第3話 僕とアナタとの思い出話
あの後―――僕達は協議室で『特別校外活動』の内容についての説明を受けた。
そしてその活動を行う『とある場所』まで移動する為、学園が用意した馬車に乗り―――現在に至る、という訳なのであった。
「襲撃事件の時といい、あの2人には他人を焚きつける才能があるのかもしれませんわね」
隣に座っているアリーチェさんからかけられた声に、僕も内心頷いていた。
そしてそれは、かつて勇者様が言っていた言葉……
『勇者』とは『勇気』を与えるものでもある、という『勇者』の資質でもあるのだろう。
見習わなくちゃいけないな……などと思いつつ―――僕はふと、他の生徒達から離れた位置に座っている女生徒を見た。
それは、端麗な容姿と長い耳が特徴の『エルフ』の女性……イーラさんだった。
「…………………」
彼女は協議室で『特別校外活動』の説明を受けて以来、一言も喋っていない。
スクトさんが恐ろしい事件の首謀者という話を聞いている時も、何の反応も見せてはいなかった。
勇者一行のメンバーと交流があった彼女は、今回のことを果たしてどのように思っているのか……
と、そんなことを考えながら彼女に視線を向けていると―――
「………何だフィル。
聞きたいことがあるなら聞いたらどうだ」
「うえっ!?」
イーラさんから僕に向けて声がかけられた……!
こっちに気付いた様子なんてまるでなかったのに……!
「ふん、その程度の視線などすぐに気付く。
それで、何だ?」
「う……えっと………」
流石というか何と言うか……
僕はおずおずと彼女に近づき、僕が思い悩んでいたことを聞くことにしたのだった。
「あの……イーラさんは………
スクトさんに対して……その……何か思うことは……?」
「………………………」
イーラさんは、僕からの質問にほんの少し間を置き………そして答えた。
「まあ……あの連中の中で最もまともそうだと思っていた男が、そんなことをしでかしたということには多少は驚いたが……ただそれだけだ。
私が信じる『勇者』はアルミナだけ……彼女以外の誰がどんな愚行を犯そうと、どう思うこともない」
「ただ……」と彼女は少し眉を顰めながら続ける。
「アルミナを裏切り、彼女の心を傷つけるような真似をしたことを……私は決して許しはしないだろう」
「………………………」
その言葉からは、僕が彼女を見てきた中で一番の『怒り』が込められているように思えた。
「ふん……スクト=オルモーストめ……
私がここまで不愉快な気分になったのはこの125年生きて来た中でも初めてかもしれん……」
と、いつだったかのようにさらっと飛び出た年月に僕はなんとも言えない表情になり……
ふと、この前コーディス先生に聞いた話を思い出してしまったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あの、コーディス先生……ちょっと気になったんですけど」
「なんだいフィル君」
「すっかり忘れてましたけど……
この学園に入学する条件って……確か19歳以下であること、でしたよね?
でも、それだとイーラさんは……」
「ああ、確かに実年齢で言えば彼女は条件から外れてしまっているね。
ただ『エルフ』としての肉体年齢と精神の成熟性を鑑みて、彼女は条件を満たしていると判断したよ」
「肉体年齢と精神の成熟性、ですか……?」
「犬や猫の年齢を人間で換算することがあるだろう?あれと同じ様なものだ」
「それじゃあイーラさんは……?」
「リブラ先生の見解によると、大体17歳あたりが妥当とのことだ」
「へぇ……見た目相応って感じですね。
…………………ちなみに精神の成熟性としては?」
「12歳くらいかな」
「小学生レベル!!??」
「まあほら、推しの為に後先考えず行動するところとか、かなり『若気の至り』って感じだろう?」
「辛辣!!!
でもなんか納得!!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
………まあ、本人には言わないでおこう……
「おい貴様……何を神妙な顔でうんうん頷いている」
「え!?あ、いや!
別に何も!!
何にもございませんよ!!」
迂闊にも彼女の前で思いふけっていた僕は慌てて返事をするも……
「………………」
―――じ~~~~……
半眼になりながらイーラさんはこちらをひたすら睨み続ける……
そんな彼女に対し僕は―――
「いやぁ!それにしてもイーラさんは本当に勇者様のことを慕われているんですね!
きっと勇者様が知ったらとても喜ばれますよ!」
と、自分でも余りにもあんまりな誤魔化しの言葉を並べたててしまい……
ああ、これはいよいよあの『黒い竜巻』直撃コースかな……と覚悟を決め―――
「え……!?
アルミナが私に慕われていることを知ったら喜ぶ……!?
ほ、本当か……!?
えへへ……そっかぁ……アルミナが私に………えへへ~……」
あ、これで誤魔化せちゃうんだ。
やっぱコーディス先生が言っていた通りこの人小学生並の―――うん、考えるのはここまでにしよう。
そして……にやにやしながら照れ笑いを浮かべるイーラさんを見ながら―――僕は思わず呟いた。
「でもホント……イーラさんが勇者様達と出会ってなかったら、イーラさんは『里』から出ることもなく、僕達と出会うこともなかったんでしょうね」
彼女が今ここに居るのは、勇者様への熱烈な愛情ゆえにだ。
それが無ければ、きっと彼女は今も彼女は故郷の『里』の中に―――
「……果たしてそれはどうだろうな。
貴様らに出会うかどうかはともかく、『里』からは出ていたかもしれんな」
「―――え?」
イーラさんからの意外な返事に、僕は思わず彼女の方を振り向いて変な声を出してしまった。
「私はアルミナに出会う前から、『里』の外に興味があったんだよ」
イーラさんは……どこか昔を懐かしむような目をしながら話し始めた。
「私には兄以外にもう1人、姉がいた」
「もう一人の姉……?
あ……!」
僕はイーラさんと初めて出会った日に、勇者様から聞かされたことを思い出した。
『なんでも、彼ら『イレース』の一族は両親が幼い頃に死んでしまい、残されたのは彼と1人の姉、そして妹の3人だけだったらしい。
更に、その姉は昔『里』の決まり事を破ったが為に追放されてしまい、今はトリスティスとイーラの2人だけとのことだ』
「……正確に言うと、姉は『里』から追放されたのではなく……
自分から『里』を出て行ったのだ。
『外』から来た『人間』の男と一緒にな」
「えっ!!
そ、それって……!」
イーラさんは「ふん」と一つ鼻息をつき……
「姉は……『人間』の男と恋に落ち……
その男と結ばれる為に『里』から出た。
お前達『人間』が言うところの……『駆け落ち』というヤツだ」
「か……駆け落ち……!!」
それはまた……何と言うか……
僕はなんとなく気恥ずかしい気持ちになってしまった……
「その『人間』の男は『森』に迷い込み、我々の『里』の近くで死にかけてた所を姉が見つけた。
姉はその男を私達が暮らす家の中にこっそりと匿い、介抱してやったのだ。
だが、『外』の者を『里』の中に入れることは御法度……
また、我々の方から『外』に干渉することも禁止されていた。
私や兄は最初難色を示したのだが……姉はその男を見捨てることはしなかった。
姉は、我が同胞達の中でも格別に優しい性格だったからな……
その上、一度決めたことは絶対に曲げない頑固さも持ち合わせていた」
「私も兄も昔から苦労させられてきたものだ」と、そう姉のことを語るイーラさんは困った風な顔をしていながら、どこか優し気だった。
彼女が本当は姉のことをどう思っているのか……それだけで十分察せてしまう。
「そして、私達の家で介抱されたその男から……私達は『外』のことを聞いた。
男はこの大陸中を旅している冒険家とのことで、様々な『外』の場所について知っていたのだ。
そうして男と交流を深めていくうちに……姉は、男と『外』の世界で旅をしたいと思うようになった」
「………!
それで……イーラさんのお姉さんは……」
「ああ」と彼女は頷いた。
「姉は、男と共に『里』を出て行った。
姉からは、私と兄の方から『里』の長老達に『外』から来た『人間』を姉がこっそりと招き入れていたと密告するように提案してきた。
そうすればお咎めは姉だけが受けることとなり、私達に害が及ぶことはないだろう……むしろ『里』の決まり事を守る為に、家族でも容赦せずに弾劾する姿に『里』の皆は私達のことを称えるだろう……とな」
つまり、イーラさんの姉はわざと追放された……という訳か……
「だがその時……私も姉に付いていきたいという気持ちが、ほんの少しだけあった」
「え?」
僕が思わず声を上げると、彼女はほんの少し気恥ずかしそうに頬を染めた。
「言っただろう、私も『外』の世界に興味があったと……
男からの話を聞き……私も、『里』の中だけじゃない……色んな場所を見てみたい……
そんな願望が、わずかにあったということだ」
「へぇ……!」
『外』の者は決して『里』に入れず、自らもまた『外』に干渉してはいけない……
そんな閉鎖的な空間で暮らしてきたイーラさんにとって、きっと『外』の話は物凄い刺激となったことなのだろう。
「まあ、かれこれ90年は昔の話だ。
あの頃は私もまだ30才くらいだった。
それだけ幼ければ、そんな風なことを考えてしまうのも仕方ないことだろう?」
「うーん、仕方ないのかなぁ?」
『エルフ』の年代感覚で同意を求められても困るんですけど。
「だからまぁ……私と兄は『里』の同胞達程『外』に対して嫌悪感がある訳ではなかったのだ。
勿論同胞達の前では和を乱さないように皆と同じ振る舞いをしてはいたがな」
「はぁ……なるほど……」
てっきりイーラさんは勇者様のことしか頭にないのだとばかり思ってたけど……
そんな意外な一面もあったんだなぁ……
「きゅるー!
だったらさー!今度イーラもボク達と一緒に『街』にお出掛けしに行こーよー!
ボクもね!『街』の色々な場所覚えてきたから案内してあげるよー!」
「アナタに案内を任せたらあちこちに引っ張りまわされて楽しむどころではなくなってしまうと思いますけれどね」
「あんだとーー!!」
「あはは……まあまあ、キュルル。
でも、イーラさんも一緒にお出掛けっていうのは確かにいい考えかもね。
どうです?折角なので今度のお休みに―――」
「おい………そこの2人は何を当たり前のように会話に混ざっているんだ………」
実はこっそり隣で話を聞いていたキュルルとアリーチェさんにイーラさんはこめかみをひくつかせながら呟くのだった。
と、そんなやり取りをしている中で―――
―――ぶるっ………
「あれ……なんだろう…………
なんか……急に寒くなって来たような………?」
先程まで薄着で十分だったはずの馬車内の気温が、かなり低下していることに僕は気が付く。
「あら、もうだいぶ目的地に近づいて来ましたのね。
フィル、早く厚着に着替えた方がよろしいですわよ。
油断してると一気に体温を持っていかれますわ」
そう言いながらアリーチェさんはファーティラさん達の手により上着をかけれられていた。
「目的地に近づいた………
じゃあ、もしかして今馬車が走っている所って……」
「ええ―――」
アリーチェさんは、馬車に取り付けられた窓の外を見やりながら答えた。
「『ヴァール』大陸北部『ヴィシオ領』……
通称――『白の大地』」
窓の外では、白い雪がちらついていた。