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第2話 僕と準備


ということで休日の朝。

街へ行く準備をしているのだけど……


「きゅ~る~……

 フィル~……これ動き辛い~……」

「我慢してよキュルル……

 君のことが街の人達にバレたら大騒ぎになっちゃうんだから……」


僕は自分の部屋でキュルルの着付けを行っていた。

勿論単にオシャレをさせてあげるわけじゃなく、キュルルの正体を知られないようにする為だ。


最初はフードやマントで全体をすっぽり覆えばよいかとも思ったが余りにも怪しくなってしまった……

もっとなるべく街を歩いてて違和感のない格好にしないと……


そうして現在のキュルルの格好は、まず長袖とロングスカートという一般的な服装だ。

但し長袖はわざとぶかぶかなサイズの合わないものにし、手が見えないようにしている。

少し変に思われるかもだけど、まあそういうファッションとして誤魔化せなくもないだろう。

そして頭の方は、つば広の帽子を使って目元を隠し、スカーフを巻くことで口元から鼻までを隠す、という方法を取った。


少し暑苦しそうに見えるが、何とか一般的な範疇に収まる格好には出来たと思う。

今の季節はまだ春先で肌寒い日もあるので、そこまで怪しまれはしないはずだ。


「キュルル、袖から手を出しちゃダメだからね。

 後、なるべく顔を上げないこと。

 他人から顔を覗かれないように注意してね」

「む~……は~い………」


キュルルは何とも窮屈そうに唸っていたけど、街に行く欲求には勝てなかったようで渋々了承してくれた。


ちなみにこの服はどこから調達したかと言うと、アリーチェさんのお付きの人達から拝借したのだった。

いつもアリーチェさんと喧嘩してばかりのキュルルの為に服を貸してもらう、というのはあの人達の立場からすれば何とも不本意だろうな……と思い、借りに行くのに少し気後れしてしまったのだけど……


「貴方様の頼みであれば、我ら一同断る理由はありません。

 アリスリーチェ様と決定的に決別するようなことでもない限り、我らはいつでも貴方様の為に動きます。

 どうか我らの心情など、お構いなく申し上げください」


と、ファーティラさんから長袖とロングスカートを、ウォッタさんから帽子を、カキョウさんからスカーフを渡されたのだった。


なんとも真面目な人達だ……


ちなみにその後続けざまに「これらは貴方様にお譲りします」とファーティラさんに言われ、僕が慌てて帰ってきたら返しますよ、と断ろうとすると……


「いいえ!私は知っておりますよ!

 男の方は女性の着類で性的に興奮すると!

 ですので、どうかこれをご活用して頂ければ!

 あ、そうだ!

 下着の方がより喜ばれるとも聞きました!

 今から私の部屋から持ってきて……!

 いや、使用済の方が更に良いとも!

 ならば今私が履いているものを――!!」

「ファーティラさん!!!!

 お気持ちだけありがたく受け取ります!!!

 そして今すぐこのお話終わりにしないと僕はアナタのこと《レードル》でぶっ叩かなきゃいけなくなるんですけど!!!!!!」


という一幕があった………

なんかあの人ことある毎に話を『ソッチ』方面に持っていこうとする(へき)があるような……


閑話休題。


さて、キュルルのコーディネイトも終わり、アリーチェさんの待つ校舎の先の門まで行かなければ。


「あのさ、一応言っとくけど今回はアリーチェさんとの喧嘩は控えてね?

 さっきも言ったけど街中で君のことがバレたら大変なんだから」

「きゅ~……分かってるよぅ~……

 でも、いつもいつもあの巻貝女が~……」


ホントに大丈夫かな……

不安を感じつつも僕達は校舎を出るのであった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お待ちしておりましたわ、フィル」


「わっ……アリーチェさん……!」


門の前まで行くと、予定通り車椅子に座っているアリーチェさんがいた。


「アリーチェさん……

 その、なんていうか……今日は綺麗ですね……

 あ、いえ、いつも綺麗な姿ですけど……

 今日はそのなんていうか……」

「ふふふ、いいですのよ。

 無理に気の利いた言葉など探さなくても、

 貴方の言いたいことはお分かりでしてよ。

 ありがとう、フィル」

「あ、いえ……どういたしまして……」


アリーチェさんは普段のドレスではなく、白いフリルワンピースを着ていた。

いつもより飾りっ気のない質素な感じの装いでありながら、持ち前の気品はちっとも損なわれていない。

ネックレスやブレスレットは決して豪華すぎず、慎ましくも上品に身に着けている人を飾り立てている。


いつもと少し違う雰囲気のアリーチェさんに僕は少しドキドキしてしまった。


「むぅぅぅぅぅーーーーーー…………」


そして、そんな僕とアリーチェさんを見て、分かりやすくキュルルが不機嫌そうな声を上げる……


「フィル!ボクも!ボクも見て!

 ほら!!どう!!??」

「え、あ、うん……

 キュルルも綺麗だよ……?」

「ホント!?きゅるるー!」


まぁ、キュルルの姿は部屋でもう散々見てたんだけど……


ファーティラさんから借りた長袖はそれ程飾り気は無かったのだけど、袖や裾に施された花の刺繍がアクセントとなっている。

ロングスカートもまた花の柄で可愛らしく装飾されている。

リボンのついたつば広の帽子をぶかぶかの袖を使って掴み、こちらに笑顔を見せてくるキュルルは漆黒の体色を差し引いてもとても可憐な女の子だった。

そして、首から下げられた、とある木片。

それは女の子のオシャレとしては少しミスマッチかもしれない。

でも、僕はそれを見ていると、つい口元を緩めてしまうのだった。


「ふふーん!」

「………………………………」


キュルルはこれ見よがしにアリーチェさんに胸を張っている……

僕との言いつけを守り、自分からアリーチェさんに突っかかるような物言いはしないようだけど……

そういう挑発的な行動も止めて欲しいなぁ……


「あの、キュルル……」

「大丈夫ですわ、フィル」

「えっ?」


アリーチェさんが僕の言葉を遮った。


「オニキスさん。

 今日はお互い、いつものような諍いは慎みましょう。

 街で何か問題が起きてしまえば、おそらく貴方と私だけの問題では済まされないですわよ?」

「きゅる……それは……」


アリーチェさんの言葉に先ほどまでのキュルルの挑発的な雰囲気が消えた……


「アナタだって、何か問題が起きて、フィルと一緒に居られなくなってしまうのは嫌でしょう?」

「きゅる………

 分かったよ……今日は大人しくする……

 巻貝……いや、その……アリスリーチェとも、喧嘩しない……」


「キュルル……アリーチェさん……」


その2人の様子にさっきまでの僕の不安は消えた。

今日この日は、3人で仲良く過ごすことが出来そうだ。


「それでは、フィル行きましょうか」

「はい!

 あ、ところで昨日も聞きましたけど……

 本当にファーティラさん達は同伴させないでいいんですか?」


 そう、今日のアリーチェさんの周りにはいつものお付きの人達はいなかった。


「ええ、折角の休養日にわたくしの都合に付き合ってもらっては悪いですもの。

 彼女達には今日はゆっくりお休み頂いておりますわ」


まぁ彼女の車椅子は1人でも操縦可能だから絶対にお付きが必要という訳ではないのは知っているけど……

僕とキュルルだけで大丈夫かなぁ……


と、僕がそんなことを考えていると―――


「まぁ、貴方が不安になるのもお分かりですわ。

 ……ですから………」

「――――?」


アリーチェさんが僕に左手を差し伸べて来た。

その頬は若干赤みがかっている。


「フィル、その……手を、繋いでもらってもよろしいでしょうか?」

「えっ!」


「いえ、その、街では馬車に轢かれかけたり、などの危険がありますし……

 わたくしはこの様ですので、もしもの時に、貴方に引っ張っていただけたら……なんて、その……

 あ、もしご迷惑でしたら勿論結構ですので……」

「いや、その、別に迷惑なんてことは……」


少し目を逸らしがちに、手を差し伸べているアリーチェさんを見ていると、僕の頬も赤くなってくる……


「えっと、僕なんかがとっさに助けることが出来るかっていうと、かなり怪しいんですけど……」

「ああ……やはり迷惑でしたか……

 いえ、当然ですわよね……

 申し訳ありません……このようなこと……」

「えっ!?いや違いますよ!!迷惑なんかじゃありませんって!」


俯きがちになり、しゅんとした声と共に差し伸べていた手を下ろそうとするアリーチェさんに、僕は慌てて声をかけていた。


「あの、助けられる保証はありませんけど、それでもよければ、その……」

「ええ、別に、構いませんわよ……

 その、ちょっとした保険、みたいなものですので……

 逆に貴方に危険が迫った時に、わたくしも尽力しますので……」


と、しどろもどろになりながら、僕は自分の右手をアリーチェさんの左手へと伸ばしていく。

そして――


「っ!」

「う……」


僕の手がアリーチェさんの手を握ると、アリーチェさんの身体が少しビクッと動いたような気がして……

その後、ゆっくりとアリーチェさんが手を握り返してきたのだった……


そうして、僕はアリスリーチェさんの隣へと並び立った……


「そ、それでは、行きましょうか……」

「は、はい……」


と、僕らはぎこちない会話をしながら、街へと歩き出―――






「ねえ」






瞬間、背筋が凍り付いた。

この底冷えする声。

つい最近聞いたことのあるこの声。


僕はゆっくり、声の方向へ首を傾ける。


「ボクも、手を繋いでいいかな?」


つば広の帽子の奥から闇色の光を発しながら、こちらを見つめているキュルルがそこにいた。


「い、いいけど……

 キュルルは袖から手を出せないよね……?」

「うん、だからこうする」


そう言うと、キュルルはアリーチェさんが居る方とは逆の、僕の左側へと移動し、僕の左腕に自身の両腕を絡めてきた。


「ね?これでいいでしょ?

 いいよね?」

「あ、はい、いいです」


僕はただキュルルに追従するしかなかった……


「ねぇ、アリスリーチェ。

 とっさに助けて欲しいならさ、ボクの隣に来なよ。

 どんな危険からもしっかり守ってあげるよ」


キュルルはとても穏やかな声でアリーチェさんへと話しかけている……


っていうかさ、君さっきからすげぇ流暢に喋ってるんですけど。

普段のきゅるきゅる言ってる君は一体?とか思っちゃうんですけど。


「ご心配どうもありがとうございます、オニキスさん。

 折角のお申し出ですが、こうしてフィルのご厚意に甘えさせて頂ける次第となりましたし、ここは快く快諾して頂いた彼の顔を立てる為にも、このままフィルに手を預けさせて頂きますわ。

 それでよろしいですわよね、フィル?」

「あ、はい、よろしいです」


「そっか。

 でも遠慮しなくていいからね?

 フィルも、アリスリーチェを助けられるか不安になったら代わってあげるよ。

 いつでもボクに頼ってね?」

「あ、はい、頼もしいです」


「さて、それでは―――」

「うん、それじゃあ―――」



「「いざ、街へ」」




こうして、僕はキュルルとアリーチェさん、そして最大級の不安と共に、街へと赴くのであった。


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