第1話 僕と懐かしい夢
『ぐぬぬぬぬぅ………!
くっ……ああっ!』
『きゅるーっ!』
―――ドチャッ!
『はぁはぁ……結局今日も全然登れなかった……
ごめんね……僕が非力な所為で……こんな……』
『きゅるぅ………
きゅるっ!きゅるるっ!』
『……うん!そうだよね!
弱音なんて吐いててもしょうがないよね!
明日こそ、絶対この井戸から脱出しよう!!』
「きゅるぅっ!!」
『それじゃあ今日はもう寝よう――わっ!』
―――グニュニュニュ………
『きゅる!』
『あ、あったかい……
ホント、毎日ありがとうね……
明日は絶対、脱出できるよう頑張るよ!
それじゃあ……
おやすみ………
くう……』
『きゅるー……
きゅぴー………』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ん……夢………」
懐かしい夢を見ていた。
5年前の井戸の中での出来事。
あの時、僕は絶体絶命の状況でありながらどこか楽しかったというか、生き生きしていたような気がする。
まだ喋れなかったキュルルと心が通じ合っていたことがなんとなく嬉しかったんだと思う。
あの時の経験は今でも僕の原動力の一つ。
決して忘れることの出来ない、とてもとても大切な思い出だ。
まぁ……同時にとても間抜けなオチがついた出来れば忘れたい苦い思い出でもあるという、非常に矛盾した感情を抱いているのだけれど……
それにしても、今になってキュルルに包まれて寝ていた時の事を思い出すというのは……
僕はゆっくりと目を開け、自分の状況を確認した。
周りは暗く、まだ夜は明けていないらしい。
そして思った通り……僕の身体は温かい粘液で包まれていた。
つまり………
「あっ、フィル起きちゃったんだ」
すぐ近くからキュルルの小声が聞こえて来る。
どうやら……また僕の部屋に忍び込みその身体で僕のことを包み込んでいたらしい……
「キュルル……どうやって部屋に入ったの?
最近は窓にもアリーチェさん達が用意した錠が設置されているはずだけど……」
僕に無許可でね。
「きゅる、ボク昨日オヤスミする前までフィルの部屋でお話してたよね。
実は部屋から出ていく時にこっそり部屋の鍵を借りてたの。
黙っててごめんね」
なんかこのコ達はどんどん僕に対する遠慮というものが無くなっていく気がするなぁ。
「あのさ、キュルル……
何度も言ってるけど、今の君は女の子なんだし、こういうことはあまり―――」
「しっ!フィルちょっと静かに!
下の奴らに見つかっちゃう!」
………………下の奴ら?
そういえば、さっきから僕の体勢がなんか変というか……
ベッドで寝ているにしては重力の感じ方がなんか……
どちらかといえば立っている時みたいな状態に近いような……
僕はもっと目を凝らして、自分が今どういう状態なのか確かめ―――
「ちょおおおおおおおおおおお!!??」
ここは僕の部屋ではなかった。
外だ。
しかも学園校舎の外壁、地上から10メートルは離れた位置の。
僕達は地面からはるか離れた場所に、蜘蛛のように張り付いていた……
「キュルルぅうううううう!!!
説明ぃいいいいいいいいい!!!」
「あのね、さっきボクがフィルの部屋に入ってぎゅーってしようとした時にあの巻貝女に気付かれてね、またぼっこぼこにしてやろうと思ったんだけどフィルが近くにいたら危ない!って思ったの。
でもフィルの部屋から離れちゃったら多分またアイツらに入られないようにされちゃうだろうし、どうしようって思ったの。
そして考えたの。
フィルをぎゅーってしたまま移動すれば万事解決!」
「万事問題しかありませんが!?
っていうか今まで僕こんな状態で寝てたの!?」
「ふふーん!
僕も初めてやってみたんだけど中にいるフィルには一切負担がかからないように頑張ったの!
名付けて『キュルル・アーマー』!
いや『フルプレート・オニキス』、『ブラック・ドレス』……
きゅる……どれがいいかな……」
「うん後でじっくり考えようね!!!
とりあえず今は地面に下ろしてくれない!?」
と、そんなことを話していると下から声が………
「ファーティラ!見つかりましたの!?」
「すみません!まだ……!
どうやら正門近くにはいないようです!」
「絶対に見つけ出しますわよ……!
『勇者』として決して諦めるわけにはいけませんわ!
そう、『魔王』に囚われた姫を救い出すのは古来より『勇者』の使命なのですから!」
「それ男女逆じゃありませんかねえええええ!!」
「あっ、ちょ、フィル!」
「っ!
フィル!そんなところに!
大丈夫ですわ!今わたくしがその破廉恥な醤油ジュレ魔王から解放してさしあげますわ!」
「だぁれが醤油ジュレだこの螺類!!
お前なんかにフィルを渡すかぁ!!
とっとと自分の部屋に帰れバーカ!
フィル!少し動くよ!
とおッッッ!!!!」
「ちょっ、うおおおおおおお!!!!!」
「逃がすかぁあああああ!!!」
まぁ、そんな感じで僕らの夜は更けていき――――
ああ、そういえば明日は新しい入学希望者が来る日だなぁ……
などと僕は現実逃避気味に思いに耽るのであった。