第44話 イーラとポエナ
「―――!?
なんだ、今の声―――ッ!!」
突然に響いた声に、ヴィガーは思わず足を止め―――危うく襲い掛かって来た『氷人形』の攻撃を受けかける。
他の生徒達も困惑に包まれたが、今は『氷人形』の脅威を対処することを考えねばならず、その困惑は脇に置いた。
その声が―――どこかで聞いたことがある声だった、ということについても―――今は深く考える余裕はなかった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「今の声は―――」
ウィデーレが怪訝な顔で声を漏らす。
上空に居る彼女にも……彼女の相手をしていたスクトにも、その声は聞こえていた。
そしてスクトは―――少し目を伏せながら―――
「一番最初の約束……結局、守れなかったんですね」
『あの子』と同じように―――
そんな言葉を、小さく零した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「今の、声って―――」
「スプリトさん、でしたわ―――!」
『氷人形』の群れを何とか撃退し、他の生徒達よりも少しだけ考える余裕が出来ていたフィルとアリーチェは、その声の主に思い当っていた。
その声は間違いなく『ドワーフ』達の統領――スプリト=アッドのものであった。
何故、彼の声が―――?
「「成功、したのですね……!
『オリジン・コア』への接続が……!」」
「『オリジン・コア』へのアクセス……!?」
一方、『氷の胸像』とその胸元に居るポエナの2つの口からは、喜びに満ちた声が出て来た。
フィル達と同じ様に『氷人形』を撃退したイーラが、その言葉に疑問を浮かべる。
「「先程言ったでしょう……『オリジン・コア』には死んだ者の痕跡が残ると……!
今のは―――死者の声に触れることが出来たという証……!!
ふ……ふ、ふ、ふ………!!」」
「死、者―――?
ちょっと、待ってください……!
今の声――スプリトさんの声が、死者の声って……!
そんな……それって……!!」
その言葉に、フィルが愕然とした声をあげるも―――ポエナはそれに反応することもなく、ただひたすらに喜悦の笑い声を上げ―――
そして―――叫ぶ。
「「あともう少しで!!
私は『あの人』とまた会える!!
もう二度と離さない!!!」」
―――パキキキィィィイイイイッッッッ!!!
「――――ッ!!
また―――ッ!!」
再び『氷人形』が―――先程よりも更に数を増して、『氷の胸像』より生まれ出る。
既に体力の限界に近いフィルとアリーチェは顔を強張らせ―――そしてイーラは悲痛な声を上げた。
「姉様ッ!!!
もうお止めください!!!
こんなこと、こんな―――」
―――バキッッッ………!!!!
「―――え?」
イーラが声を上げている、その時―――奇妙な音が響き渡った。
まるで、太い枝が折れた時のような、鈍い音。
音は―――『氷の胸像』にいるポエナの方から聞こえて来た。
そのポエナに視線を向け続けていてたイーラは、見た。
その音と共に―――ポエナの左腕が、それこそ枯れ木のように折れ落ちたのを。
肘から先を失った腕からは、血が流れ出ることはなかった。
まるでその身体自身が―――『氷像』と化してしまっているかのように。
「「ああ……少し『魔力』を使い過ぎたようね……」」
失った左腕を見つめながら、ポエナは何の感慨もなく囁く。
「姉、様――?
その、身体は―――」
イーラは呆然としながら呟いた。
「「この『ユナイト・アイス・ゴーレム』と一体化した私は……肉体の構造そのものが変わる……
そして―――――」」
ポエナは―――事もなげに、言った。
「「この『ゴーレム』が停止すると共に―――私も死ぬ」」
「―――――」
その言葉に―――イーラの思考が、完全に空白となる。
目前に迫る『氷人形』も目に入らなくなるほどに―――
「―――ッ!!!
イーラさんッッッ!!!」
フィルの叫びにも、彼女は何の反応も示さない。
イーラはただ立ち尽くし―――無抵抗のまま『氷人形』の群れに飲まれ―――
「《ブロウアップ・ブラスト》!!」
―――ッドォオオオオオッッッ!!!
その時―――イーラに向かっていた『氷人形』が、地面より吹き上がる爆発によって粉々に吹き飛んだ。
「―――!!!」
「今の魔法は―――!」
フィルとアリーチェが、その『魔法名』を唱える声が聞こえて来た方へと振り向く。
「お姉さま、フィルさん、イーラさん!!
ご無事ですか!!」
「スリーチェ!!」
そこには、フィル達の方へ両手を向けて立っているスリーチェの姿があった。
この場に彼女がいることに、フィルは驚きの声を上げる。
次いで―――
「はああああああッッッ!!!」
―――ガキキキキキキキィィィィィ!!!
「―――っ!!
プランティさん!」
『長爪』を携えたプランティが、フィルとアリーチェを襲おうとしている『氷人形』を瞬く間に葬り去っていく。
そうして『氷人形』の脅威が消えた後―――スリーチェは急いでフィル達の元へと走り――
「お2人とも、すぐに回復しますわ!!
《リストレーション・フォース》!!」
―――シュゥゥゥゥゥ………!
限界に近かった2人の体力を、回復したのだった。
「あ、ありがとうスリーチェ……!
でも君がここに居たら、スクトさん達が『空間魔法』を―――!」
「そちらはもう大丈夫ですわ。
『彼』が―――来られましたから」
そう言いながら、スリーチェは後ろの方を振り返った。
そこでは―――
「本当に―――『なんて様』だな、姉さん」
トリスティス=イレースが―――哀れんだ目で『氷の胸像』を見つめていた。
「―――っ!!
兄様!?」
スリーチェの爆発魔法にも反応することのなかったイーラが、その兄の声に我に返る。
そしてイーラは―――まるで縋りつくように兄へと声をかけた。
「に、兄様……!!
姉様が……このままでは姉様が―――!!」
「イーラ」
そんなイーラに、トリスティスは―――
「姉さんはもう―――終わらせてやらなきゃ駄目だ」
「―――――っ!!!!」
はっきりと告げる。
「きっとポエナ=イレースは、とっくの昔に死んでたんだよ。
今、目の前にいるのは―――姉さんの亡霊だ」
「そ、んな――――」
イーラの瞳の端からは―――雫がこぼれ落ちかけていた。
だが―――
「イーラ………姉さんが『里』を出ていく前、最後に言っていた言葉……覚えてるか」
「最後の、言葉――――っ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『イーラ………トリスティス………
きっと私には―――『悲しい結末』が、約束されているわ』
『私達が『人間』と生きるというのは、そういうことなのだから』
『それでも私は―――あの人と共に生きたいの』
『だからね―――もし私が『悲しい結末』を迎えた後、いつまでも立ち直れずにいたら―――』
『「いつまでグズグズしてんだ、この馬鹿姉!!」って―――思いっきり、引っ叩いちゃってね!』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
イーラは―――勢いよく目を閉じ、瞳の端に溜まっていた雫を弾き飛ばした。
「ああ―――そう、だった」
そして―――
「フィル=フィール」
「え?」
自分の名を呼ばれたフィルが、驚いた声を上げる。
「アリスリーチェ=マーガレット=ガーデン。
スノウ=ホワイリーチェ=ダリア=ガーデン。
プランタ=ガーデニング」
イーラは―――この場にいる者の名を呼び―――
「私1人では、姉様を止めることは出来ない」
「「「「――――!!!」」」」
自らの力不足を躊躇いなく吐露し――――
「だから―――力を貸してくれ」
彼らに、助力を乞う。
フィル達はお互いに顔を見合わせると、コクリと頷き―――
「―――勿論です!!」
当然のように、そう返す。
「………礼を言う!」
そして―――イーラ、もはや何の迷いも無くなった表情で『氷の胸像』を―――自らの姉を見つめ―――叫ぶ!
「姉様―――貴女を引っ叩く!!!」