第47話 ポエナと感謝
天より堕ちた『黒い閃光』は―――
ポエナを象った『氷の胸像』を―――
―――ゴッ………ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!
粉々に、破壊した。
それと同時に―――
―――パキッ、パキッ……パキィィ………!!
「―――!!
『氷人形』が!!」
この場に生み出された『氷人形』達が、全て砕け散り―――ヴィガー達は戦いが終わったということを感じ取った。
そして――――
『黒い閃光』が堕ちた、その場所には―――
「…………………………」
片腕と下半身を失ったポエナ=イレースがいた。
大量の氷の瓦礫の上に倒れる彼女は、まるで氷のベッドの上に横たわっているかのようだった。
そのポエナの前で、フィルやアリーチェやスリーチェ達―――そしてイーラが、彼女を見つめていた。
「分かって……………いたのよ………」
ポエナが、掠れた声で呟く。
「『あの人』には………もう、会えない……
ずっと………分かっていた………」
その声からは―――彼女の命の灯火が消えかけているということが、感じ取れた。
「それでも………私は………縋りたかった………
縋るしか………なかった…………………」
「姉、様……………」
イーラは、ふるふると震えながら……絞り出すように声を上げた。
「姉様が『里』を出る時………
私が……一緒に付いていきたいと言っていたら……
もしかしたら………もっと、別の…………!」
それ以上は―――もう声にはならないようだった。
「別の未来が、あったのかもしれないな」
「―――っ……!
兄様……!」
フィル達の後ろからトリスティスが現れ、イーラの言葉に応えた。
「だが―――今更そんなことを言った所でどうしようもない。
今この時こそが、俺達が歩む未来だろう」
「っ………………………!」
冷酷なまでに正しいトリスティスの言葉に、イーラは何も言い返せない。
彼女はただ俯き、口を結ぶしかなかった。
「それに―――」
そんな中で―――
「この未来だからこそ、生まれた出会いや命もある」
トリスティスは―――ある1人の少年を見つめながら言った。
「少なくとも―――そこのフィル=フィールが生まれたのは、この未来だったからだ」
「―――え………?」
突然、自分の名を呼ばれた少年―――フィルは、呆けながら声を上げた。
「なあフィル=フィール。
お前がさっき胸に刺したナイフ、見せてくれるか?」
「え……ナイフ……?」
「あ!!
そ、そうでしたわフィル!!
アリーチェが『ハッ!』となりフィルに詰め寄った。
「貴方、一体何を考えておりましたの!!
いきなりあんな、あんな―――!!」
「そ、そうですわ!!
フィルさん、傷口を見せてください!!
早く回復しなくては―――!!」
「ちょッ、ま、待って! 落ち着いてアリーチェさん、スリーチェ!!
なんでかは分からないけど、傷はもう塞がってるから!!」
フィルの言う通り、フィルが自らナイフを刺したはずの胸に、傷は一切見当たらなかった。
「その、危なくなったらこのナイフを刺せって、見知らぬ『ドワーフ』の人に言われたんです!!
僕もよく分からないんですけど、僕のお父さんが遺したもので―――」
「ナイ、フ――――?」
その言葉に、ポエナがピクリと反応した。
そして―――フィルがその手に握るナイフを見て―――
「―――それ―――は―――」
ポエナは―――言葉を失っていた。
そして―――
「それは俺の弟と―――弟の女房が、息子の為に遺したもんだ」
「えっ―――」
フィル達は突然聞こえて来た、その声の方へと振り返る。
「あっ、貴方は!
このナイフを渡してくれた―――確か、ビリヴさん?」
そこには、フィル達の方へと近づいてくる1人の細身の『ドワーフ』の姿があった。
「姉さんに『空間跳躍魔法』で飛ばされた先で遭遇したんだよ。
全く……何の因果なんだか」
そんなことをぼやくトリスティスの傍らを通り過ぎながら、その『ドワーフ』……ビリヴはポエナの前にまで歩を進め―――
「ポエナ=イレースさんよ。
アンタに伝言がある」
彼女の目を真っ直ぐに見つめ―――口を開いた。
「『貴女に捨てられたことも含めて―――今は全てに感謝しています』」
「―――――」
ポエナの目が―――大きく見開いていく。
「『そのおかげで、私は大切な存在に出会え―――大切な存在を産み出せた』」
そして、その瞳から―――
「『私は貴女の娘に生まれて―――幸せでした』
だってよ」
雫が―――伝い落ちる。
そして――――
「これがラクリマ=イレースの……
いや―――ラクリマ=フィールからの言葉だ」
その『ドワーフ』の言葉に―――
「え………え………?
ラクリマ……って―――」
混乱と困惑の元―――フィルは呟いた。
「僕の………お母さんの、名前―――」
「なっ―――――!」
フィルが口にした事実に、イーラが驚愕の声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください……!
ポエナさんの娘が―――僕のお母さん……?
そ、それじゃあ………ポエナさんは……
ポエナさんは、僕の―――!」
「―――――そういうこと……だったの……」
ポエナは―――全てに納得がいったかのような声を出した。
「どこか……懐かしいと感じてた……
『あの人』と同じ……『あの子』と同じ……髪の色……」
ポエナの瞳から、涙の粒が零れ―――それらは氷の結晶となり、地面に落ちては砕けていく。
「そ……んな………そんな…………!!」
「っ………!」
突然として告げられた真実にフィルは愕然となり、イーラも言葉を上手く出すことが出来なくなっていた。
そんな彼らに―――――
「ごめん、なさいね………」
「――――!!」
「姉、様………!」
ポエナの言葉が、響いた。
「今更……何を言っても……遅いけど…………」
―――ピキッ………
その言葉と共に―――ポエナの身体にヒビが入る。
「本当に……ごめんなさいね……」
―――パキッ、ピキキッ、パキキキ………!
そのヒビは―――彼女の顔にまで、達する。
「そして――――」
―――パキキキキキ………………!
ヒビが―――彼女の身体全てを覆い―――
「ありがとう―――」
パキィィィンッ………!!
ポエナ=イレースの身体は―――砕け散った。
「―――――」
フィルも、イーラも、他の誰も―――声を発することは、出来なかった。
砕け散り、氷の結晶となったポエナの身体の欠片達は、風に舞い上がり――――
そこにはもう―――何も残らなかった。
彼女の、最後の言葉は―――
誰に向けての、何に対しての感謝だったのか―――
それはもう、誰にも分からなかった。