第4話 僕達と白の大地
「ふわぁ………!」
コーディス先生達が用意してくれた防寒着に身を包む僕は、窓の外一面に広がる銀世界に思わず放心してしまう。
学園を出てから数日……『特別校外活動』の目的地へと歩を進める馬車の外は学園を出た時とはすっかり様変わりしていた。
ここは『ヴァール大陸』北部――『ヴィシオ領』。
ほぼ1年を通して雪が降り続ける極寒の地……別名『白の大地』と呼ばれる場所だ。
「この大陸は5人の王子様、王女様にそれぞれ統治しているってこの前アリーチェさんから聞きましたけど、この地域を治めているのが……ええっと―――」
「第3王子『ウェルラング=ヴィシオ=ヴァールライト』。
5人の王子、王女の中で最もお若い人物ですわ」
王子様の名前が思い出せず言い淀んでいた僕の言葉をアリーチェさんが引き継いでくれた。
「この大陸の王子ぐらい覚えておきなさいな」という、呆れの言葉と共に……
若干凹みつつも僕は話を続ける。
「今から僕達が向かう場所って……その王子様がいる所なんですよね?」
「ええ、王子の直轄地である『ヴィシオ領』最北端にある都……『レスピレーティア』
コーディス先生から伝えられた通りであれば、この馬車はそこへ向かっているはずですわ」
そして、そこで行われる『特別校外活動』……スクトさんや『レゾンデートル』が関わるという、その活動の内容とは―――
「おーい、生徒さん達ー!
ちょっといいかーい!」
「―――!」
突然、御者席から馬車の中の僕達に向けて声がかけられ……そしてそれと同時に馬車が止まる。
「悪いけど、こっから先はアンタ達が自分の足で目的地まで向かってくれー!」
「ええ!?」
御者のおじさんからそんなことを言われてしまった僕は困惑の声を上げる。
他の生徒達も同様だ。
「いやなぁ、これ実はコーディスさんから言われてた事なんだよ。
ある程度『レスピレーティア』まで近づいたら生徒達を降ろして直接向かわせろ、ってなー」
「え……コーディス先生から……?」
「ああ、こっちもよく分かんねぇんだけど、なんでも―――」
御者のおじさんは、特にこともなげに告げた。
「『その方が分かりやすいだろう』……なんだと」
「「「「………………………」」」」
おそらくこの場の生徒達は、皆同じことを思っていたに違いない。
言葉の意味は分からないけど………
なんか凄く嫌な予感がする………
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんな訳で……第三王子が住まう都『レスピレーティア』に向かう道の途中に、僕達生徒は降りることとなった。
御者のおじさん曰く、ここからなら目的地までは歩けば1時間ほどで着くぐらいの距離らしい。
そんな説明を終え、去っていく馬車と御者の人達を見送った僕達は、改めて周囲を見渡す。
僕達『選抜試験』合格者160名余りが現在居る場所は『レスピレーティア』へ向かう大通りの上だった。
王子様が住む都へ続く道というだけあってかなり丁寧に整備がされており、馬車が6台分は通れそうな幅の奇麗に整った石畳が遥か先まで続いている。
この地は1年中常に雪が降り続けると言われており、実際今もちらちらと穏やかながら降っていだけど、この石畳には一切雪が積もっていなかった。
石畳の端から先は僕の膝ぐらいの高さにまで雪が積もっているのに……まるで雪がこの道だけを避けているかのようだ。
僕がそれを不思議に思っていると―――
「きゅるー!
フィルー!この石の床、あったかーい!」
「え?」
人の目なんてものを一切気にせず大の字になって寝ころびながら石畳に頬を当てているキュルルがそんなことを言った。
僕も素手で石畳に触れてみると……
「ホントだ……じんわりと温かい……!」
石畳から僕の掌に人肌ほどの温かさが伝わって来た。
どうやらこの不思議な石材のおかげで道には雪が積もらずにいるらしかった。
「これはマジックアイテム『ウォーム・ストーン』
ここら辺では主要な町や村までの道にはこの石材が使われていて、これのおかげで円滑な交通手段が常に確保されている」
「あ、キャリーさん!」
薄緑髪の中級魔法師、キャリーさんが僕達の方へ歩きながらそんな説明をしてくれた。
「ああ、そういえばキャリーさんとバニラさんは大陸北東部からいらしてたのでしたわね。
もしかして『ヴィシオ領』出身だったのですか?」
「うん、ここからはもうちょっと遠い所だけどね」
アリーチェさんの質問にキャリーさんの傍にいるバニラさんが答える。
「このマジックアイテムは道の石材として使われるだけでなく暖房器具として一般家庭にも広く配布されている。
この地域に住む人達にとっては必需品といってもいい」
「へぇー……!
マジックアイテムが一般家庭に……!」
僕は王都に来るまでマジックアイテムなんてものにお目にかかったことなんてなかったのになぁ……
「まぁ、この『ヴィシオ領』はこの大陸で随一のマジックアイテム生産地域でもありますからね。
それぐらいは当然ともいえるでしょう」
「え、そうなんですか?」
「ええ、なにせ―――」
「あーー!
ねーフィルーー!
ウサギがいるよーー!」
と、アリーチェさんが何かを話そうとした瞬間、キュルルが道の端を指差しながら叫んだ。
僕がその方向へと目を向けると――
「ホントだ……って、わっ!
たくさんいる!」
雪の積もった石畳の向こう側にはモミの木で出来た森が広がっており、その森の中からウサギの大群が見えたのだった。
僕はその可愛らしいもこもこの小動物の群れに思わず頬が緩むのだった―――
―――の、だけど………
そのウサギ達をよーく見ると……なんか、違和感があるような………
まず、そのウサギ達は朱色の体毛に包まれていた。
それだけならただ珍しい色のウサギ、というだけなのだが……その顔についている2つの真っ赤に吊り上がった瞳は愛らしい体躯とは相反し、とても凶暴そうだった。
何よりも目を引くのが……とても長い耳だ。
いや、勿論ウサギの耳は長い、なんてのは当たり前の話ではあるけど……いくら何でも長すぎる。
そのウサギの体長は4、50センチといった所なのだけど………その体長の2倍ほどの長さの耳なんていくら何でも異常だ。
あと……僕の気のせいだとは思うんだけど……
なんか、その長い耳が……
とても鋭い刃物のように……見えるんだよね………
そして、そのウサギ達が僕達のことに気付くと……全身の体毛を逆立たせ―――
「フィル!皆さん!
戦闘準備を!!」
瞬間、アリーチェさんが僕とこの場の生徒達に向かって叫んだ。
「アレは―――魔物ですわよ!!」
そしてそれと同時に―――!
「「「キュシャアアアアア!!!」」」
そのウサギ達……いや、ウサギ型の魔物達は―――!
甲高い声をあげながら一斉にこちらへ向かって駆け出してきた!!
「あ、アリーチェさん!!
あの魔物は一体!?」
「『マチェッタ・ラビット』……『ナタウサギ』ですわ!
強靭なナタと化した耳殻で獲物を仕留める魔物!
その脅威度は『ロック・リザード』や『ヘルハウンド』よりも上でございましてよ!」
突然の事態に生徒達は皆、当然の如く狼狽える―――が。
「まあ、こんなこったろうと思ったよ!!」
「ああ!全くだ!!」
ミルキィさんが斧を構え、ヴィガーさんが氷剣を創り出し―――それから少し遅れて、他の生徒達もまた即座に戦闘態勢を取り始めた!
そして僕もまた――実際の所、ウサギ達に違和感を感じていた時点で――右手に《キッチンナイフ》を握り込ませていた!
そう……御者のおじさんからコーディス先生の言葉を聞いた時点で……
こうなることは予測できていたからだ!!
「だから―――やってやるさ!!!」
こうして―――僕達の『特別校外活動』が、幕を開けたのだった―――
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※ナタウサギの外見及び攻撃方法
コレはかつて作者がゲーム作りに挑戦した(そして結局頓挫した)時に生み出されたモノです。
詳しくは作者のX (旧Twitter)2024年年末のポスト参照。