第8話 僕と体質
「【フィルズ・キッチン】!
《パレットナイフ》!」
その言葉と共に、木剣の柄の先に細長い長方形の刃が形成される。
パレットナイフはスポンジケーキに生クリームなどを塗るときなんかに使う調理器具だ。
思った通り、ナイフと名は付いているが切れ味は全く無く、威力も控えめだった。
「ヴィガーさん!これならどうでしょう!」
「まあ見た目はマシな方か……」
なんとかお許しいただけたようだ。
「それじゃあ早速……
お二人とも!」
「おう、覚悟しとけよ!」
「きっちり叩き込んでやらぁ!」
僕は、「はいっ!!」と、全力の返事をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……それで、所感の程はどうですの?」
アリスリーチェがミルキィとヴィガーに問う。
「えーと……………………………」
「まぁ、その………なぁ……………」
2人は実に微妙そうな顔で言葉を濁していた……
「まぁなんだ……物覚えはいい方だぜ、アイツ」
「ああ、俺達の言った戦闘の心得とか、しっかり反芻して身に付けようとはしているんだよな……」
元々、料理関係や家事関係の技術はしっかり身に付けることが出来るぐらいの素養はあるのだ。
戦闘、格闘技術も覚えようと思えばそれなりに身に付くはずだろう。
「ただなぁ……」
「あれなぁ……」
2人はチラリ、と後方へ目を向けた。
そこには―――
「ゼヒュー………ゼヒュー………
綺麗な川が見える……………」
「きゅるーーーーー!!!!
ふぃーーるーーーーー!!!!」
広場の地面に転がり、虫の息となっているフィルと、縋りつくキュルルの姿があった………
「アレ、もう5回目だぜ……」
「まだ始まって1時間も経ってねぇんだけどな……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いやまあ、余計な体力を使わないようにする、とかそういう戦闘の心得もあるにはあるけどなぁ……」
「オメーの場合それ以前の話なんだよ……」
2人のそんな困り果てた声が僕の耳を打つ……
そんな訳で僕の鍛錬は戦闘技術云々以前に、『スタミナ不足』という欠点を解消しない限りはどうしようもない、という結論になったのだった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 エクスエデン校舎・食堂 》
「はぁー……前途多難だなぁ……」
時刻は午後6時30分。
最も食堂が賑わう時間帯だった。
今ここには学園内における殆どの生徒が集まっていると言ってもいい程なのだが座る場所には困らないでいる。
以前にも話したがここはとんでもなく広かった。
万単位で人を収容出来てしまうであろう広大な空間に長机が数えきれない程並べられており、寧ろ空いている場所の方がまだ多いぐらいなのだった。
多分部屋の端から端へ移動するだけでも相当の時間がかかってしまうことだろう……
「きゅるー!
大丈夫だよフィル!
あの『力』を手加減無しで使えばフィルは絶対誰にも負けないんだから!」
「まあ、少なくとも単純な物理的な『破壊力』という点では間違いなくこの学園内でフィルがトップでしょうね。
実際今日張り出されていた『破砕力ランキング』では文句なしの1位でございましてよ」
キュルルとアリーチェさんは当たり前のように僕の隣に座っている。
アリーチェさんのお付きの3人はその彼女の隣だ。
おかげで座る場所に少し気を遣う必要がある。
先程うっかり机の隅に座ろうとしたらキュルルとアリーチェさんの押しのけ合いが始まりかけたのだった……
「それに、アレでまだ本気ではないのでしょう?
今日の午前中の活動、『黒鋼岩』を砕いた際の《ミートハンマー》ですが、
アレはまだ現実と同等のサイズでした。
貴方はその気になれば更に巨大な形状にすることも出来た。
そして、その際の重量増加量……すなわち破壊力は更に増す。
そうなのでしょう?」
「ええ、まあ……」
レディシュさんと戦った時、最後の大鍋は現実ではあり得ないほどのサイズで生成出来ていた。
そして、僕は実際に何度か色んなサイズの生成を試してみていたのだった。
その結果、サイズが大きい程衝撃を受けた際の重量増加も増す、という特性が分かった。
通常サイズでさえ『黒鋼岩』を粉砕できる威力を持つ《ミートハンマー》を最大サイズで生成したら一体どれ程の破壊力となるのか……
僕は正直想像するのもちょっと憚られた……
「でも……『ソレ』を安易に使う訳にはいかないですよ。
破壊力があり過ぎる、ってだけじゃなくて……
『僕自身の為』にも……」
「きゅる……」
「まぁ……それは、そうですわね……」
僕の言葉にキュルルとアリーチェさんは少し不安げな表情となった。
そう、あまり巨大な形状は『僕自身の為』にもそう簡単には使えないのだ……
「まぁ、そういう意味も含めてあの『力』に頼りっぱなし、っていうのは余りよろしくないと思うんですけどねー……
どうしたものかなぁ……」
「きゅる……ねぇ、巻貝女。
アナタの持ってるあの葉っぱ、フィルに貸してあげられないの?」
「マジックハーブはあくまで魔力の枯渇を防ぐことが目的ですのよ。
体質的な体力の維持とはまた別問題ですわ。
それと、わたくしの名前はアリスリーチェ=マーガレット=ガーデンでしてよ」
「ん、分かったよ、アリマガ」
「変な略し方しないでくださいな」
2人は僕を挟んだ状態で眉をひそめながらにらみ合う……
うーん、この2人が会話をするとどうしても険悪な雰囲気になるなぁ……
僕は話を誤魔化すことにした。
「それにしてもここのご飯、美味しいなぁ!
お店で出るような料理と同じぐらいのクオリティがあるよ!」
「きゅむぐ!ホントだね!」
「まぁ、国家直轄の学園たる所以はこういった所にも表れる、ということなのでしょうね」
自分でも無理やりな話題だと思ったが何とか2人の気は逸れたようだ。
「それにしてもフィル……
貴方、かなりの量を頼まれましたのね……
どう見ても食べきれそうにないと思えるのですけど……」
アリーチェさんはそんなことを困惑気味に言ってきた。
まぁ、確かにそう言いたくなる気持ちも分かる。
今、僕の目の前には肉野菜炒めや揚げ物、山盛りのサラダといった料理の数々が軽く三人前は並んでいるのだから。
「僕自身、不思議には思っていたんですよね。
5年くらい昔から、何故かやけに沢山食べたくなるようなっちゃって。
そのくせ、中々お腹いっぱいにならないなぁ、って疑問もあったんです」
「5年前から……?
それって……もしかして……」
アリーチェさんが、キュルルの方へと視線を向けた。
「多分、そういうことなんでしょうね。
僕の中にいるキュルルの欠片達の分まで栄養補給を行っていた、という理由なんだと思います。
リブラ先生からもそんな風なことを言われました」
昨日の内にリブラ先生とは僕の体質について色々なことを話し合っていた。
まぁ、話している内に僕で人体実験でもしかねないぐらいヒートアップしてきたから途中で無理やり切り上げたんだけど。
「……………………………………」
そんなことを思い出していると、アリーチェさんは不意に深刻な面持ちでこちらを見つめて来た。
「フィル……今更ではありますけど……
貴方は今の自分の体質に不安はないのですか?」
「え?」
「きゅる?」
僕とキュルルがアリーチェさんの言葉に同時に反応した。
「貴方は今、スライムの欠片をその身の内に宿しているという全く前例のない前代未聞の状態なのですよ?
今はこうして何の問題もなく通常通り過ごせておりますが………
一体身体の中でどんなことが起きているのか、どんな影響が表れているのか……
そういったことを貴方は全く気にしていないというのですか?」
「………………………」
「きゅる………」
アリーチェさんの言葉に僕は少し黙り込む。
そしてキュルルもこの言葉には言い返そうとはしなかった。
キュルルも……心の奥底では気にしていたことだったのかもしれない。
確かに全く気にしてない、というと嘘になる。
現にこうして食事の量が増える、という影響はしっかり出ているのだ。
もしかしたら自分で気づいてないだけで、何か他にも身体の中で起きていることがあるのかもしれない……
けど……
「僕は……自分の身体が、今のこの状態になって……
良かったと思っていますよ」
「きゅっ――!」
「フィル………」
キュルルは驚いたような顔をし、アリーチェさんは心配そうな……それでいて、僕がそう答えるのを予想していたような顔をしていた。
「もし、僕がキュルルに出会っていなかったら……
きっと、僕は何も出来ないままだったんだと思います。
魔力だけが沢山あって、碌に魔法は使えず、力も体力もない役立たず……
それどころか、リブラ先生が言ってた通り、その内魔物に襲われて命を落としていたかもしれません。
この身体になったおかげで、僕が『勇者』になれるチャンスが生まれた。
不安が全くないわけじゃないですけど……
僕は、この身体を受け入れていきたいんです」
「きゅる…………」
「……………………」
「それに……」
「「――?」」
「僕の身体の中にいるのが、キュルルの欠片達なら……
きっと、大丈夫だと思います!
何の確証もないけど……
僕、キュルルを信じてますから!」
「きゅっ―――!」
「――!」
2人は、同じように驚いた顔をしていた。
そしてキュルルは、目の端にじんわりと涙を浮かべていたのだった。
「フィル……!
フィルぅ………!」
「……………………」
キュルルはえぐえぐしながらも、嬉しそうな声を出していた。
そしてアリーチェさんの方は、「ふぅ……」と小さな溜息を吐くと――
「貴方がそう仰るのであれば、わたくしの方も気にしないことと致しますわ。
……ファーティラ」
「はっ!」
そう言うと、ファーティラさんが即座にアリーチェさんの車椅子の背後に立ち、彼女を移動させる準備をした。
いつの間にかアリーチェさん達は食事を終えていたようだ。
そして、この場から席を外そうとする、その直前――
「最後に一つだけ否定させて頂きますわ」
「え?」
僕の背後を通るタイミングで、彼女は声を発した。
「貴方は、もしオニキスさんと出会わなければ、きっと何も出来ないままだったと仰りましたが――」
彼女は力強い言葉で、言った。
「例え貴方に今の『力』が無くても、貴方は絶対に『勇者』になることを諦めなかったはずですわ」
「―――!」
「そして、必ずわたくしのライバルとなっておりましたのよ」
「アリーチェさん……!」
僕が振り向くと、既に部屋の出口へと向かっており、彼女の顔は見えなくなっていた。
「それでは、わたくしはこれで失礼しますわ。
フィル、オニキスさん……また明日」
「……はい!
また明日!」
「む~~~………」
僕は出口へ向かうアリーチェさんの姿を見送った。
そしてキュルルは、何かこう、面白くないと言いたげな不満げな声をあげるのだった。
「フィル!!
ボクだって、ボクだって!!
もしフィルに『力』が無くたって、きっとボクはフィルに食べて貰ってたんだからね!」
「いや、キュルル。
それなんかちょっと違うと思う」