アリスリーチェ先生と魔法講座:前編
「魔法について知りたい、ですか?」
「はい!どうかお願いします!」
ある日、僕はアリーチェさんを訪ねていた。
理由は今アリーチェさんが返してきた言葉の通りだ。
この世界に存在する不思議な力、『魔法』。
今まで僕には全く無縁のものだと見向きもしてこなかったその力がここにきて無関係ではなくなった。
僕の目覚めた『力』を使いこなすようになる為にも魔法についての知識を学ばなければ、と思い立ったのだ。
そして、その為には魔法に詳しい人からの助力が必要だ……と考えた時に真っ先に頭に思い描いたのがアリーチェさんだった。
この人の魔法の才能についてはもはや語るまでもない。
それに大陸最大の貴族の令嬢ともなれば相当に教養深いことも想像に難くない。
魔法に関して聞きたければこの人以外にないだろうというのが僕の出した結論だった。
そんな訳で学園活動を終えた後の自由時間、アリーチェさんのお部屋を訪れてみたのだけど……
「わたくし、こう見えてやるべきことが沢山あるのですけれどね……
お父様への毎日の活動内容報告はガーデン家の娘として必須の義務でもありますし……」
う……なんか難色気味………
「まぁ、他ならぬフィルの頼みですもの。
お断りするわけにはいきませんわね」
「あ、ありがとうございます!
このご恩はいつか……!」
「いいですわよ。
これも学園初日の時のお返しですわ。
では、時間も勿体無いことですし、早速……」
―――スッ………
「?」
アリーチェさんが右手を軽くあげる。
そして、パチンッ!と指を鳴らすと
―――バババババッッッ!!
何処からともなく現れた3つの影がアリーチェさんを布で覆い隠した。
あと、いつの間にかすぐ近くに学校で見るような机と椅子が置かれていた。
そして布が取り払われ、そこから現れたのは……
「それではフィル君。
アリスリーチェ先生の特別魔法講義を開始いたしますわ。
席について、ノートの用意をしなさいな」
―――スチャッ
というわけで、顔にメガネをかけ白いワイシャツにタイトスカートを履いた女教師スタイルへ変身したアリーチェさんによる割とノリノリな魔法講座が始まったのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて、これから先生の教えることをしっかり覚えてくださいね。
ちゃんと聞いていなかったら罰として宿題を出しますわよ?」
「ねえ巻貝せんせー。
ボク早くフィルとご飯食べに行きたいから10秒で話終わらせてねー」
「はい、オニキスさん。
貴女は今すぐバケツを持って廊下に立ってなさい。
そしてバケツの中に入って大人しくしていなさい。
というかなんでいますのアナタ」
いや最初からいたんだけどね。
しっかりキュルルの分の机まで用意されてるし。
「ねぇキュルル……さっきも言ったけど今回は大人しくしててね」
「ふん、分かってますよー」
キュルルはブスッとした顔で肘をつき、そっぽを向いた。
「はぁ……仕方ないですわね……
まあいいでしょう。
それではフィル。
講座を始める前に、まず貴方は現時点でどれくらい魔法についてご存知ですの?」
「うーん……それ程詳しくは……
とりあえず、物凄い威力を持つ『高等魔法』の存在は知ってます。
あと、それを使うことが出来るのは国から認められた『上級魔法師』だけだってことも。
ただ、この『魔法師』っていうのも正直よく分かってないんですよね……
『上級魔法師』の他に『中級魔法師』っていうのもあるらしいですけど、知ってるのはどちらも資格を取るのが凄く大変ってことぐらいでどんな事ができるのかとかはいまいち分かってないです。」
「なるほど……
それではまず魔法のレベルについてからですわね」
そういうとアリーチェさんは黒板にチョークを走らせた。
……これもいつの間にかファーティラさん達が用意していたのだった。
「この世界で使われている魔法は三段階にレベル分けされておりますの。
初等魔法、中等魔法、高等魔法の三つですわ」
アリーチェさんが黒板に下から順に初等、中等、高等と文字を書き、その隣に代表的な『魔法名』を記していた。
「初等魔法はその名からわかる通り、初めて魔法を使う方が触れることになる初歩の魔法ですわね。
威力はそこまでありませんがその分消費魔力も控えめで弱い魔物単体程度になら十分通用するものもありますわ。
この学園で渡された簡易魔導書に書かれていた《エミッション・フレイム》や《エミッション・アクア》あたりが分かりやすいですかね。
流石にあれらは戦闘には向きませんけど」
アリーチェさんはそれを思いっきり戦闘に活かせちゃうわけだけど……
まぁ例外中の例外だろうなぁ……
「中等魔法は威力と魔力消費のバランスに優れ、この世界で1番多く活用されている魔法ですわ。
一般的に『魔法』と一言で言われたらこのレベルのものになりますわね。
貴方も見たことあるものでしたら、キャリー=ミスティさんの《ファイアー・ジャベリン》、ヴィガー=マックスさんの《アイス・ブレード》、ミルキィ=バーニングさんの《フレイム・ガントレット》なんかですわね」
他にも、ファーティラさん達が使っていた魔法なんかもそうだそうな。
「そして、高等魔法。
フィルも知っての通り驚異的な威力を持ち、魔力の消費量もまた膨大。
敵だけでなく味方にも甚大な被害が出かねない為、使える場面は非常に限定されますわ。
貴方がご存知のものは………」
「レディシュさんの……
《ディザスター・エクスプロージョン》ですね……」
あれは結局不完全なものだったらしいけど……
もし完全に発動していたらどれ程の惨劇となっていたことか……
「これらは威力や消費魔力だけでなく、発動難易度もそれぞれで変わってきますわ。
初等は比較的容易に発動出来て、中等、高等とレベルが上がる毎に難しくなってきますの。
魔法発動の為の3要素、魔力、イメージ力、形成力……
魔力を用い、頭の中で具体的なイメージを作り出し、魔力とイメージを混ぜ合わせ形成する。
高威力の魔法を生み出す為にはその3要素全てが高レベルであることを要求されますのよ」
まぁ僕は初等魔法すら自分の力じゃ満足に発動できない訳なんだけど……
話の腰は折らないでおこう。
「そして、どこまでが初等魔法でどこからが中等魔法か、という区分けは威力ではなく単純に魔力の消費量によって決められておりますわ。
威力はそれ程でなくても効果範囲が広い、といったものもございますからね」
黒板に書かれたことによると消費魔力はそれぞれ……
初等魔法:500未満
中等魔法:500~3000未満
高等魔法:3000以上
とのことだ。
ちなみに中等魔法の内、消費魔力が500〜1000未満のものを下位中等魔法、1000〜2000未満のものを中位中等魔法、2000〜3000未満のものを上位中等魔法と呼ぶ場合もあるらしい。
アリーチェさん曰くレディシュさんの《ディレクティビティ・バースト》あたりが上位中等魔法だろう、とのことだ。
それにしても、中等魔法は魔力消費500以上からとなると……
『魔力値』が500しかないアリーチェさんは初等魔法しか使えないということになる。
でも、僕も何度か見せて貰った《エミッション・アクア》による水流カッターなんて中等魔法と言ってもいいくらいの威力はあるだろう……
もし……そんな彼女が中等魔法、そして高等魔法まで扱えていたとしたら、一体どれだけの……
僕は少し怖くなり、考えることを止めた。
「でも、そうなると……
僕の【フィルズ・キッチン】で作り出した調理器具に発動する質量操作の魔法って消費魔力とか一体どうなっているんでしょうか……?
僕の『魔力値』100しかないんですけど……」
「貴方はあまりにも特殊なケース過ぎて正確なことはなんとも言えないのですが……
リブラ先生の話では貴方の低『魔力値』は増加した体重を相殺する為に普段から自身に魔法を使い続けていることも原因かもしれない、とのことでしたから、本来の『魔力値』はもう少し高い可能性がありますわ。
そして、貴方が作り出した調理器具による攻撃の一瞬だけ自身にかかった魔法が解け、その本来の『魔力値』による魔法が発動している……といったことかもしれません」
なるほど……もし今の話が正しかったとしたら、僕はあの攻撃の一瞬だけ本来の増加した体重に戻ってることになるのか。
一瞬過ぎて体感的には全然分からないけど……
「あ、ところでアリーチェさん。
この前の模擬戦で、キャリーさんが最後に使った魔法なんですけど……
たしか『準』高等魔法って言ってませんでしたっけ?
それって……?」
「ああ、そうでしたわね。
高等魔法は更に3つの位分けがありますの。
通常の高等魔法に加え、『準』高等魔法と『超』高等魔法がありますわ」
「へぇ……
中等魔法の下位や上位みたいなものですか?」
「まぁ似たようなものではありますが、こちらは魔力消費量ではなく、威力によって決められておりますわ」
アリーチェさんは黒板に更にその3つの単語を書き足した。
「『準』高等魔法……これは一応高等魔法に分類されておりますが、威力は通常の高等魔法と比べたら抑え気味のものとなっておりますわ。
魔力の消費は高等魔法とほぼ同等で、威力と魔力消費量の釣り合いはあまり取れてるとは言い難いですが、使い勝手という点では高等魔法より優れておりますわね。
発動難易度も高等魔法よりは下がりますわ」
「それが、キャリーさんが模擬戦で見せた《ヘルフレイム・パーム》ですか……」
「ついでに言うと、そこの机の上で溶けかかってる『魔王』が使っていた《ダイナミック・マリオネット》とやらも、『準』高等魔法に分類されることでしょうね」
「きゅぴー………きゅぴー………」
キュルルは顔の輪郭を崩しかけながら実に可愛らしい寝息を立てていた……
「そして、『超』高等魔法……
これは高等魔法の中でも更に格段にレベルが上の代物となっておりますの。
高等魔法が使える『上級魔法師』は世界に100人といないとされておりますが……
『超』高等魔法が使える者は10人にも満たないと言われておりますわ」
「10人未満……!」
まさしく桁違いの難易度ということか………
一体どれほどの威力を持った魔法となるのか想像もつかないや……
「言っておきますけど、『超』高等魔法になると単純な破壊力と言う尺度では測れなくなってきますわよ」
「え……?
それってどういう……?」
アリーチェさんの言っていることがよく分からなかった。
「『それ』はもはや『世界の理』にすら触れかねない力……と言われておりますわ」
「えーっと……?
その、よく分からないんですけど……」
なんか哲学的な話に聞こえてきたような……
「正直言って、その魔法に関してはわたくしも詳しいことは殆ど分かっていませんの。
どんな魔法なのか、誰が使えるのか、知っている者はほんの一握りとされておりますわ。
ただ唯一、勇者一行のメンバーの1人であるスクト=オルモーストの『超』高等防御魔法、《アンファザマブル・ウォール》だけはこちらにも情報が出回っておりますの。
尤も、それすら知れるのはわたくしのような特別な立場の者だけですけれどね」
「勇者一行のメンバー……!
そ、それって一体どんな……!?」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「厚さ1ミリにも満たない『壁』を作り出す魔法ですわ。
ただし、その『壁』は如何なる攻撃も破ることは出来ない……
何故ならその『壁』の内部は『ほぼ無限』の空間が広がっているから、ですわ」
「……………?」
「例え世界を滅ぼしかねない程の一撃があったとしても、その壁を超えることは決してない。
その一撃が『無限の射程』を持たない限りは。
『強度』ではなく『距離』で威力を殺す、絶対不壊の防御壁」
「……………???」
「その1ミリ先の相手に、誰一人として触れることは叶わない。
その刹那の間には永劫が存在して―――」
「あの、ごめんなさい、もういいです。
僕にはちょっと色々な意味でレベルが高すぎです」
やっぱ哲学的な話にしか聞こえませんでした……
《 - 後編に続く - 》