第3話 貴女と魔法の勝負
「午後からの活動は模擬戦だ」
黄色の蛇に巻き付かれたコーディス先生は午後の活動が始まるや否や開口一番に言ってきた。
模擬戦……!昨日と同じ様な……!
「と言っても今回は魔法なしの格闘戦ではない。
むしろその逆、魔法『のみ』で戦ってもらう」
「魔法『のみ』……!?」
僕だけでなく、全生徒から驚きの声が上がる。
「ああ、本来はもう少し魔法に関する講義や実習を受けてもらってからの予定だったのだが、昨日、今日との皆の様子を見せて貰った限り、十分実践に足りうる実力があると判断した。
正直私も驚いているよ。
君達の『勇者』への意気込み……中々に侮っていたようだ」
昨日今日の皆の様子って……昨日は魔法を使わない模擬戦しか活動はしてなかったはずだけど……
いやでも大半の生徒がその後も模擬戦を続けたり、魔法の練習をしてたっけ……
「まあ、例のブラックネス・ドラゴン襲来によって大半の有象無象がふるいにかけられた結果でしょうね。
そこの『魔王』のおかげで図らずも学園の平均的な実力が全体的に底上げされていたようですわ」
「きゅる。
よく分からないけど、褒めるんなら素直に褒めてよね」
2人は「「ふんっ!」」と互いにそっぽを向く……
うーーん……何とかならないかなぁコレ……
「それでは、早速始めようか。
特に生徒間で希望がなければこちらで決めた組み合わせで行う予定だ」
今回はキュルルとリベンジマッチを望む声は上がらなかった。
ただの戦闘ならまだしも魔法だけを使っての戦いとなると流石に分が悪すぎるからなぁ……
「では、最初の組み合わせは……
キャリー=ミスティ。
そして、アリスリーチェ=マーガレット=ガーデン」
「え………ええっ!?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「では双方、用意」
「どうかよろしくお願い致しますわ」
「……ええ、よろしく」
アリーチェさんと丸眼鏡をかけた女性……キャリーさんがお互いに相対する。
キャリーさんは背の低い薄緑色のショートボブで年齢は多分僕と同じぐらいだろうか。
声は低く、大人しい印象の人だったが……僕はその名前を一度見たことがあった。
それは、『魔力値』ランキング上位の人達の中……
『魔力値』28000の数値の隣に記されていた名前だった……
アリーチェさんのお付き、ファーティラさんの25000を超える、この学園内でも最上位に位置する『魔力値』の持ち主……!
いや、まあでも、『魔力値』が高くても魔法の才能があるかどうかはまた別の話かもだし……
「コーディス先生」
「なんだい、キャリー君」
と、僕が希望的観測を思い浮かべていると、キャリーさんがコーディス先生へと声をかけた。
「私は『中級魔法師』の資格を持っていますが、この模擬戦ではどれくらいの規模の魔法が許されるのでしょうか」
「特に使用魔法に制限はない。
自分でどの程度の威力の魔法を使うかを判断してくれて構わないよ」
「わかりました」
わー、既に『中級魔法師』の資格持ちかー。
確かソレって『上級魔法師』の次に位置する資格で国が定めた超高難易度の試験を合格しなければならなくて、普通は10年、20年の歳月をかけても取れるかどうか、って言われているんじゃなかったっけ。
「キャリー=ミスティ様は史上最年少で『中級魔法師』の資格を取られ、この学園内で最も『勇者』に近いと目される人物でありますよ」
「うわっ!ファーティラさん!?」
いつの間にか僕の近くにはファーティラさんが立っていた。
他の2人のお付き……ウォッタさんとカキョウさんも一緒だ。
アリーチェさんを模擬戦開始の位置まで運んだあと、ここまで移動してきたらしい。
「最も『勇者』に近い……この学園でも最強レベルの実力者ってことじゃあ……!」
「ええ、そう考えるのが妥当かと」
僕が愕然となりながら言葉を発しているのに対し、ファーティラさんは実に冷静そのものだった。
確かに魔法での勝負ならアリーチェさんだって相応に戦えるとは思う。
あの高圧水流の《エミッション・アクア》の威力も既に何度か見せて貰ってはいる。
でも、アリーチェさんはマジックハーブを咥えなければ碌に動けない身体……
魔法を唱える以上今回はそんなことは出来ないだろう……
つまりアリーチェさんはあの椅子から動けないも同然……
この戦いは余りにも……
「御心配には及びませんよ、フィール様。
魔法『だけ』での勝負……これならばアリスリーチェ様に負けはありません」
「えっ?」
ファーティラさんの言葉への疑問を他所に―――
「それでは……はじめ!」
その試合は、始まった――!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
コーディスの合図の直後に、キャリーは仕掛けた。
「では、この辺りから」
そう言いながら、キャリーは右掌を掲げると――
「《ファイアー・ジャベリン》」
その掌の上に、長さ1メートル程の『炎の槍』が現れた。
観戦している生徒達からざわめきの声が生まれる。
そして、キャリーはその『炎の槍』を――
「はっ!」
アリスリーチェへ向かって放つ!!
槍は一直線に、風のような速さで飛ぶ。
「アリーチェさん!!」
観戦している生徒達の中から、1人の少年の叫び声が聞こえた。
アリスリーチェは――
「ふっ――」
実に楽しそうに笑みを浮かべ、右手を前へ差し出し――
その右掌と『炎の槍』が衝突する。
すると―――
――シュウゥッ………!!
「……っ!!!」
キャリーはその眼鏡の奥の瞳をわずかに見開いた。
確かにアリスリーチェへと放たれたはずの『炎の槍』が―――
完全に『消失』してしまったのだ。
「ふふっ……貴女、お優しいのですね。
今の炎、かなり低温にされておりましたでしょう?
あれだけの速度を出す『炎の槍』の威力だけを抑えるという、とても繊細な調整……
流石は『勇者』に最も近いと言われるだけはございますわ」
「………………………………………」
キャリーはアリスリーチェの言葉に何も返さなかった。
その代わりに――
「周りの生徒達に忠告します。
もう少し離れてください」
この試合を観戦している生徒達に向かって警告をした。
「『準』高等魔法でいきます」
「えっ……」
高等魔法……その名前が出て来た時、1人の少年から戦慄の声が上がった。
そして、キャリーは再び、右手を天高く掲げると――
「《ヘルフレイム・パーム》」
―――キュウゥゥ…………!
その『魔法名』を唱えると共に、何かが収束するような音が響き渡り――
―――ゴォウウウウウウウウウウ!!!!!
「うおわああああああああああ!!!」
直後、彼女の頭上に、巨大な『炎の掌』が出現した。
凄まじい熱量を放つその手の存在に、周りにいた生徒達は一目散に距離を取った。
「多分即死はしないはずですので。
すぐにアリエス先生の治療を受けてくださいね」
「………………………………………」
キャリーのその言葉に、アリスリーチェは特に反応を示さなかった。
ただ先程と変わらぬ笑みで、その『炎の掌』を見つめていた。
「では―――」
キャリーが、掲げた手を振り下ろす。
そして、頭上の掌がそれに追従するように、落ちてくる。
その先にいる、アリスリーチェへ向かって……!
1人の少年から、彼女の名を呼ぶ悲鳴のような声が聞こえた気がした。
眼前へ迫る『炎の掌』を前に―――
「素晴らしい魔法ですわ。
ですので、少しお借りしますわね」
「えっ?」
キャリーは、確かにその声を聴いた。
そして、アリスリーチェは斜め上へ向けて右掌を挙げ―――
巨大な『炎の掌』と触れ合った。
すると―――
『炎の掌』はピタリと止まり―――
―――キュオオオオオオオ!!!
アリスリーチェの掌と『炎の掌』の間で、熱と気流の奔流が湧きおこる!!
「まさか……炎の……制御が……
奪われる………!?」
キャリーは明確に、その顔を驚愕に染めた。
そして―――!!!
―――ボォォォォオオオオオ………!!!!
アリスリーチェは、いつの間にか右手人差し指を顔の前に立てており―――
その指先、上空には―――
巨大な『炎の蝶』が存在していた―――
それは、かつてアリスリーチェがある少年の前でささやかな魔法を実演して見せた時を彷彿とさせる光景。
ただし、この場で生まれた『炎の蝶』は、その時とは違いとても『ささやか』などと呼べる代物ではなかったが。
「では、お返ししますわ」
アリスリーチェは、指先をちょい、と前へ倒した。
すると、その指先から繋がっている炎の線をたどる様に―――
『炎の蝶』は、キャリーへと舞い降りる―――
「―――っっっ!!!」
キャリーは、無駄と分かっていながら身を守る様に両腕を交差し、目を閉じた。
そして―――
――――ゴオオオオアアアアア!!!!
『炎の蝶』が大地へと降りたことを示す轟音が、辺り一面を満たした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……………?」
キャリーは、その音が聞こえて、十数秒が経ってから、目を開けた。
己の身に何も起きていない、という現状を把握するのに、更に十数秒を要した……
そして、キャリーが眼前へ目を向けると―――
「!!!!」
目の前の地面には、巨大な蝶の形の焼け跡が出来上がっていた―――
どうやら、『炎の蝶』はキャリーへと落ちる直前、その軌道を変えたらしい。
もしそうなってなかったら、彼女もこの蝶の跡になり果てていたことだろう……
「あらあら、わたくしとしたことが目測を誤ってしまいましたわ。
折角の魔法がもったいないことですわね」
アリスリーチェは、実に白々しい言葉を堂々と発していた。
「それで、キャリーさん。
これから、いかがいたしましょうか」
「………………………………………」
少しの間の沈黙の後………
「……降参。
どうやらこの形式の戦いは、余りにアナタに有利過ぎる。
全く先生方もいい趣味しておりますね」
「そこまで。
勝者、アリスリーチェ。
まぁ、彼女は昨日散々酷い目に会ってしまったしね。
少しはいい思いしてもよいのではないか、という考えがあったのは否定しないよ」
「そういう話は本人の聞こえない所でして欲しいものですわね」
こうして、この日最初の模擬戦は終わりを告げた……