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第10話 僕と追想


「やれやれ……

 全くあの方達ときたら……

 既に限界容量スレスレの貯蔵量なのに無理やり魔力を詰め込もうとしたり、その場での解体レベルで『マジック・ウィルチェアー』を点検しようとしたり……

 あれってかえって故障の原因になりかねないんじゃありませんの……?」


そんなことを呟きながらアリスリーチェは部屋の前まで移動してきていた。

現在、彼女の周りにお付きの姿はない。

先の彼女の申し付け通り、各々が自由に『お休み』の時間を過ごしている所だ。


「しかし、『アリスリーチェ様のご命令に従い、全力を以って『お休み』をさせて頂きます!!』などといって全速力で街に繰り出していきましたけれど……

 あの方達本当に『お休み』の意味分かっておりますのでしょうね……?」


今、アリスリーチェは肘置きの先端部に配置されている操作盤に手を当て、豪勢な装飾が施された車椅子を移動させていた。

彼女が座っている『マジック・ウィルチェアー』は込められた魔力を消費することによって一人でも自動移動させることが出来るマジックアイテムなのだった。


「ま、いいでしょう……

 早くお父様達への報告を書き上げなくては……

 スリーチェへの返事も早くしなければ面倒なことになりそうですわね……」


そうして、部屋の扉をあけると―――


「《エミッション・フレイム》」


その言葉と共に、指先から放たれた炎の蝶が部屋の壁に備え付けられている複数のランプへ次々と飛び移り、灯をともしていった。


「児戯のような魔法も、使いようと言った所ですわね」


もっとも、このような使い方が出来るのは彼女ぐらいなのだが。

そして、役目を終えた蝶は彼女の元へと戻ると、その華奢な掌に包まれて、消えた。


「さて、それでは……

 ――ん?」


書きかけの書簡が置いてある机へと進もうとした時、アリスリーチェは部屋の床に何かを見つけた。

それは、小さく折りたたまれた便箋であった。


「これは……誰かが扉と床の隙間から部屋に入れたのですか……?

 しかし、それにしてはドアから離れた位置に……

 いえ、《エミッション・ウィンド》でも使って風を吹き込めば可能ですわね……

 一体誰が……」


今朝、部屋を出る時にはこんなものはなかった。

ならば模擬戦の最中……

もしくは活動が終わってすぐここへと来て、投げ入れたということだろうか。

わざわざ魔法を使って部屋の中まで飛ばし、気付きやすくしているとは……


「いずれにせよ……

 このようなもの、わざわざ読むに値しませんわね」


大方、大貴族である自分に密かにお近づきになりたい、などという俗な目的のものに違いないだろう。

その内容に目を通そうともせず、即座に燃やしてしまおうと、再び炎の蝶を生み出そうとしたその直前―――


「―――っ!!??」


アリスリーチェはその便箋に記されていた刻印を見て、動きを止めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それでは、改めて聞こうか。

 まずは、そうだな……

 君がかつて勇者に救われた時の……

 村に魔物の群れが襲来した時の話からだな」

「は、はい………えっと……」


なんとか気を取り直した僕はリブラ先生の言葉によって、過去に思いを馳せた。


「あの……フィル君……

 あまり無理して思い出さなくてもいいよ……?

 魔物に襲われた時の記憶なんて……」


アリエス先生が僕を気遣う声をかけてくれる。

ホント、優しさが身に染みる……


「いえ、大丈夫ですよ。

 確かに怖かったですけど、勇者様のおかげで誰1人死なずに済みましたから。

 それで、僕もあまり正確に覚えてはいないんです。

 あの時は、とにかく沢山の魔物が現れて、もう何がなんだか……って感じでした」


あの日、僕は確か外で遊んでいた最中だったと思う。

その頃は人類が魔王からの攻勢で生存圏をどんどん奪われていって、物凄い危機的な状況だったらしいけど、幼い僕はそんなことまるで気にしていなかった。

時々、村の大人達が『どこそこの街が落ちた』だとか『まさかここまで……』とか深刻そうな会話をしているのは見たことがあるけど、大人の話は子供の自分には関係ないだろう、なんて考えていたのだった。


そんな僕の村へ現れた魔物の集団はまさに青天の霹靂だった。

僕はあの日から、僕の住むこの大陸が今途轍もなく危うい状況なのだと認識したのだ……


「ふむ……その魔物の集団がどの程度の規模だったのかは覚えているかな?

 あと、その魔物達の種族なども覚えている限り教えてくれ」

「はい、えっと……曖昧な記憶ではありますけど……少なくとも十数匹はいたのは間違いないと思います。

 種族に関しては、大きなドラゴンに、一つ目の巨人……確か、サイクロプスでしたっけ。

 それに、人の形をした狼……ワーウルフが数匹……もしかした数十匹だったのかも……

 僕が気付いてないか、忘れただけで他にもいたかもしれません……」

「ふむふむ………」


リブラ先生は僕の言葉を手元のメモ帳に書き記しているようだ。

ぺらっとめくられた時に書かれている文字が少し見えたが、とてもじゃないが人が読めるような筆記とは思えなかった……

やはりこの部屋のヘッタクソな字の看板はこの人が書いたのか……


「なるほどね……そして、勇者アルっぴ一行が助けてくれた、と」

「アルっ……!

 まあ、はい……そういうことです……」


この人の他人の呼び名に対して反応していては多分身が持たないんだろうな……

ちらりとアリエス先生を見ると、黙ってコクリ、と頷いていた……


「その時のアルっぴ達の様子はどうだったかな?

 何か話をしたりは?」

「いえ、僕もよく分からないうちに魔物達があっという間にやっつけられていって……

 結局、お礼を言う暇もない内に、勇者様達は村から離れていってしまったんです。

 あ、でも、そういえば……」


「どうした?」

「いえ、その、大したことじゃないんですけど。

 村から離れる前に、勇者様達がこちらを見ながらお話をしていたような気がしたんです。

 内容は聞こえなかったし、それ程長い時間話してたわけでもなくて、すぐに移動しちゃったし……

 それ程重要な話でもなかったとは思うんですけど……」

「ふむ……後でコーちゃんに聞いておくか……」


コーちゃん………

もしかしなくてもコーディス先生のことか………


「うん、村が襲われた時の話はそれぐらいでいいだろう。

 では、次は君と例のスライムのことについてだ」

「はい……キュルルとのこと、ですね」


あの日のことに関してはハッキリと覚えている。

あんな体験、忘れようがないだろう……


「それで先程、私が君に聞いたことだが」

「先程……」


ああ、『アレ』かぁ……

ホントいきなり何だったんだ『アレ』は……


「アリりんから聞いてはいるが、君はスライムと一緒に井戸に落ちて、10日間を過ごしたらしいな。

 そして、互いの飢えを満たすために、君はスライムの身体、スライムは君の髪を食べ合ったと」

「ええ、はい、そうですけど……」


「その期間中、排泄はどうしていたのかな?

 それだけの日数ならばどうしたって避けては通れないことだと思うが」

「えっと、それは…………………………」


…………あれ?

そういえば……


「ふむ、その様子だと、やはり一切の排便、排尿をしていなかったということか」

「え?えっと、んーと…………

 は、はい………そう…………なります…………」


あの時、そんなことに気をまわしている余裕なんてなかったから全く気付いてなかったけど………

確かに考えてみれば…………そうだった…………


「私がその話を聞いてまず真っ先に気になったのがそこだったのでな。

 普通、便が出ない状態が1週間も続けば何かしら身体の不調があってもおかしくないはずなのだが、その時の君はどうだったかな?」

「いえ、特にこれといって何も………」


連日、時間さえあれば壁登りの挑戦を繰り返せるほどだったし……

うっ!無駄な挑戦だった、という負の感情が……


「その疑問解消の気持ちがどうしても先行してしまい、あのような質問を真っ先にしてしまったというわけだよ」

「ならせめて井戸の中のこととか、もっと言葉を付け足してください……

 いきなりあんなこと言われたって反応に困りますよ……」

「いや割りといい反応だったと思うが」


そうして、リブラ先生は再びメモに走り書きを始めた。


「ふむふむ……つまり君は体内に取り込んだスライムの身体を()()()()()()()()()と………」

「あの……それって……?」


一体それが何を意味しているのか……?


「まぁ、とりあえず話の続きだ。

 それでは次は―――」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ふむ、これぐらいでいいだろう」

「はあ………」


結局、結構な時間話し込んでしまった……


それで………


「あの、リブラ先生……

 僕の『魔力値』のことは……」

「ふむ、私なりの推測は出来ているよ」

「!!

 ホントですか!?」


一体、それは……!?


「ただ、その推測に確証を得るために、そのスライム君にも話を聞いておきたいな」

「え……キュルルに?」


それって……

僕の『魔力値』には何かキュルルが関係して……?


「フィーたん、すまないがそのキュルルルンを探して、呼んできてはくれないかい?」

「は、はい分かりました。

 ……あの、『ル』増えてませんかそれ……」


僕は椅子から立ち上がりキュルルを探しに部屋を出ようとする。

その直前――


「ああ、そうだ。

 その前にひとつ聞いておきたいことがある」

「はい?」


リブラ先生に呼び止められた。


「君は、簡易魔導書の魔法を試してみたかな?」

「え?魔導書……?

 あ、そういえば……」


僕がいざ試してみようとしたその時、ブラックネス・ドラゴンの騒ぎが起きて……

そのまま有耶無耶になったままだった……


「もし今簡易魔導書を持っているならここで試してみてくれないか?」

「え、ええ……持ってますし、いいですけど……」


僕は懐から丸めておいた用紙を取り出した。


まさかここで改めて魔法の実践を行うことになるとは……

少し緊張してきた……


「ボヤなんかが起きても困るしな。

 《エミッション・アクア》辺りを試してみてくれ」

「わ、分かりました……

 それでは……!」


僕は右手の人差し指を上は向けた。

えっと、ただ唱えるだけじゃダメなんだったよね。

ちゃんと魔法の内容をイメージしないと……

指先から水が出るイメージ……

こう、広場の噴水とかを指に置き換えて……

うーん、しっくりこないなぁ……

そういえば水といえば料理に使う時に井戸から汲んでくるのがすっごく大変で……

もうなんど運ぶ途中でぶちまけてしまったことやら……


「先程から動いていないけど、どうかしたのかな?」

「はっ!えっと!《エミッション・アクア》!!」


余計なことを考えていた僕はリブラ先生の声に焦ってつい『魔法名』を唱えてしまった!!

えーっと僕どんなイメージしてたっけ!?

確か噴水と井戸から運んだ水をぶちまけちゃって――


――キュウゥ……


「ん?」


つい高く掲げてしまった右手人差し指を見ると……

なんか水の球体が、圧縮されていってるような……


――パァン!!


そして、そんな破裂音と共に……


――ビッチャア!


「きゃああ!」

「おお、冷たい」


医務室中に水を撒き散らしてしまったのだった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「水の量自体はそれ程でもないのが幸いだったな。

 私達の服が濡れた程度で済んだ」

「申し訳ございません……」


リブラ先生が濡れた服のまま平然と話をしている。

ただでさえ危ない格好が水に濡れて透けてしまったことでもうとんでもなくヤバイことになっている……


「どうやら君は魔法を扱うのが苦手のようだね」


魔法を扱うの『も』ね……

体力腕力に続きこちらでもこの有様……か……


「じゃあ僕、キュルルを探してきます……」


僕はトボトボと部屋を後にした……


「ふむ、やはり……か」


そんなリブラ先生の呟きが聞こえた気がした。

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