第50話 終わりと始まり
その『声』は、それ以上響くことはなく―――
まるで何事もなかったかのような静寂が、その場には戻った。
「い、今のって……一体―――?」
フィルはしばし呆然としていたが―――すぐに『ハッ!』と前方を向き―――
「キュルルッ!!!」
静かに横たわる魔物の少女の元へと、走る!
「――スクトッ!!」
「―――っ!!」
フィルと同じく呆然としていたスクトは、ローブの人物の呼び掛けにより我に返り―――
―――バッッッッ!!!
「―――――ッ!!!」
魔物の少女―――キュルルを抱え、『防御壁』に乗りながら上空へと逃れた。
フィルは―――あと一歩のところでキュルルに手が届かなかった。
「くっ―――!!
キュルルを返せッ!!!」
フィルはすぐさま質量操作魔法で自身の体重を失くし、上空にいるスクトに飛び掛かろうとした。
だが―――
「―――!?」
フィルは、自身の異常に気付く。
「あ、あれ!?
《バニシング・ウェイト》が―――!!」
つい先ほどまでは問題なく使えていた質量操作魔法 《バニシング・ウェイト》が、発動出来なくなっていたのだ。
フィルがいくら集中しようと、一向に魔法は使えず―――ただ彼の困惑と焦りの声がその場に響くのみであった。
「ふーん……?
先程の異常なサイズの『黒い包丁』の影響、かな?
何にせよ、好都合だ」
スクトが質量操作魔法を発動できなくなったフィルを見て、にやりと呟く。
そしてそんなスクトの傍に、ローブの人物も空中を浮遊しながら近づき、話しかける。
「スクト、この場は―――!」
「ああ、分かっている。
『組み換え』作業の完了が最優先だ。
すぐに離れよう」
そうスクトが言葉を返すと、ローブの人物が片手を掲げ―――
―――シュォオオオオオ………!
スクト達の頭上に―――光の『門』が渦を巻き始める。
「アレは空間跳躍の―――!」
「させるかッ!!」
スリーチェが焦りの声を上げると、トリスティスがすかさず掌をスクトたちへと向け、『減衰魔法』をかけて『門』を消滅させようとする―――が。
「―――――!!!
消せ、ない―――!!??」
光の『門』は―――トリスティスの魔法などまるで何の影響も与えていないかのように、ひたすらに大きさを増していった。
「残念ですが……『魔王』の魔力を用いて発動された魔法は、通常の魔法による干渉は受けなくなるのですよ」
ローブの人物がフードから覗く口の端を吊り上げながら告げた。
「―――っ!!!
スクトッッ!!!」
―――バッッッッ!!!
ウィデーレが浮遊魔法で自らを浮かし、スクト達へと向かう。
しかし―――
「《アンファザマブル・ウォール》」
―――ヴンッッッ……………!!
「―――――ッ!!」
スクト達の周囲を―――半透明の薄い『壁』が覆う。
超高等防御魔法 《アンファザマブル・ウォール》
その1ミリにも満たない『壁』は、決して破ることが出来ない事を―――ウィデーレは知っていた。
「スクト……!
『それ』のストックはもう無かったのでは……!」
「ああ、だから普通に今この場で発動したよ。
流石にだいぶキツイけど―――まあここは踏ん張りどころだろう」
ローブの人物からの焦りを交えた言葉に、スクトは額から汗を流しながら応えた。
そんなやり取りをしている内に―――光の『門』は、徐々に2人を飲み込んでいく。
「くぅッ―――――!!!
キュルル……キュルルーーーッ!!!」
フィルは―――スクト達にキュルルが連れていかれるのをただ見ていることしか出来ない身を呪うように、叫び声を上げ続けた。
「フィル………っ!!」
そんなフィルに―――アリーチェは駆け寄り、力強く呼びかけた。
「フィル!! 大丈夫です!!
キュルルさんは必ず取り戻しますわ!!
わたくし達が諦めなければ、絶対に―――――!!」
「アリーチェ」
「―――――え?」
彼女をその名で―――親しい者だけに呼ばせている名で、呼んだのは―――
ローブの人物であった。
その人物は―――光の『門』の中に、消える直前――――
―――バッ………!
ローブを、取り払った。
そして――――
その素顔を見たアリーチェは―――――
呆然と―――呟いた。
「サリーチェ――――お姉、様――――?」
その時、彼女の思考は間違いなく停止してしまっていた。
それは、彼女の隣にいるフィルも―――
彼女の後方でプランティに抱えられているスリーチェも―――同様であった。
サンドリーチェ=コスモス=ガーデン。
『ヴァール大戦』で死亡したはずの、ガーデン家の長女。
ガーデン家の屋敷に飾られていた肖像画と、寸分違わず同じ顔立ちをしているその人物を見て―――彼女達は、何も考えられずにいた―――
「……いいのか? サンドリヨン」
「ええ―――『これ』が最も、効果的ですから」
スクトは素顔を曝したローブの人物を彼女を気遣うような声をかけ―――
そして、サンドリヨンと呼ばれた女性―――左目に眼帯をかけた銀髪のショートヘアーの女性は、何の情動も感じさせない瞳で応えた。
「それでは皆さん―――さようなら」
スクトにサンドリヨンと呼ばれたその女性の言葉の後―――
光の『門』は完全にスクト達―――そして、キュルルを飲み込んだ。
それと同時に、半透明の『壁』も消え―――
そこにはもう――――誰の姿も、なくなっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後―――第3王子ウェルラングとその側近メアリーと合流した彼らは一旦下山し、『レスピレーティア』へと戻った。
坑道内のシェルターに残された『ドワーフ』達はすぐに警備隊や『魔法師』による救助活動が行われ―――後日、全員の無事が確認された。
ただ1人、彼らの『統領』を除いて―――
そして、生徒達は―――言葉にすることの出来ない感情を抱えたまま、勇者学園へと戻るのだった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 エクスエデン校舎・第十天 至高天 》
―――シュォォォオオ…………!!
「―――以上が、向こうで起きたことだそうだ」
「……………………そうか」
勇者学園『エクスエデン』の校舎、最上部。
白い光を放つ球体の前で佇むコーディスは、『ヴィシオ領』にいる仲間からの伝書鳩による報告をリブラから聞いていた。
7匹の蛇が巻き付いていたその球体は、今は光量が減っているようであり、それに伴い巻き付いている蛇も6匹に減っていた。
残りの1匹はコーディスの胴体に巻き付き、彼と共にその球体をじっと見つめている。
そして、しばらく無言であったコーディスは―――静かに口を開いた。
「生徒達が戻ってきたら―――彼らをこの部屋に呼んでくれ」
「……いいのかい?」
リブラの問いに―――コーディスはコクリと頷く。
「彼らにはもう―――知る権利があるだろう」
「………分かったよ、コーちゃん」
その返事を最後に、リブラは部屋の出口へと向かった。
そして、彼女が扉に手をかける直前―――
「『何か』が終わろうとしている。
そんな気がするよ」
そんなコーディスの呟きに、リブラはピタリと動きを止め―――彼へ問う。
「『何か』って?」
「さあ……『何か』、としか言えない。
あるいは―――――」
コーディスは―――誰に聞かせるでもなく、告げる。
「『何か』が―――始まろうとしているのかもしれない」
ここまでこの作品をお読み頂き、ありがとうございます。
あと2,3章でこの物語も終わりの予定です。