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第3話 僕とカフェ


「うわぁーー!!すごーい!!!

 道がひろーーい!!

 色んな建物がたっくさーーん!!」


王都ヴァールディアの大通り。

キュルルは初めて見る街の光景に大興奮だった。

まるで僕がここを初めて訪れた時のようだ。


「僕もここに来るのは初日以来だけど……

 ホントに大きな通りだなぁ……」

「この超大陸『ヴァール』の中心地にして最大の街ですからね」


アリーチェさんは実に落ち着いている。

やはり大貴族ともなると王都も頻繁に訪れているのだろうか。


「この前はすぐに学園に行っちゃったからお店とか全然回ってなかったんですよね……

 アリーチェさんはこの街のことについてどれくらいご存じなんですか?」

「まぁ、流石に街の全てを把握しているとは言いませんが、少なくともこの大通りやその周辺についてはご案内出来ましてよ」


アリーチェさんの言葉は何とも頼もしかった。

僕とキュルルだけだったらお店の確認だけで1日が潰れかねなかっただろう。


「ところで、そもそもここに来る切っ掛けになった昨日の話のことですけど……

 入学者数が初日程の人数にならない理由が街に行けば分かるっていうのは……?」

「ふむ、そうですわね……」


アリーチェさんは周囲へと目をやる。


「あのカフェあたりがよろしいでしょうね」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「いらっしゃいませ。

 ご注文はありますか?」

「『ヴァール・ティアー』を2つ、お願いいたしますわ」

「かしこまりました」


アリーチェさんが店員さんに淀みなく対応している。

僕らは彼女の案内の元、オシャレなカフェのテラス席に座っていた。


「『ヴァール・ティアー』?」

「このお店で人気のソフトドリンクですわ。

 一見するとただのミネラルウォーターなのですが、特殊なマジックアイテムのマドラーが付いてきており、それをかき回す回数で味が変化するという変わった飲み物ですの」

「へぇー、面白そうですね!」


そんな話をしていると、そのドリンクが運ばれてきた。

彼女の言う通り、不思議な彩色のマドラーが付いてきている。


「それじゃあ早速、まずは1回……」


僕はマドラーを1回かき回し、口に含んでみる。


「甘い……

 少し酸味もあって、オレンジジュースみたいだ」


次は2回かき回し、再び口に含む。


「わっ!今度はミルクみたい!

 凄いや……味も喉ごしもまるで別物に変わってる!」


僕はこの不思議な飲み物に夢中になった。


「ふふ……お気に入り頂いたでしょうか。

 実はこのマドラーはガーデン家のマジックアイテム開発部門からの発明品なのですのよ」

「えっ!?アリーチェさんの家にはそんなものがあるんですか!?」


「ええ、我がガーデン家が支援を行っているのは食料関係がメインですが、そこから派生して様々な分野にも着手しておりますの。

 その内の一つでありましてよ」

「へぇー!凄いなぁ!」


アリーチェさんは僕の言葉にとても嬉しそうに笑っていた。

と、僕らがそんな話をしていると―――


「おい、まきが……アリスリーチェ」


僕の少し後ろからそんな声が聞こえて来た……


「なんでボクだけ別のテーブルに座らなくちゃいけないのかな……?

 しかも、なんか微妙に離れてるし」


「仕方ありませんでしょう。

 このカフェのテーブルは2人用しかありませんもの。

 テーブルの配置についても、このお店の方で決まっていることですし」


キュルルは僕らから1.5メートル程離れた位置のテーブルにいる。

振り返らなくても物凄く不機嫌な顔をしていることが容易に想像できてしまう……


「あの、それで……

 勇者学園の入学者についてなんですけど……」

「ええ、分かっておりますわ。

 こちらをご覧なさいな」


そう言ってアリーチェさんは僕へ大きめの紙を何枚か手渡してきた。

これは……確か、新聞ってやつだっけ。

故郷の村では全然目にしないけど、近くの街などではたまに見かけることがあった。

カフェの入口近くで陳列されており、待ち時間などで読まれるものらしい。


「これは……数日前の記事……?

 えーっと―――ぶッッ!」


僕はある記事を見つけたとたん、思わず吹き出してしまっていた。

そこには―――


『ブラックネス・ドラゴン、勇者学園に強襲!?

 あの街中を騒然とさせた大警報は皆の記憶にも新しいだろう。

 国からの公式発表では単なる誤報とされているが、この街の誰もが納得しかねていることは言うまでもない。

 その本当の理由は、いよいよ本格始動となった勇者学園にあるという。

 記念すべき学園初日に、なんとあの三大『危険域(アンタッチャブル)』ドラゴンの一画であるブラックネス・ドラゴンが襲来したというのだ。

 我々『トゥルー・チェイサー』社の独自調査により、複数の『元』入学者からの証言を――』


などと言った文章があり、その隣にはエクスエデン校舎のリアルな絵……『写真』だっけ、が乗せてあった。

そして写真には、校舎のすぐ近くを飛んでいる、黒いドラゴンのようなものの姿が写っていた……


「あ、あの、これって……」

「見ての通り、ですわよ

 貴方もご存じでしょう?

 入学日初日のあの騒動を。

 他ならぬそこの『魔王』様が原因の……ね」


アリーチェさんがちらり、と僕の後ろのキュルルに視線を向ける。

それを受けてキュルルから「きゅらぁん?」というブスッとした声が聞こえる。


「あの『超』緊急警報は当然街まで聞こえておりましたわ。

 学園での騒動がひと段落した後、その記事にある通り国には『単なる誤報』として報告されたようですが……まぁ、信じている住人は皆無と言ってよいでしょうね」


アリーチェさんは『ヴァール・ティアー』をマドラーでかき混ぜつつ、事も無げに話をする。


「ブラックネス・ドラゴンのことも伝えてはいないようですが、噂はどうしても立つ……というか、ばっちり事態を目撃していた入学者が数万人単位で学園から辞退してしまったのですから、隠蔽しきる方が無茶ですわね。

 一応辞退者には箝口令(かんこうれい)が敷かれてはいるようですが……

 まぁ、人の口に戸は立てられませんわね。

 ちなみに、その数万人に口止め料も支払われたようですわ。

 アリエス先生が大層頭を抱えていたそうな」

「そういうところでもあの人苦労するのか……」


本格的にあの人の胃の調子が心配だ……


「まぁ、それでも勇者一行のコーディス=レイジーニアスがこの街にいる、ということで街に混乱は起きておりませんし、勇者学園の威信も未だ健在ではありますけどね」

「コーディス先生がいるから……ってそこまでこの街の人達に信頼されているんですか?」


確かに勇者一行のメンバーの1人で、実力の程は確かではあるのだろう。

しかし、まさかブラックネス・ドラゴンの襲来という事態が起きても揺るがない程とは……


「この街の住人は大半が大戦時に勇者一行の戦いを目撃されておりますの。

 勇者及びその一行らの実力は肌身に感じているのですわ」

「へぇー………」


僕も勇者様に助けてもらった時にあの人達の戦いを見てはいたはずなのだが、何分かなり昔のことなので、もはや細部はうろ覚えだ。

不謹慎ながら、勇者様達の戦いを見られたというこの街の人達が羨ましい気持ちになってしまった。


「しかし、それでも間違いなく学園への入学に二の足を踏む要因にはなりますわね。

 事実、初回の入学者募集時は開始時間の前から希望者が溢れかえらんばかりでしたのに、今回はそのような気配はまるでありませんわ」

「はぁ……なるほど……」


知ってしまえば単純な話だった。

つまりは例のキュルルが来て入学者が激減してしまった事態の延長上のことだったというわけだ。


「学園側はブラックネス・ドラゴンやオニキスさんのことをなるべく隠したがっているようですが……一番の責任者であるコーディス先生には一切その気はないようですわね。

 完全に『来るもの拒まず、去る者は追わず』のスタンスでその他一切に拘うつもりはないようですわ」

「うーん……大物と言うべきなのか自由過ぎると言うべきなのか……」


なんにせよ、次の入学者数に関する話の意味は分かった。

今更ながら、学園の外のことも色々分かったし、アリーチェさんには感謝しなくちゃ。


「っていうか、この新聞の絵……『写真』でしたっけ。

 こんなの一体いつの間に撮られてたんでしょう……」

「ああ、この写真はただの合成でしょう。

 この出版社はこういったことの常習犯で度々国から注意を受けておりますのよ。

 今回書かれていることは本当のことでしたので一応持ってきましたが、大抵の記事は憶測に憶測を重ねてある事ない事を吹聴するフェイクニュース製造機ですわ。

 フィルもそういったものに踊らされないように気を付けてくださいね」


うっ……見事に踊らされる自信があるなぁ……


「ねぇ、アリスリーチェ」


と、そんなことを考えていると、後ろからキュルルの声がかかった。

妙に静かだったけど、今までじっとこちらの話を聞いていたのかな。

まぁ自身にも関わりのあることだったしね。


「今の話、ボクにはよく分からなかったんだけどさ……

 その紙渡して説明すればいいだけなら、別にフィルと一緒に街まで出掛ける必要なかったんじゃ――」


「さぁ、フィル!

 お話も終わったことですし、折角ですから今日はもっと色々お店を見て回りましょうか!

 このお店にもまだまだオススメのスイーツなんかがありますのよ!

 ほら、例えばこの―――」


笑顔で話を続けるアリーチェさんを見つつ、僕の後ろから凄まじい漆黒のオーラを感じる僕なのであった……


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