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フィルとカキョウ:後編


「二十年程前……『ヒノモト』は王に次ぐ権力を持ち、実質的に国を治めていた者……『将軍』が病により急死してしまい、国が乱れていた時期がありました」


そう切り出したカキョウさんの話によると―――


『将軍』には息子がおらず、後継者が空席のままになってしまい……『将軍』の親戚による血みどろの後継者争いが勃発してしまったということなのだった。

また『ヒノモト』内の領主達も自分に懇意の人物に『将軍』の地位を手に入れて貰おうと各地で勢力争いを始めてしまい……

抗争は将軍家の中だけに留まらず『ヒノモト』各地にまで飛び火してしまい、国内は大いに荒れてしまったのだという……


そして――そんな混乱に見舞われる『ヒノモト』に、更に追い打ちをかけるかのように『厄災』が降りかかった。


「『ヒノモト』の各地に魔物が……!?」

「ええ……それまでも人里から離れた場所などで見かけることはあったのですが……

 突如として人里近くにまで魔物の群れが押し寄せ、人々を襲い始めたのです」


ただでさえ勢力争いによって各地が疲弊していた矢先の出来事……

『ヒノモト』の人々は成すすべなく魔物に蹂躙されていき、国家滅亡の危機にまで陥ってしまったのだという……


「まるで『ヴァール大戦』の時の、勇者様が現れる前までのこの大陸みたいな状況ですね……」


この大陸の外でも、そんなことが起きていたなんて……

僕は思わずゴクリと喉を鳴らした。


「しかし皮肉にも……そんな危機に対抗する為に、今まで争っていた『将軍』の親戚や領主達は一致団結することになったのです」


魔物達による蹂躙は『ヒノモト』全土、あらゆる場所に例外なく及び―――その国に存在する全ての人々は、一様に悟ったのだった。


このままでは―――我々は滅ぶ、と―――


「そして、その団結の中心となったのが……

『将軍』に仕えていた『侍』……私の父、なのです」

「……!!」


カキョウさんのお父さんは『将軍』と兄弟同然に育ってきた間柄で、『将軍』が没した際には誰よりも悲しみに暮れていたとのことらしい。

そして親戚一同が後継者争いを繰り広げる様に深く失望し———彼は世間から姿を消してしまったのだった。


しかし、それからすぐに魔物による『ヒノモト』の蹂躙が始まると―――彼は『将軍』の親戚や領主たちの前に現れたのだ。

彼らに団結を呼びかけ、自らも常に前線で刀を振るい、人々を守り続け―――そして、ついには魔物達を退けるに至ったのだった。


「凄い……!

 まるで勇者様みたいです……!」

「ええ……私も、誇りに思っております」


カキョウさんのお父さんの『英雄譚』に僕は思わず目を輝かせ、カキョウさんもまた嬉しそうに応えるのだった。


「そして父は……魔物との戦いが終わると、自ら『ヒノモト』から去ることを決めたのです」

「えっ!?どうして!?」


一転して僕は驚きと困惑の表情を浮かべた。

今の話から、カキョウさんの父親が『ヒノモト』を去らなければいけない理由なんて……


「父なりの……『けじめ』です」

「『けじめ』……?」


「ええ……父は自分が英雄扱いされることを望まなかったのです」


カキョウさんのお父さんは、こう言ったらしい―――


本来であれば、親戚一同が後継者争いを始めた時点で自分が諫めるべきだったのだ。

もっと早くに彼らや領主達をまとめ上げていれば……魔物の犠牲になる人々も減らせたはずだ……と―――


「そんな……!」

「それに『将軍』の一番の家臣である自分という存在が、また新たな争いの火種になるかもしれない……

 そう考えた父は『ヒノモト』から離れていったのです」


僕はその話を聞き、何ともやりきれない気持ちになっていると―――


「何より――」と、カキョウさんは言葉を続けた。


「自分が一番に忠を尽くすと決めた主は、もういない―――

 だから、自分がここに居てもしょうがないのだ、と―――」

「それ、って……」


彼女のお父さんが忠誠を誓った主……病死した『将軍』様、か………


「『ヒノモト』を離れ『ヴァール』に移り住んだ父は……そこで1人の女性と出会い、子を成しました」

「――!!

 それが……!」

「ええ、私です」


カキョウさんが自らの胸に手を当てながら応える。


「そして……私が母のお腹の中にいる頃に―――あの戦いが起きました」

「………!

『ヴァール大戦』……!」


カキョウさんは僕の言葉にコクリ、と頷いた。


「父は当然の如くその大戦に参加しました。

 まるで『ヒノモト』で起きたことの再現……いえ、それを遥かに凌ぐ規模の戦い。

『ヒノモト』の時と同じように、父は人々を守るために刀を振るいました」


「しかし――」と、そう言いながらカキョウさんは目を伏せた。


「此度の戦いで……父は戦死し………

 そして、私を生んだ後………母も、後を追うように病死されました」

「………....」


それは……なんとなく、察してしまっていたことだった。

僕は以前、ガーデン家に仕える者は家や家族を失った者が殆どであると聞いたことがあった。

ならば、カキョウさんもそうなのではないか……と、思っていたのだけど……

どうやら……その通りだったようだ……


「でも……だとしたら、今までの話はどうやって知ったんですか?」


カキョウさんが生まれる前にお父さんが戦死して、カキョウさんが生まれてすぐお母さんも亡くなったのなら……

カキョウさんがお父さんの話を知る機会なんてないはずでは……?


「母が手記を遺してくれていたんです。

 父と出会った時からの事に留まらず、それ以前の父が故郷の『ヒノモト』で行ってきたことまで詳細に綴られていました。

 父の功績をこの大陸の者が誰も知らないままなんて納得いかない!と母は思ったらしいのです」


カキョウさんのお父さんは英雄扱いされるのを嫌がったのだけど、カキョウさんのお母さんはそれを不服に思ったのだそうな。


「父と母を失った私は、ガーデン家が運営している孤児院に引き取られ育ちました。

 そして母が遺した手記の内容を知り………心に決めたのです。

 私も父のように……いつの日か、心より忠誠を誓えるただ1人の主の為に、己の刀を振るおうと……!」

「………!」


ちなみに手記にはカキョウさんのお父さんが使っていたという剣技についても記されていたらしい。

あのやたらと恐ろしい名前の訓練法と共に………


「それから時が経ち―――私はあのお方……アリスリーチェ様に出会いました」


その名前が出てきた途端―――それまで淡々としていたカキョウさんの声が、喜びに満ちたものへと変わった。


「あのような体質にお生まれになりながらも、決して挫けず己の信念を貫こうとするあのお姿を見て……!

 あの方こそが!私が全身全霊をかけて忠を尽くすお相手だと!確信したのです!!」

「おお………!」


その力強い宣言に、僕は思わず感服の声を上げるのだった。


「とまぁ……殆ど私の父についての話になってしまいましたが……

 これが私が今この大陸に居る理由となります」

「はぁ……なるほど……

 お話して頂きどうもありがとうございます!」


僕はカキョウさんにお礼の言葉を述べる。

彼女のお父さんのお話……ホントに聞けて良かったと心から思ったのだった。


しかし―――


「そうなるとカキョウさんって……」

「はい……私は『ヒノモト』生まれではないのです……

 なので……『ヒノモト』については、私自身は余り詳しくなくて……

 精々、フィール殿と同じくらいの知識しかないんです……申し訳ございません」


そっか……カキョウさん、顔立ちはまるっきり東洋の人だけど……

実際は『ヒノモト』人と『ヴァール』人とのハーフだったんだなぁ……



「――――あれ?

 それじゃあ、さっきの『拙者』とか『ござる』とかの言葉遣いは一体……?」


「―――うぐッ!!」



僕の疑問の声に、カキョウさんがボディにフックを受けたかのような声を上げる。

そして目を泳がせ、頬を赤く染めながら、ごにょごにょと聞き取り辛い声で話し始めた。


「えっと……その……ち、父のようになりたいと日々思っていた幼い頃の私は……

 か、形から入ってみようと……その……中途半端な知識のまま……

 父の故郷の人達の……『サムライ』が使っているという言葉遣いを……真似し始めて……

 それをしばらく日常的に続けてて……その……」


ようは―――


「単なる『ごっこ遊び』だった、ってことですか」


「ごはぁッッ!!!」


僕の言葉にカキョウさんが右ストレートを顔面に受けたかのように吹っ飛んだ。


なるほど……本人からしてみれば黒歴史な訳だ。


「うう……この学園に来るまではアリスリーチェ様も張り詰めた雰囲気で……

 私も粗相がないようにと常日頃から言葉遣いにも注意を働かせていたのに……

 あの方の雰囲気が柔らかくなって……

 私も釣られるように注意力が散漫になっていって……

 ふとした拍子に昔の喋り方が出てきそうになって……

 今まで何とか堪えていたのに……」


滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら地面に倒れ込み、ぶつぶつと呟き続けるカキョウさんであった。


僕はそんな彼女を見ながらクスリと笑い……そして声をかけた。


「でも……僕はあの言葉遣い、嫌いじゃありませんよ」


「え……?」


カキョウさんが僕の方を見つめた。


「単なる『ごっこ遊び』なのかもしれませんけど……

 なんていうか、カキョウさんのお父さんの故郷との『繋がり』が感じられて……なんか良いなぁって、僕はそう感じるんです」

「……………」


カキョウさんは、黙り込んだまま僕の言葉を聞いている。


「だから、またあの言葉遣いが出そうになったら無理に引っ込めたりしないでそのまま話して頂いて構いませんよ。

 僕は絶対笑いませんから!」

「う……………」


顔を赤らめるカキョウさんにはまだ迷いがあるようだった。

うーん、もっと褒めてあげないとかなぁ。


「むしろ、あの言葉遣いで話すカキョウさんはいかにも『侍』って感じで、凄く格好いいですし!

 僕――好きですよ!」


「―――っ!!」


その言葉の直後―――彼女はすぐ目を逸らしてしまった。


あれ……駄目だったかな……?

気のせいか、カキョウさんの顔の赤みが少し増したような気もする……

うーん……これ以上無理強いするのもなぁ……


と、そんなことを考えていると―――


「貴方の……」

「え?」


カキョウさんが、ぽつりと言葉を零した。



「貴方の前でだけなら………そう話すことも……

 考えてみるで………ござる…………」



ぼそぼそと恥ずかしそうにそういう彼女を―――僕は笑顔で見つめるのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「おやおやおやおや………!

 これはこれはこれはこれは………!

 ウォッタに続きなんともはや………!

 これはもうフィール殿によるガーデン家全攻略も時間の問題……!

 というか順番的に次は私の番……!?

 ああ、これは今すぐ身支度を始めなければ……!

 無難に制服のままで行くか……?

 いや!寧ろここは一気に彼の欲情を誘ってしまいヒロインレースでジャイアントキリングを成し遂げるのも……!」


「《アクア・ジェイル》」


「ごぼぁッ!?

 ごがぼばごぶぼぼばぁッッ!!」


「なんかもういいようにオチに使われている気がするわねコイツ……」


木陰で不気味な笑いを浮かべていた不審者を成敗しつつ………少し不機嫌な表情でフィル達を見やるウォッタであった。

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