第43話 ポエナと望み
「君に出会えて―――幸せだったよ………ポエナ」
そう言いながら、安らかな顔で息を引き取った『あの人』を―――私は光を失った瞳で見つめる。
覚悟をしていたはずだった。
黒かった髪は色を失い、顔には皺が刻まれ、手足は枯れ木のように細くなり、ベッドの上から動くことも出来なくなった『あの人』を見て―――もうすぐこの日が来ると、覚悟をしていたはずだった。
だけど―――
出会った頃とはまるで別人の姿となった『あの人』の亡骸を前に―――
出会った頃と何一つ姿の変わっていない私は―――
途方もない喪失感に、ただひたすら打ちひしがれていた。
それでも―――それでも、私は1人じゃない。
『あの人』が遺してくれた、私と『あの人』との出会いの結晶。
『あの人』がいたことの、確かな証明。
『この子』がいれば、きっと耐えられる。
そう―――思っていた。
思おうと―――していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「だけど―――出来なかった……」
ポエナは『氷の胸像』の胸元で―――最愛の伴侶を失った日と何一つ変わらない、光を失った瞳で呟いていた。
「『あの子』の……かつての『あの人』と同じ色の髪を見るたびに………
『あの人』の面影を見てしまうたびに………
私は、『あの人』を失ったということを、思い知らされた………
だから…………
だから―――」
「だから―――捨てたというのですかッ!?
自分の娘を―――貴女は!?」
イーラが愕然とした表情で悲鳴のような叫び声を上げる。
自らが産み育てた子供を、捨てる―――
そんな余りにも身勝手な行為を、最愛の家族が犯してしまったという事実を、イーラは容易には受け入れることが出来なかった。
そんな彼女に―――
「そうよ」
何の躊躇もなく―――ポエナは肯定の意志を返す。
「『あの人』に再び会う……
それだけが……私の『望み』……!
ただ……それだけが……!!」
ポエナは―――叫ぶ。
「私の―――『存在理由』!!!」
―――パキキキキィィィイイイ!!!
「「「―――ッ!!!」」」
その叫びと同時に、『氷の胸像』から再び『氷人形』の群れが生み出され―――フィル達に向かって、襲い掛かる。
フィルは《キッチンナイフ》を握り、アリーチェは『装甲』の腕部から『刃』を突き出し、イーラはその手に『黒い旋風』を生み出し、それぞれが『氷人形』を相手取った。
その最中にも、イーラはポエナに向かって声をかけ続ける。
「ぐぅッ―――!!
姉様!! 既に『彼』は死んだのでしょう!?
そんな『彼』に再び会うなど、そんなこと出来る訳―――」
「出来るわ」
イーラの叫びを遮り、ポエナは確固たる意志を以って断言した。
「『オリジン・コア』にはこの世界で生まれ……死んでいった者の痕跡が必ず残る……
『魔王』の魔力を以って……そのシステムに干渉することが出来れば……
私は『あの人』に………再び出会える………!!!」
「『オリジン・コア』……!?
姉様、貴女は一体何を言って―――くッ!!」
聞いたことのない言葉に疑問を浮かべるイーラに複数の『氷人形』が襲い、彼女は止む無くその対応に動く。
「アリーチェさん……!
今の『オリジン・コア』って言葉……さっきスクトさんも、言っていました……!」
「ええ……わたくしも、あのローブ姿の者が口にしたのを聞きましたわ……!
しかし、それが何なのかはわたくしにも分かりませんの……!
ウィデーレさんは何かをご存じであったかのような反応でしたが……!」
フィルとアリーチェは『氷人形』の群れを何とか捌きながらお互いに話し合うも、やはり疑問の解決には至らない。
「ただ分かっているのは―――あの者達の目的には、『魔王』とやらに目覚めたキュルルさんが必要ということ……!
その『魔王』というのも、一体何のことなのか分かりかねますが―――とにかく、奴らはキュルルさんを利用して何かをしようとしているということですわ!!」
「――――っ!!!
キュルルッ……!!!」
フィルとアリーチェはローブ姿の人物とキュルルがいる場所―――今は『氷の胸像』の背後へと隠れ、この場からは確認することが出来なくなってしまった場所がある方へ目を移す。
フィルは心の底から湧き上がる焦燥感を抑えられずにいた。
「キュルル――君は今、一体どうなって―――!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――シュォオオオオオオオ!!!
「掌握率――15パーセント……!
流石に一筋縄では、いかない……!」
ローブの人物はを握りながら、苦しげな声を洩らす。
先程、キュルルの胸には小さなナイフが突き立てられ、その個所からは眩い光が溢れだしたが―――今、その光は突き立てられたナイフに向かって徐々に収束しつつあった。
その行為が何を意味しているのか―――おそらく理解できる者はスクト達以外にはいないだろう。
しかし、ローブの人物が被るフードの中からは、汗が雫となって流れ落ち―――途轍もない集中力を以ってその行為に及んでいることは、誰の目からも見て取れるだろう。
「―――――」
そして、ナイフを突き立てられたキュルルは虚ろな瞳で空を見つめており、まるで亡骸のような有様であった。
そんなキュルルを見やりながら、ローブの人物は改めて声を発した。
「やはり……今この場で全ての魔力を掌握する『組み換え』を行うのは厳しい―――が……!」
ローブの人物の口元が笑みを浮かべる。
「今、我々がこの場を切り抜け―――ポエナさんの『望み』……その『可能性』を示すまで、なら―――
これでも―――いけるはず―――!」
そして―――静かに呟いた。
「『オリジン・コア』―――『接続』」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『本当――――すまなかったな』
突然―――この場に、誰かの声が響いた。