第11話 君の魔力値と貴女の様子
《 エクスエデン校舎・1階廊下 》
「えっと……今キュルルはどこにいるんだろ……」
とりあえず、キュルルの部屋から探してみてようかな……
―――ん?
「あれって……」
僕の目に廊下の壁に立てかけられた掲示板が目に入った。
その上部には『魔力値ランキング』という題名が掲げてある。
そういえば……
『校舎内に『魔力値』や『格闘能力』、『魔法能力』など様々な項目のランキングを載せておく。
各々の得意分野や苦手分野を分析して実力の研鑽に役立ててくれ』
ってコーディス先生が言ってたっけ……
僕が目にしたところは丁度最下位の名前が載る欄であり、そこに記されていた名前は……
100 : フィル=フィール
500 : アリスリーチェ=マーガレット=ガーデン
4500:コリーナ=スタンディ
………………………
うーん………分かってはいたけどね………
そしてアリスリーチェさん以降の人達は低くても『4000』以上……
やはり僕とアリスリーチェさんの2人はこの学園内でも格別に低いということか………
ついでということで、最上位の人達の名前も見ていくと……
……………………
20000 : レディシュ=カーマイン
25000 : ファーティラ=ガーデニング
28000 : キャリー=ミスティ
……………………
確か、ファーティラって人はアリスリーチェさんのお付きの人だったはずだ。
やはりと言うかなんと言うか、平均値の2倍以上の数値の人達が並んでいるなぁ……
そして、第1位は―――
「うええええっ!!!???」
50000 : キュルル=オニキス
キュ、キュルル………
『魔力値』…『50000』……!?
「フィーールーーーー!!」
――ダッ!!
「うわっ!キュルル!?」
突然後ろからキュルルに抱き着かれた。
「ねーねー何してるのーー?
何してたのーーー?」
「い、いや、ちょうどキュルルを探してた所なんだけど……」
「え!?ほんとーー!?
えへへーーー……」
僕の言葉をどんな風に捉えたのかキュルルは照れたような笑みを浮かべている……
「そ、それよりさ、キュルル……これって……」
「んー?
ああ、『魔力値』検査ってやつだっけ?
昨日、アリエスにやってもらったの!」
キュルルはアリエス先生も容赦なく呼び捨てだ……
「なんかねー、ぼやーって光った紙を見た後、アリエスすっごく驚いててね。
他の人間も連れてきて同じことやったんだけど、やっぱりソイツも驚いてね。
すっごい震えながらこの紙渡してきたのー」
「へーー……」
僕の検査結果の時とまるで同じ反応だ……
その内容に関しては完全に真逆だけど……
っていうか僕があの時浮かれて妄想してた反応の理由そのまんまだな……
「この紙に書かれてる魔法も楽しいよねー!
《エミッション・フレイム》!!」
―――ボォオオオオオオ!!
「もう当たり前のように使えてるし……
っていうか威力凄ッ!!??」
もう何もかもがキュルルに置いてかれた気分だ……
肩を落としながらも僕は元々キュルルを探していた理由を話す。
「あのさ、医務室でリブラ先生って人がキュルルに話を聞きたいんだって」
「きゅる?ボクに?何を?」
「さあ……僕の『魔力値』に関する話のはずなんだけど……」
「んきゅ!よく分かんないけどフィルに関係することなら行くよーー!!」
キュルルは実に無邪気に跳ね回りながら答える……
「それじゃ、早速行こうか……
―――ん?」
角を曲がろうとした時……
廊下の奥に見知った人影を見つけた。
「あれは……アリスリーチェさん?」
「きゅ?巻貝女?」
実に珍しいことにたった一人だった。
いつも彼女のそばに寄りそっている3人のお付きの姿は見当たらない。
何やら周りを気にして、視線をあちこちに向けている。
まるで誰にも見つかりたくないみたいだ……
そして、どうやらこちらの方は僕らが丁度顔を出したタイミングで見終えたようで、僕らの存在にアリスリーチェさんは気付かなかった。
そうして、誰にも見られていないことを確認したら、足早に車椅子を移動させ――
えっ!あの椅子自動移動機能なんてあったの!?
なんて僕が驚いている間にアリスリーチェさんは僕らの視界から消えてしまった。
「どうしたんだろ……あっちって確か校舎の出入り口の方じゃなかったっけ……
お付きの人達もなしになんで外に……?」
「きゅるー、きっと街って所に行くんじゃないのー?
それよりこっちも早く行こうよーー!」
キュルルが僕の腕を引っ張って医務室に行こうと急かす。
でも、あの様子は………ちょっと変だったし……
なんだか顔つきにも緊迫感があったような……
………どうも気になるなぁ………
「僕、ちょっと話を聞いてくる!
キュルルは先に医務室行ってて!」
「えー!ちょっとフィルー!!」
不満そうな声を出すキュルルを尻目に僕はアリスリーチェさんを追いかけることにした。
「話を聞き終えたらすぐ戻るからーー!」
「もおー!すぐだからねーーー!!
すぐ話終わらせてねーーー!!」
そんなキュルルの声を背中に浴びながら僕は校舎の入口へと走ったのだった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれー?いない……?
街の方へは行ってないってことなのかな……?」
校舎から出て、広大な広場を見渡すがアリスリーチェさんの姿はなかった。
遮蔽物も碌にないので街へ出るための門へ向かっているのならすぐに見つかるはずだ。
でも、そうなると一体どこへ……
今の時刻は午後4時ごろ。
広場にはまだ生徒の姿がちらほらと見え、魔法の練習をしていたり、軽い模擬戦の続きをしていたりしている。
この生徒達の中にでもいるのかな……
僕はキョロキョロと辺りを見回すと……
「ん……?これって……」
すぐ近くに奇妙なものを見つけた。
この学園の校舎の壁沿いには、背の低い木が並んで立つ花壇が敷かれているのだが……
その木と校舎の壁との間、丁度人一人分が通れそうな隙間の道の上に、轍のようなものがあったのだ。
「これってもしかして……アリスリーチェさんが座ってた車椅子が通った跡……?」
どうやら……広場に居る他の生徒達に気付かれないように移動がしたかった、ということらしい……
一体……どうして………?
とにかく僕はその轍の跡を追った………
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「………………………………………」
アリスリーチェは森の中にいた。
そこはエクスエデン校舎の壁沿いを南側へ伝っていくと見えてくる森林だった。
校舎前の広大な広場に負けず劣らずの広さを持ち、学園側もまだまだ開拓途中である旨を生徒達に伝えており、指示がない限り立ち入りは禁止されている場所でもあった。
そのような場所にアリスリーチェはたった一人、お付きも側に置かずに来ている。
その理由は彼女の手に握られている便箋に記されている内容にあった。
『本日午後4時、校舎南部の森林地帯、下記の地図の場所にてお待ちしております。
どうか貴女おひとりでご来訪ください。
貴女と、貴女のお家に関連する非常に重要かつ重大なお話があります』
というものだった。
『重要かつ重大なお話』とやらの情報は何一つなく、差出人すら不明であるその内容は普通ならば真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しい、即座に一笑に付すべきものだろう。
しかし、アリスリーチェにはこの内容を無視することは出来なかった。
便箋の表面に打たれていた刻印……
光の当たり加減によって様々な彩色を映し出す、特殊なマジックアイテムによってのみ打つことが出来るその印は、彼女が幼い頃から見続けて来た、ガーデン家の家紋そのものだったのだ。
そのマジックアイテムは決して一般に流通などしない。
ごく限られたガーデン家本家の人間にしか持つことは許されず、製造法も完全秘匿されている究極の特注品なのだ。
アリスリーチェは精巧な偽物なのではないかと部屋の中でその刻印を調べ尽くしたが、何度見てもそれは間違いなくアリスリーチェの知る刻印の特徴と完全に一致していたのだった……
つまり……あの便箋の差出人はガーデン家の……それもあの刻印を打てるマジックアイテムを持つほどの立場の人間と関わりがあるということだ……
「………………………………………」
アリスリーチェはひたすらに無言だった。
森に入って数分、未だ誰も現れはしない。
ただの悪戯……いや、それにしては余りにも………
そんな思考に囚われていると―――
「お待ちしておりました」
アリスリーチェの前方、森の奥深くから突然の声と共に人影が現れた。
それは声質から男であることは分かったが、マントで全身をすっぽりと覆っており、その顔は伺え知れなかった。
だが、アリスリーチェにはその声に聞き覚えがあった。
その声は―――
「私ですよ」
マントの隙間、僅かに覗いたその顔は、紛れもなく昼間アリスリーチェの前に跪き、手を取った赤髪の男、レディシュ=カーマインであった。
「………………………………………」
「どうかしたのですか?
先程からそのように押し黙ってしまわれて……
どうか私に貴女の美しい声を聞かせてはくれませんか……?」
アリスリーチェはまるで何も聞こえていないかのように、何一つとして言葉を発しはしなかった。
「ふふ……まあ、無理もありませんね……
あのような不躾な手紙でこのような場所に貴女を誘い出したりしてしまったのですから……
ですが……どうしても貴女に伝えたいことがあるのです……」
―――ザッ……
レディシュはアリスリーチェへとゆっくり近づきはじめた。
「貴女を一目見た時から………
ずっと……」
アリスリーチェは椅子に座りながら、尚も押し黙り続けている。
「そう、ずっと………
この気持ちを伝えたかった……」
そうしている内に、レディシュはアリスリーチェの目の前まで辿り着いた。
「ずっと、貴女を………」
そして――
そのマントの隙間から――
銀色の刃が覗き――!
「こうしたかった!!!!」
その言葉と共に、その長剣の切先がアリスリーチェへと向かった。