリーチェさんの方が僕なんかより数十倍も深いことだったろう……
それでも、彼女はその可能性を決して見ないフリをしなかった。
家の名に誇りを持っている彼女がそんなことを考えなければいけないなんて、一体どれ程辛いことだろうか……
「ともかく、そのような事件があったばかりだというのに、何故その場所にまた娘を送り込む判断をなされたのか……
わたくしはお父様の考えが理解しかねますわ」
「アリーチェさん……」
つまりは妹を心配する姉心、ということだ。
確かにアリーチェさんの言っている部分は気にはなるが、アリーチェさんと妹さんとの間に何か確執がある、という訳ではないことにとりあえず少し安心した。
と、僕がそんなことを考えていると―――
「お姉さま!!」
突然、女の子の声がその場に響いた。
その声にハッとなった僕達が目を向けると―――
そこには、アリーチェさんとよく似た顔立ちの子が、嬉しそうな笑顔を浮かべて立っていた―――