第4話 貴女の『力』と僕の『力』
試合が終わった後も僕はあんぐりと口を開けたまま、何が起きたのかさっぱり分からないままでいた……
「アリスリーチェ様は魔法使用における3要素の内、イメージ力、形成力にとても秀でている、というのは既にお話ししましたね?」
そんな僕に向かってファーティラさんが解説をしてきてくれた。
「そのお力はご自身の身の内だけに留まらず、接触を通じて他者の魔法にまで干渉することが可能なのです」
「た……他者の魔法に干渉……!?」
それって……!?
「他者の発動した魔法がそのお身体に触れさえすれば、アリスリーチェ様はその魔法を霧散させることも……その魔法の制御をアリスリーチェ様自らが行うことすらも可能ということです」
そ……そんなのアリなの……!?
「で、でもそれって、魔法をパンとすると……出来上がったはずのパンを小麦粉と水に戻すようなものじゃ……
そんなことって……」
「中々ユニークな例えですね。
ですが、少し違います。
そうですね……その例えでいうなら……
パンであれば、そのまま食べるのではなく『パン粉』という材料にして新たな料理を作る、ということが可能ですよね?」
「えっ……」
「アリスリーチェ様は、その優れたイメージ力と形成力によって相手の魔法を新たに造り直すことが出来るのです」
「な………あ…………」
もはや僕は絶句するしかない………
「これこそがアリスリーチェ様の『エクシードスキル』……
【マジック・ドミネイト】でございます」
「ええっ!?『エクシードスキル』!?」
「ええ、今朝方学園から通達がありました。
この『力』は単なる『魔法の才能』という枠組みには収まらない、として、正式にアリスリーチェ様の『エクシードスキル』だと認められたのです」
凄い……!
でも、この模擬戦を見せられればそれも納得だ……!
「ふふ……如何でしたかしら?フィル」
「あっ!アリーチェさん!」
アリーチェさんが試合の疲れなんてまるで感じさせない様子でこちらへと声をかけてきた。
「アリーチェさん、凄かったです!
でも、身体の方は大丈夫なんですか?」
「ご心配なく。
わたくしからしてみれば歩くことなんかより魔力操作の方がよっぽど楽な作業でありましてよ」
アリーチェさんはウォッタさんからごく自然にティーカップを受け取り、いつもと全く変わらぬ様子で優雅に紅茶を嗜んでいた。
「言い訳のように聞こえてしまうでしょうが……
わたくしが万全の状態でさえあれば、あの痴れ者……レディシュ=カーマインの高等爆発魔法だって防ぎきることが出来たのですよ」
「はええ……」
改めて、アリーチェさんの実力というものを思い知ってしまった……
「それにしても、学園で一番『勇者』に近い人を倒しちゃったんですから……
アリーチェさんが言っていた究極至高の『勇者』にもう既にあと一歩って所まで近づいちゃってるんじゃ……」
「それは流石に言い過ぎですわね。
彼女も仰っていた通り、今回はわたくしに有利過ぎる形式の試合でしたわ。
制限なしの戦いとなればああはいかないでしょう。
それに……」
アリーチェさんはちらり、と横目を向く。
そこには先程まで戦っていた相手、キャリーさんがいた。
「彼女も、まだまだ本気を見せてはいなかったでしょうから」
「そ、そうなんですか?」
あれだけの魔法を使って見せて、本気じゃなかった……?
「あの方はまだまだ強力な魔法を隠し持っていましてよ。
周りの生徒達の事を考えなければ、もっと色々な戦いようがあったでしょうね。
わたくしは大幅なハンデを貰って勝利を拾わせてもらったようなものですわ。
このような結果で己惚れることは、わたくしには到底できかねますわ」
「はぁー……」
なんとも謙虚……いや、彼女にとっては謙遜でも何でもない、単なる事実でしかないのだろう。
全く持って、感嘆の溜息をつくばかりだった。
「ホント、ただただ尊敬するばかりです。
僕もアリーチェさんみたいに――」
「フィーーーールーーーーーー!!!!!」
―――ドッパンッ!
「うぐおあっ!!」
アリーチェさんとの会話を断ち切る様にキュルルが思いっきり僕に抱き着いてきた。
いや抱き着くというか、傍から見たら巨大なスライムに取り込まれているように見えていることだろう……
そして会話に割り込まれたアリーチェさんは眉をひそめ、見るからに不機嫌な様子になった……
「ねーねー!!ボクも勝ったんだよー!?
見てなかったのーー!?
巻貝女だけじゃなくボクの勝負も見てよー!!」
「ご、ごめんねキュルル……
あの、でもさ……
どんな感じの勝負内容だった?」
「《ダイナミック・マリオネット》で圧倒!!
勝負が始まって5秒で決着しましたー!!」
「うーん、この塩試合製造機」
キュルルは実に無邪気に無慈悲だった……
「一応魔法を使っているとはいえ、殆ど自らの肉体による物理的圧殺であるその技を『魔法』のみの模擬戦、というルールに適用していいか微妙な所な気もしますけどね」
「ああん!?」
そんな僕達の様子を横目にアリーチェさんがティーカップを口に付けながら話しかけて来た。
そしてキュルルは即座に反応する……
「先生方が何も言わない所を見ると問題は無いようですけどね。
まあ、あまりルールをガチガチに固めてしまってはまだ魔法に慣れていない生徒が不利になってしまう、という配慮によるものなのでしょうが……
わたくしに負けず劣らずアナタに有利なルールとなってしまっているのは否めませんわね」
「おいキュら巻貝!!!
ボクの勝利にケチつける気かぁ!?
上等だキュらぁ!!だったら次はお前を相手してやらぁ!!
《ダイ・マリ》無しでやってやんぞぉ!?」
「おやおや、よろしいのですかぁ!?
フィルと戦う前から『魔王』討伐が成し遂げられてしまわれますわよぉ!?」
「ああああん!!??」
「あのぉー!!お2人とも落ち着いてぇー!!」
この2人はもうどうしても口を開けば喧嘩ばかりだなぁ……
でも学園活動初日の朝の時みたいな『得体のしれない魔物』扱いよりかはマシなのかなぁ……
「ふぅ……
それはともかくフィル。
貴方はどのように戦うおつもりで?」
「あ、はい、それは勿論……」
僕は剣身の無い、柄だけの木剣を取り出し……
「【フィルズ・キッチン】……
《キッチンナイフ》!」
その言葉と共に、柄の先に『黒い包丁』が形成された。
「これを使って戦う、ということになるでしょうね。
一応これには質量操作魔法がかかりますし、『魔法を使った武器』って扱いになるはずでしょうし」
「その物体の精製自体が『魔法』のように見えますけど、実際は『体質』を応用したものなのですのよね……」
アリーチェさんにも僕の特殊な『体質』については説明済みだ。
「きゅるっ!やっぱり凄いよね!!
フィルの【ザ・フォース・オブ・オニキス】!」
「ええ、とても素晴らしいですわ。
フィルの【ガーデン・ガード・スピリット】は」
キュルルは笑顔のままアリーチェさんの頭を狼を模した腕で噛みつき、
アリーチェさんは笑顔のままキュルルの頬に人差し指から放つ水流を浴びせる……
いやもうこの2人実は仲いいんじゃ?
「ただ一つ悩みがあって……」
「「悩み?」」
お互いに頬を引っ張り合っていたキュルルとアリーチェさんが同時に声を上げる。
「威力があり過ぎるんですよね、コレ……
特に《ミートハンマー》はヤバ過ぎです。
午前の活動の後も何度か試してみたんですけど……
とても人間相手に叩きつけられる代物じゃなりません……」
あの『黒鋼岩』を完全に粉砕できる威力……
あれは間違いなく数トン単位の衝撃だっただろう……
「昨日のレディシュさんとの戦い……
もし彼がオリハルコンの鎧を着込んでいなかったらどうなっていたのか……
想像するだに恐ろしいです……」
「衝撃であれだけ吹っ飛ぶほどでしたからね……」
改めて、あの時僕はかなり危険な真似をしていた自覚が湧いてきた。
「きゅる、その黒いのの重さって変えられないの?」
「お恥ずかしながら……」
そう、この黒い生成物……キュルルの欠片の質量を自由に操ることは出来なかった。
どうやらこの物体の質量の増加量は何かに当たった時の速度に比例するようだった。
つまり、手加減する為には非常にゆっくり振らなければいけないわけだ。
ただ、この黒い生成物は通常時はあまりに軽すぎた。
ほんの少し振っただけでそれなりの速度が出てしまうのだ。
そもそも戦いの最中にのろのろと振るわけにもいかない。
総じて、対人戦闘にはどうにも使い勝手が悪いのであった。
「改めて考えてみると……
折角『力』に目覚めたのに、僕は全然使いこなせていないんだな……
全く情けないや……」
「きゅるっ!そんなことないよ!
フィルのその剣は凄いんだから自信もってよ!
あ、剣じゃなくて包丁だっけ」
「ふむ……
包丁……それに、肉たたき……」
「?」
キュルルの何気ない言葉から、アリーチェさんは何か思案しているようだった。
「思ったのですけど、フィルはどのような形を試してみたのですか?」
「え?えっと、武器として使うことを考えたら……
この《キッチンナイフ》と《ミートハンマー》が無難かな、って思いましたけど……」
「魔法というものは、どれだけ具体的なイメージが出来るかによって威力が大幅に増減するものですわ。
時に凶器として使用されることもある包丁……
『叩きつける』という、ある意味暴力的なイメージの肉たたき……
それらはあからさまに『武器』という印象を受ける形だからこそ凄まじい威力となる、と言うことは考えられませんか?」
えっと、それはつまり……
「『武器』としての印象を受けない、もっと別の形状の調理器具なら威力は抑えられる……?」
「試してみる価値はあると思いますわ」
「きゅるっ!やってみようよ!
僕も試すの手伝うよ!フィル!」
こうして、僕の【フィルズ・キッチン】の対人用形状の模索が始まったのだった。