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第1話 僕と二度目の朝


―――チュンチュン………


「うぅぅん………」


僕が勇者学園に来て二日目の朝が来た。

初日の朝を思い出すスズメの鳴き声………


まさか、と思いゆっくり目を開けると……

……どうやら今回はキュルルは潜り込んできたりはしていないようだった。

まあ、昨日しっかり言い聞かせておいたし……

いやでも、あの時のキュルルの反応は……


『分かったー!もうこっそり忍び込んだりはしなーい!

 でもさ!ボク寝相悪いからさ!眠っている内にベッドから転がり落ちちゃって、そのまま部屋からも転がり出ちゃうかも!

 そんでさ、偶然ボクの指が鍵の形状に変形してて、偶然それがフィルの部屋のドアの鍵穴に嵌まり込んで、偶然ドアが開いちゃって、偶然ボクがフィルの部屋に転がり入っちゃって、偶然フィルのベッドに転がり飛び込んじゃったりしちゃったら、それはしょうがないよねー!』

『いや転がり飛び込むってなに!?』


………かなり怪しい……というかアレもう侵入予告だよね……

まあ、でも、実際キュルルはこうしていない訳だし、なんだかんだで我慢してくれて――


「おはようございます。フィル。

 本日も実によい学園活動日和でありましてよ」


………なんか、キュルルとは別の女の子の声が聞こえて来た。

あと、なんか紅茶のいい香りが漂ってくる。


僕はベッドから起き上がり、声の方へ目を向ける。


「それにしても、貴方は朝は弱い方でしたの?

 学園活動が始まるのは朝8時からですわよ。

 もう20分もないではありませんの。

 『勇者』を目指したる者、せめて1時間は前から準備を終えておかなくては――」

「いやあの何してるんですかアリーチェさん」


僕の部屋の中で悠然と豪華な椅子に座り、豪華なテーブルの側でティーカップ片手に実に優雅に紅茶の香りを楽しんでいるアリーチェさんに僕は声をかける。


お付きの人達も当たり前のように側にいた。

この前の外で見た時のスタイルそのままに、僕の部屋の中に彼女たちは佇んでいた。


この屋内であの日傘は何の意味があるのか。

あのテーブル絶対ドア通らないと思うんだけどどうやって入れたのか。

っていうか狭い。ただでさえ一人用の部屋には十分過密な人数なのにあの豪華な家具類によって殊更狭い。


なんかもう言いたいことがあり過ぎて僕が声を発するのに軽く数秒を置く羽目になった。

とりあえず………


「なんでアリーチェさんが僕の部屋の中に……?」

「最初はドアをノックしたのですが返事がないようでしたので鍵を開けて入らせて頂きましたの」

「いやそこでナチュラルに部屋に入る選択を取らないでください」


そもそもどうやって入ったの……?


「しかし貴方も不用心ですわよ?

 つい昨日、不埒な侵入者がこの部屋に現れたばかりですのに以前と同じままの鍵をお使いになられているなんて……

 念のためカキョウに作らせた超特殊加工錠に取り換えておいたのですが正解でしたわね。

 痕跡を見る限り、やはり今日もあの不埒者は侵入を試みようとしたようですわ。

 全く油断も隙もありませんのね」

「いやちょっと待って、なに鍵取り換えたって。

 一体いつの間に、っていうかなんで僕に何も知らされてないの」


「というわけで、これからはこのわたくしの家の家紋が印された特別な鍵をお使いくださいな。

 とても貴重なモノでこれ以外はもうわたくしの持つモノしかありませんのでくれぐれも失くしたりしないでくださいね」

「いやあのちょっと、なんかおかしいですアリーチェさん。

 なんでごく普通に貴女が僕の部屋の鍵をお持ちなんですかアリーチェさん

 僕の台詞聞こえてますかアリーチェさん」


―――バーーーン!!


「きゅるーーー!フィルーーー!!

 昨日ね、昨日ね!!フィルの部屋行ったらね!!

 全然鍵開けられなかったのーーー!!

 ボク何度も、何十分も挑戦したのに全然―――」


「……………………………………………………」

「……………………………………………………」


「キュるるるるあああああああ!!!

 巻貝女あああああああああああ!!!

 なんでここに居るうううううう!!!

 っていうかもしかして昨日のもお前の仕業かああああああ!!!」

「アナタこそ何を当たり前のように不法侵入報告しているんですのおおおおお!!

 体裁ぐらい取り繕いなさいいいいいいいいい!!!

 この粘菌女あああああああああああ!!!」


「あのおおおおおおおおおおおお!!!

 頼むからここで昨日の再現は止めてえええええええええええええええ!!!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



《 - エクスエデン校舎・第二天 - 》


「警備局からの報告だが、やはりレディシュ=カーマインは例の便箋、オリハルコンの鎧、結界のマジックアイテム等について何一つ知らないようだ。

「アリスリーチェ君が聞いた通り、か。

 まあ、予想通りだね」


ここは以前にも使われていた協議室。

前回は参加していなかったリブラも今日はここに来ていた。


その協議内容はつい昨日起きた事件。

アリスリーチェ暗殺未遂についてだった。


あれから一夜明け、レディシュを引き渡した警備局からの報告をこの場の全員に共有している所であった。

ちなみに『クライアント』からレディシュが受け取った諸々の仕事道具に興味を示したリブラが真っ先に報告書を受け取ったので内容は彼女から伝えられていた。


「コーちゃん、君はこの事件をどう考える?

 アリチっちを呼び出すのに使われた便箋の刻印は間違いなくガーデン家の重鎮しか持ちえないマジックアイテムによるもの……

 これは単なるガーデン家のお家騒動なのかな?」

「ガーデン家にそういった血生臭い内部事情がある、という話は聞いたことがないが……

 なにせ大陸の食糧事情を一手に担っているとも言われている最上級貴族の家柄だからね。

 我々も知らない内情が隠されていないとも限らない。

 まあ、現時点では断定はできないね。

 ただ……」


コーディスはちらり、と隣の机の上を見つめる。

そこにはガーデン家の家紋入り便箋、オリハルコン製の鎧、結界用のマジックアイテム……件の『クライアントからの仕事道具』が積まれていた。


「ガーデン家の問題にせよ、そうでないにせよ、アレらの出所はハッキリさせておくべきだろうね」

「同感だな。

 どれ一つとして決して容易には作れはしない代物ばかりだ。

 財力、作製技術、コネクション……これらを用意するのに一体どれだけの労力が必要になるのか見当もつかないよ」


リブラはオリハルコン製の鎧にべたべたと触りながら実に愉快そうに話していた。


「まあ、それらに関しては私の方から国王に話を通しておこう。

 これだけの代物をこの街の中へ密輸入させるには相応の無茶があったはずだ。

 輸送ルートを片っ端から洗い出してもらうよ」

「はっはっは。

 この学園設立だけでもう相当頭を痛めただろうに追加で面倒事とはヴァっちんも災難だ。

 また彼の嫌味のタネが増えたな」

「あの、お母さん……

 もう言っても無駄だと分かってはいるけどさ……

 仮にも国王様にその呼び名はさ……」


アリエスは全身で肩を落としながら声をかけた。


「とりあえず、この件に関してはここまでとしようか。

 そろそろ活動時間になるしね。

 では諸君、今日の活動準備に取り掛かってくれ」


その言葉と共に、協議室内にいた講師達は退出していった。


「ふむ、私はもう少しだけこの道具らについて調べておきたいな。

 アリりん、少し手伝ってくれ」

「はぁ、全く……本当に少しだけだからね?」


アリエスはぶつくさと文句を言いながらリブラの指示に従って解析魔法をかけていく。


そうして、コーディス、リブラ、アリエスだけとなったこの部屋の中で――


「それにしても……」


リブラが、何気なしに声を発してきた。


「昨日のフィーたんには驚かされたよ。

 彼の『エクシードスキル』……

 【フィルズ・キッチン】にはね」

「お母さん……

 本当にその名前で登録しちゃったの……?」

「ああ、そうだが?

 何か問題でも?」


アリエスはフィルに心の底から同情した……


「新生したばかりのスライムに自らの身体の一部を捕食させ、そのスライムを接種する。

 このプロセスを踏めば他の人間でも同様の現象が発現できるかもしれないな。

 可能であれば様々なサンプルを取っておきたいものだ……」

「あの、お母さん?

 あまり倫理観に反する思考をぶちまけられたら私も流石に縁を切ることを考えちゃうから発言には十分気を付け――」


「不可能だよ」


コーディスがリブラとアリエスの会話を遮るように声を上げた。


「フィル君のような事例は二度と起きない。

 君も分かって言っているのではないか?

 リブラ君」

「ははは、バレてたか」

「えっ?えっ?」


アリエスはコーディスとリブラの会話の意図が理解出来ずにいた。


「まず前提として、スライムに身体の一部を捕食させ、スライムの身体を食べる、という行為を成立させるためには、フィル君とキュルル君のような関係性の構築が不可欠だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()


コーディスは窓際へと移動しつつ、言葉を続けた。


「何故なら、本来スライムにそれ程の知能はないからだ」


「えっ……?それって………

 あっ―――!!」


アリエスは、その言葉の真意に気付いた。


「人類が魔王に追い詰められた一番の要因。

 人類に匹敵するほどの戦術を駆使する魔物達。

 それを可能としていたのが、魔王の『力』だった。

 戦術的思考を可能とするほどの知能の会得……

 キュルル君がフィル君の言葉を理解し、コミュニケーションまで取れていた理由がそれだ」

「そして、魔王は打ち取られ、同時に魔王の『力』も消失……

 魔物達はそれ以前までの獣同然の知能へ戻ってしまった……」


リブラはお手上げのポーズで溜息をついた。


「しかし、それならどうしてキュルルルンは未だに人間と遜色ない知能を持ち続けているのかな?」

「魔王の『力』が完全に消失し切ったわけではない……

 あるいは、『力』自体は消失はしていてもかつての戦術的思考による行動の感覚が身体に残っている、ということもありうる……

 ただ、それだけであれだけの理性が残っているのも解せないが……」


コーディスは窓の外、生徒が集まりだした広場を見下ろしながら話を続ける。


「単純にキュルル君本人の意志が強かった、というのはどうかな?

 フィル君との『思い出』と『誓い』を忘れたくない……その感情が未だ彼女の理性と知性を繋ぎとめている……私としてはこの説を推したいね」

「はっはっは。ロマンチストだな。

 嫌いではないよ」


コーディスとリブラが軽く笑い合う。

そんな中――


「あの……お母さん……コーディスさん……」


アリエスは周りを警戒するように、遠慮がちに声をかけた。


「『魔王』に関する話は……

 その、あまりしない方が……

 誰が聞いているとも分からないですし……

 うっかり、話題に出してはいけないことを話してしまう可能性も……」

「話題に出してはいけない事?

 ああ―――」


コーディスは、こともなげに――


「『魔王』が実は人間であることとかかい?」

「―――っ!!!」


その禁じられた『話題』をあっさりと口にする。


「別に殊更隠し立てするようなことでもないと思うのだがね。

 巷ではそれなりに噂されていることだろう。

 魔物が人間並の戦術が使えるようになった。

 その真相はずばり魔王が人間そのものだからである、とね」

「街の怪しいゴシップ記事に載っている文面と、勇者一行である貴方の発言と!

 どちらがより重要かよく考えてください!!」


アリエスは思わず声を荒げてしまう。

彼女はふぅ……と呼吸を落ち着けるとなるべく冷静に努めようした。


「くれぐれも……

 その『先』の話は決して口にしないでくださいね」

「ああ、分かったよアリエス君」


コーディスは、流石にアリエスの心情を慮った返答をする。


が―――



「その『先』……

 ああ、『魔王』の正体が勇者一行の『元』仲間ってことかい、アリりん」



リブラは全く空気を読まずに発言した。


「おっ……母………!」

「あ、ごめん、つい」

「本当にもう、いたたまれないなぁ」


アリエスはもはや感情が振り切れてしまったのか口をパクパクさせ、うまく言葉を発することが出来なかった……

そして、何かを言おうと両腕を振り上げるも………


「……私、もう行きます……

 それでは……」


結局両腕をガックシとぶら下げ、部屋から退出することとした。

もはやこれ以上会話を続ける方が藪蛇だと判断したようだ。


そして、部屋を出る直前――


「この学園の講師にも、魔王や魔物に強い恨みを持つ者は少なくありません。

 その秘事は勇者学園……いえ、『勇者』という存在そのものを揺るがしかねない。

 そのことをどうかお忘れなきようお願いいたしますよ……」


そう言って彼女は部屋を後にした。


「ふっ……『勇者』という存在か……

 どう思う?コーちゃん」


リブラは窓際に立つコーディスへと声をかける。


「私には何も分からないさ。

 ただ、自分が正しいと思った事を行うだけだよ」


そして、眼下の生徒達の中に、一匹のスライムと、1人の少年と、1人の少女の姿を見つける。

スライムと少女が言い争い、少年が必死にその場を治めようとしている。

そこでは魔物が、ごく自然に、人間の輪の中に存在していた。


それを見ながら、コーディスは呟いた。


「皮肉だね……

 君の見たかった景色が、よりにもよってここで見れてしまうなんて」


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