第8話 僕達と確認
「それじゃあ改めまして。
大陸調査隊隊長、ウィデーレ=ヘイムよ。
貴方達には勇者一行のメンバーの1人、と言った方が通りはいいかしらね」
赤と青のツートンカラーの防寒着に身を包む、水色ロングヘア―の小柄な女性……ウィデーレさんは僕ら学園生徒の前へと立ち、自己紹介を始めた。
左目には眼帯をし、右目の燃えるような真紅の瞳で彼女は僕達のことを興味深そうに見つめる。
一方、僕達の方はというと……突然の勇者一行のメンバーの登場に驚いたことには違いないのだけど―――
「お……おおおおぉぉぉ…………!
9年前以来の……!
本物の………生ウィデーレ=ヘイム………!」
………それ以上に、両拳を固く握りしめ満点の星々の如く瞳を輝かせ感涙している女生徒……キャリーさんの様子に誰もが困惑を隠せずにいた……
特に大陸西側でチームを組み、彼女と交流を重ねていた僕達の困惑は他の生徒以上のものだった……
「あ、あのね……
キャリーちゃんにとって、ウィデーレさんは勇者様以上に憧れの対象だったの……
それも半端じゃなく……信奉に近いぐらいの勢いで……」
「あ、バニラさん」
と、そんな僕達にキャリーさんの親友であるバニラさんがおずおずと近づきながら説明をしてくれた。
「私達ね……昔、故郷の街が魔物に襲われたことがあったんだけど……
その時私達を助けてくれたのがウィデーレさんだったの」
「それって『ヴァール大戦』の時の……?」
バニラさんがコクリと頷き、話を続ける。
「私達の目の前まで魔物が迫ってきて……もうダメだって思った時……
ウィデーレさんの魔法が一瞬で魔物を消し去ったの。
それ以来、キャリーちゃんはすっかりウィデーレさんの虜になって……
『魔法師』を目指そうとしたのもウィデーレさんの影響だったの」
バニラさん曰く、キャリーさんは元々大人顔負けの魔法の才能があったのだけど、本人はそれ程『魔法師』に対して興味が無かったのだとか。
それが、その日以来猛烈に魔法技術を鍛え始め……気が付けば史上最年少『中級魔法師』の座を手にしてしまっていた、とのことらしい……
いやはやなんともはや……
「へぇー、貴女が最年少『中級魔法師』のキャリーさんね。
一度会ってみたいと思ってたの」
「ほ、ほえあああああッッ!!!
わわわ、私に会ってみたかった!?
ままままままマジで!?
ここ、これ夢じゃないよね!?
私が死ぬ前に見てる妄想じゃないよね!!??」
と、すっかりキャラ変してしまったキャリーさんの姿を僕達は遠巻きに見つめるのであった……
「やれやれ……アイツはここに居る奴らの中ではそれなりに評価していたのだが……
たかだか憧れの人物に出会ったぐらいであそこまで自分を見失うなど、みっともないことこの上ないな」
「鏡見なよ勇者様ガチ勢強火エルフ」
―――ドォォッッ!!!
清々しいまでに自分のことを棚上げした発言をしたイーラさんにうっかり厳しめのツッコミをした僕は彼女の魔法によって宙を舞った―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「で、貴方達がフィル君にキュルルさんにアリスリーチェさん……
コーディスが言ってた『面白いコ』達ね。
あの『アイス・ゴーレム』をあっさり倒しちゃうあたり、流石といった所ね」
「い、いえ、そんな!
あっさり倒したなんて言われるほど楽だった訳では……!」
僕達へそんな声をかけてくるウィデーレさんに対し、僕はあたふたと慌てて返事をする。
いや、勿論勇者一行の1人にそんな評価を頂けたことはとても嬉しいことなのだけど……
「……………………!」
―――ギリギリギリギリ………
……歯軋りしながら物凄い目つきでこちらのことを睨みつけるキャリーさんの存在が滅茶苦茶気になって喜ぶに喜べない状態なのだった……
キャリーさん……お願いだから貴女まで厄介さんにならないでくださいね……
「ちなみにその厄介さんとは誰のことだ!!??」
勘の鋭いコリーナさんの台詞は敢えて無視して―――
「あの……それで、どうして貴女はここに……?」
僕は改めてウィデーレさんに問いかけた。
「あら、コーディスから聞いてなかった?
今回の件に合わせて特別講師を呼んでおいたって」
「えっ……特別講師……!?
ウィデーレさんが……!?」
確かに……勇者学園を出る前、コーディス先生は僕達にこう言っていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「私は訳があってここから遠く離れた場所には行けないんだ。
なので今回の『特別校外活動』に当たって特別講師を用意している。
どういった人物なのかは現地で確認してくれたまえ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
だけど……まさかそれがこの人だったなんて……!
「コーディスは相変わらず説明が大雑把ねー。
アレはアレで色々考えてはいるんだろうけど」
やれやれ、というように肩を落としながらウィデーレさんはそう呟き……そして、改めて僕達へと向き直る。
「ともかく……この『特別校外活動』は私が預からせて貰うことになったのだけど、皆はいいかしら?
そんなの真っ平だ!って人がいたら遠慮なく申し出てね」
「え!? い、いやまさか!!
そんなこと!!」
僕は慌てて彼女の言葉を否定する。
他の生徒達も同様の態度だ。
あの勇者一行のメンバーの1人にこの場を預かってもらうなんて頼もしいことこの上ないだろう。
というか、キャリーさんが『おい、文句なんてある訳ないよな?』という冷たい目線をこの場の全員に送っていたので誰も何も言えずにいた。
「そう?
でも、言いたいことがあったら何でも言ってちょうだいね。
なにせ―――」
その時、ウィデーレさんの顔つきは―――確かに影を帯びていた。
「この前の……『あの事件』の首謀者は、他ならぬ『勇者一行のメンバー』だったのだから」
「―――――!」
その言葉は……まるで懺悔のようにも、あるいは自らを責め立てているようにも聞こえた。
そして……改めて僕達を見据えながら、ウィデーレさんは口を開く。
「皆もう聞いていると思うけど……
今回の活動は、私達の『元』仲間……スクトに関連したものとなっているわ。
本来であれば、彼が仕出かしたことの『けじめ』は仲間である私達だけで付けるのが筋のはず。
それを貴方達にまで押し付けるような真似を私達はしようとしている。
本当に貴方達はそれを納得してくれる?」
改めて僕達に投げられかける、この活動への参加の是非……
僕達がそれに答えるよりも先に―――
「さらにもう一つ」
彼女は言葉を続けた。
「これからの活動にはあの事件の首謀者であるスクトが関わることになる……
それはつまり……あの時の事件のようなことが、再び起きるかもしれないということ」
「―――!」
大陸西側で起きたあの事件……
僕達生徒の中から犠牲者が出てもおかしくなかった、あの魔物の襲撃……
あの時のようなことが……再び……
「改めて、もう一度確認するわ。
この『特別校外活動』……本当に参加する?」
そう言いながら、彼女は僕達に目を向ける。
生半可な意志の持ち主では、思わず目を逸らしてしまうであろうその眼差しを―――僕達は、正面から受け止める。
そして……彼女に負けない程の覚悟を込めた目線で―――彼女に無言の肯定を伝えた。
そう―――僕達は、もうとっくに決めているのだ。
どんな困難にも―――立ち向かうことを!
そして……そんな僕達を見たウィデーレさんは―――
「………よろしい。
それでは貴方達を連れていくわ。
今回の『特別校外活動』の舞台………『レスピレーティア』へ」
そう言いながら、柔らかく微笑むのだった。