第48話 スクトと目的
「姉様―――――」
イーラの呟きが、その場に響く。
彼女が今、どのような表情をしているのか―――後ろにいるフィル達からは分からない。
「イーラ、さん………」
フィルが彼女の名を呼ぶも、そこから先の言葉が出てこないようだった。
彼女にかける言葉が見つからないのは勿論―――自分自身、突如知らされた真実をどのように受け止めればいいのか分からないのであった。
そんな思考が纏まらない様子のフィルに対し―――
「フィル! まだ終わっておりませんわよ!」
アリーチェが、強い声色で話しかけた。
「お忘れではないでしょう!
貴方が―――わたくし達が今、何のために戦っていたのかを!」
「―――っ!!!
そうだ―――キュルル!!!」
アリーチェの呼び掛けにハッとなったフィルが『氷の胸像』により隠れていた場所に視線を飛ばす。
そこには、未だ胸にナイフを突き立てられたキュルルが横たわっており―――
そのナイフを握りながら、こちらを見つめるローブの人物の姿があった。
フィルはそこへ向かって、すぐさま駆け出そうとした―――
その直前―――
―――ザンッッッ!!
「―――――!!!」
ローブの人物の前に―――人影が現れる。
「ポエナさん、貴女もスプリトさんと同じ様に……約束を守れませんでしたね」
その人影―――スクトは、風の中に散っていったポエナに語り掛けるように、空を見上げながら呟いていた。
そしてそんなスクトの言葉に、立ち尽くしていたイーラがピクリと反応し―――
ゆっくりと彼の方を振りむいた。
「スクト=オルモースト………!」
彼の名を呼ぶイーラの目には―――確かな怒りが宿っていた。
そんな彼女の眼差しをスクトは正面から受け止め、口を開く。
「『よくも姉様を唆したな』なんて言ってくれるなよ、イーラさん。
彼女は間違いなく、己の意志でこの道を選んだんだ。
見当違いな怒りで彼女の生き様を侮辱することは許さない」
「………………………っ!!」
イーラが『ギリッ……』を歯を噛み締めるも、それ以上の声は上げなかった。
そんな彼らの元に―――
「スクト……これで全て終わりよ」
上空より、ウィデーレがゆっくりと降下してくる。
「大人しく……私達に従って」
そんなウィデーレの呼びかけに、スクトは答えず―――
「―――『組み換え』の進捗状況は?」
背後にいるローブの人物に向かって話しかけた。
「25パーセント程です」
そんなスクトの呼びかけに、ローブの人物は淀みなく答える。
「それなら、十分そうかな?」
「ええ、少なくとも私の方は―――」
「《ファイアー・ジャベリンーオーバー・ソニック》」
―――ヒュボッッッ!!!
スクト達の会話を遮るように―――ウィデーレは音速を超える速度の『炎の槍』を、ローブの人物に向けて撃ち放った。
先程の戦いにおいて、ローブの人物はこの攻撃を『空間跳躍魔法』を用いることにより避けることが出来たが、今この場ではトリスティスによりその魔法は封じられている。
今、ローブの人物にこれを避けるすべは―――
「ふふ―――」
ローブの人物は―――まるで楽し気な声を出しながら―――
片手を、前へと差し出すと―――
『炎の槍』と、その手が接触する―――
―――シュウゥッ………!!
「―――――っ!!!」
その時―――ウィデーレは目を見開いて驚愕した。
ローブの人物の手に、『炎の槍』が触れた途端―――
その『炎の槍』は―――完全に消失してしまったからだ。
「え―――今の、って―――」
「まさ、か―――」
フィル、そしてアリーチェは―――目の前で起きたことに困惑の声を上げる。
人の手に触れた瞬間、魔法が霧散する―――
その現象は、まるで―――
「なるほど……それがアンタの『力』と『魔王』の『力』との合わせ技か」
「ええ……取り急ぎ、今この場で有用そうなモノを使えるようにしておきました。
まあ……元々は『あの子』の『エクシード・スキル』であるということが、なんとも言えない気持ちになってしまうのですけれどね」
そんなどこか呑気さすら感じるスクト達の会話に―――
「―――っ!!
『あの子』の『エクシード・スキル』って―――!!
やっぱり今のは―――アリーチェさんの【マジック・ドミネイト】!?」
「――――ッ!!」
フィルの驚愕の叫びに、アリーチェは言葉を失ってしまう。
何故、アリーチェの『エクシード・スキル』をあのローブの人物が―――
スクト達は、そんなフィル達の疑問には答えはしない。
「―――スクトッ!!!」
その時、大声でスクトの名を呼んだのは―――ロクス=エンドであった。
彼はウィデーレの隣に立ち―――掠れた声でスクトに呼びかける。
「一体―――君は―――!!
何が―――したいんだ―――!!
君の―――目的は、なんなんだ―――!!??」
「…………………………」
スクトはロクスとウィデーレ、そしてこの場にいる者達を見やり―――静かに口を開いた。
「僕の目的は単純ですよ。
かつて偽物の『魔王』がやろうとしたことを、僕がやる。
あの人よりも、もっと手っ取り早い方法でね」
「―――――ッ!!」
「スクト、貴方―――!」
その答えに、ロクスとウィデーレは言葉を失ってしまう。
そしてロクスは――― 一番の疑問を、叫ぶ。
「どういう―――ことなんだ――!!
何故、君があの人の―――ベリルの意志を―――!?
一体―――君はいつ、彼女と会っていたんだ―――!!??」
「ああ―――それは勘違いです。
僕とベリルさん本人との接点は、一切ありませんよ」
「―――――え―――?」
ロクスは―――スクトの返してきた言葉の意味が分からず、呆けたような声を出してしまっていた。
「まあ間接的には、ベリルさんが関わってはいるんですけどね。
彼女の行動により生まれた縁が―――僕を今、この場に立たせている」
「スクト―――君は、何を――――」
困惑の声を上げるロクスに対し―――
「ま―――もういいじゃないですか。
僕の目的なんて、どうだって」
スクトはもう―――これ以上の会話を続けるつもりはなかった。
そして、ローブの人物はキュルルの胸に突き立てているナイフから手を離すと―――
スクトの隣へと立ち――
「それじゃ……さっきウィデーレさんが言っていた通り―――」
「ええ―――」
スクトとローブの人物が―――ゆっくりと、フィル達の方へと掌を向け―――
「「これで、全て終わりに―――――」」
「フィ―――ル―――――」
「―――――ッ!!??
馬鹿な、あの『魔王』の意識は完全に―――」
背後から聞こえた声に、ローブの人物が焦りの声と共に振り返る―――
それと同時に―――
「うぅぅうぅ―――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!」
―――ズォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
スクト達の背後で横たわるキュルルの身体から―――漆黒の魔物の群れが溢れ出た。