第10話 アルミナと次世代の『アルミナ』達
スクトの前には壁が出現していた。
白い半透明の非常に薄い壁だった。
『超』高等防御魔法
《アンファザマブル・ウォール》
1ミリにも満たない壁の内部にはほぼ無限の空間が広がっており、その物理的な距離によって攻撃を遮断するという最強の防御壁である。
壁はウィデーレ達が立っていた山の麓までもの高さがあり、その壁の内側は先程までと全く変わらない風景が広がっている。
そう、壁の内側『だけ』は。
そして、その壁はすぐに消えた。
元々ほんの数秒程しか展開出来ない切り札中の切り札だったのだ。
「はぁぁぁ…………!
はぁぁぁ…………!」
その最強の防御壁を作り出した男は全身を汗だくにして過呼吸でも起こしそうな様子になっていた。
ここは山岳地帯。
先程まで水晶ゴーレムが立っていた場所は切り立った断崖に囲まれていた渓谷だったはずだ。
平地になっていた。
ゴーレムが立っていた場所から後方の崖が消えていた。
その平地は地平線の先にまで続いていた。
もはや確かめるまでもなく、ゴーレムは跡形もなく粉微塵に砕け散ったであろうことが確信できた―――
「スクト、お疲れ様」
そしてそんな有り様を目の前にしてウィデーレは平常心そのもので実に気楽な労いの言葉をかけて来たのだった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「やあやあ!
ウィデーレ!スクト!お疲れ!!
特にスクト!!ホントによく頑張った!!
褒めて遣わすぞぉ!!」
「私は何もしなかったけどね。
はい、これ」
「おお!私の剣!
と、何だこの布は?」
「代わりの服。
貴女今素っ裸でしょ」
「うおおおお!!
そうだったああああ!!!」
当然である。
周囲がこの有り様で服がはじけ飛ばないはずがなかった。
「キャー!スク太さんのエッチ!
いやーんまいっちんぐ!
エッチなのはいけないと思います!
えっちぃのは嫌いです!
えーっと他には、えーっと……」
「……………………………………………………」
「おいウィデーレ、おかしいぞ。
目の前に美女の裸体が存在しているというのに何故スクトは生まれたての小鹿のように震えながらお前の背中に隠れて引き気味にこちらを見ているんだ」
「まぁ、しょうがないんじゃない?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あの『奥の手』……今までにも使ったことがあるんですか……?」
「この大陸に来る前と、『魔王』との最後の決戦の時とで2回ね」
「あの時かぁ……なんか凄い音が王都まで聞こえて来たと思ったけど……」
スクトは『魔王』との決戦時は『旧』王都の防衛に回っていたため『奥の手』を見る機会はなかったのだった。
そしてようやく落ち着いたスクトが改めて今回の元凶について話し始めた。
「それで、あのゴーレムは結局何だったんでしょう……
調査しようにも、あの有り様じゃもう欠片も残ってないでしょうし……」
「はっはっは!!
心配ご無用!!
ウィデーレ!これを!!」
そう言いながらアルミナはウィデーレに向かって右手を突き出した。
ウィデーレは特に疑問も挟まず自らの手を差し出すと、アルミナは掌を広げる。
するとパラパラと細かい何かがウィデーレの掌へ落ちた。
「それって……!」
「あのゴーレムの欠片だ!!
戦ってる最中こっそり握っておいた!!」
「流石はアルミナ。
昔からこういうところは抜け目ない」
ウィデーレは受け取った欠片をどこからともなく取り出したケースの中へとしまった。
「さて!!
ではあのゴーレムの解析は王都のマジックアイテム開発局あたりにでも任せるとして!!
これで今回のゴーレム討伐の仕事は終わりだな!!
諸君!!!お疲れ様でした!!!」
「うん、2人ともお疲れ様」
「は、はい、お疲れ様です……
なんか僕はゴーレム以外のことで疲れた気がしますけど……」
そして最後に……
アルミナが今までのおちゃらけた雰囲気から一転、真剣な表情をしながら話しかけた。
「ウィデーレ……今回のこと、君はどう思う?」
「うーん、まだ何とも………
ただ一つ、確実に言えるのは………」
ウィデーレは水晶ゴーレムの欠片の入ったケースを見つめ、呟いた。
「私達の知らないところで何かが胎動している。
人類にとって、決して良くない何かが」
「…………………………」
「…………………………」
アルミナもスクトも、その言葉に何も返さなかった。
「『魔王』が討伐されて5年が経った。
けれど………やっぱり私達の戦いはまだ終わってないのかもしれない」
その言葉を最後に、この場に静寂が訪れた。
ウィデーレの言葉が意味すること……それはすなわち―――
また、あの『大戦』が―――
「何も心配はいらない!!!」
「「!!」」
アルミナの声が静寂を打ち破った。
「この大陸に!!人類に!!
何度困難が訪れようと!!
決して屈することはない!!!」
「ここには、私がいる!!」
「ここには、お前達がいる!!」
「そして、あそこには――――」
アルミナは振り向く。
大陸東側、人類生存圏に向かって。
ここからでも微かに見える、その学園に向かって。
そして、万感の思いを込めて叫んだ。
「次世代の、『勇者』達がいる!」
そこに憂いなど、何一つとしてなかった―――