第26話 失格と合格
「うぅ………ん………?」
ゆっくりと開いた僕の目に、優しい色合いの光が飛び込んでくる。
この光は……確か、魔力灯と呼ばれるマジックアイテムから発せられるもので、病院なんかによく使われているってリブラ先生から聞いたことがあったっけ……
そんなことをぼんやりと考えていた僕は、しばらく経ってからようやくその疑問を口にした。
「ここ………どこ………?」
どうやら……僕はベッドの上で眠っていたようで、周りには間仕切り用の白いカーテンが見える。
そのことを僕が認識するのと同時―――
「はっ!」とすぐ近くで眠っていた誰かが目を覚ましたような気配を感じ―――直後。
「フィルーーーーーーーー!!!!!」
―――ドッッパァァァァン!!!
「うぶぼぁッッ!!??」
キュルルが僕へ向かって飛びついて――というよりその身体全体で覆い尽くしてきた。
「フィルー!!フィルーーー!!!
あの後フィル倒れちゃってーー!!
穴に落ちて行っちゃってーー!!
コーディスにここに居るって聞いてーー!!
ボクずっと起きるの待っててーー!!
その内寝ちゃってたのーー!!」
「ごぼぼがぼばぁッ……!!!」
「落ち着きさないキュルルさん!!
ウォッタの《アクア・ジェイル》みたくなっておりますわよ!!」
と、アリーチェさんの制止の声に我に返ったキュルルが「きゅるー!?ごめんフィルー!!」という謝罪の声と共に慌てて離れ……
「ぜぇーぜぇー……」と呼吸を整える僕なのであった……
そうして僕は落ち着いた僕は思い出す。
あの時……『第三天』で戦っていた時のことを―――
あの戦いの最後……《バニシング・ウェイト-ニアゼロ》で一気に距離を詰め、《オース・ブレード》であの白亜のコーディス先生を両断した……その直後―――
キュルルと分離した僕は―――即座に気を失ってしまったのだった。
ただ、改めて考えてみればそうなって当然だったのかもしれない。
《ニアゼロ》を使うと凄まじい疲労感に襲われるということは知っての通りだ。
そして《オース・ブレード》……これを使ったのは魔物襲撃事件の時の一回だけだったけど……
アレで『水晶ゴーレム』を斬った後……僕とキュルルに一歩も動けなくなる程に体力を持っていかれてしまったのだった。
その2つの負担が同時に襲ってきたのならば……僕が意識を保っていられなくなっても何の不思議もないのだ……
今の自分の状態について理解した僕は、改めて口を開く。
「それじゃ、ここは……」
「学園の『第一天』にある医務室ですわ。
貴方が落ちた穴は直接ここに繋がっておりましたの」
アリーチェさんが僕の疑問に丁寧に答えてくれる。
彼女もキュルルと同じ様に僕が目を覚ますのを待ってくれていたようだ。
僕は2人に申し訳なさと感謝の両方を気持ちを抱いた。
そして僕は――
「そっか……」
そう言いながら目を伏せ……ぽつりと呟いた。
「それじゃ……僕は失格、ってことか……」
戦闘不能になった生徒は、穴に落ちていった。
当然その生徒は失格……
つまり僕は―――
「いや―――」
突然、男の人の声が僕の耳を打った。
「君は合格だよ、フィル君」
「え―――?」
驚いた僕がその声の方へと振り向く。
そこに居たのは―――
「コーディス先生!?」
「やあ、体調は問題なさそうかい」
そこには間仕切りのカーテンを蛇に開けてもらいながらこちらへと歩いてくるコーディス先生の姿があった。
「丁度君の様子を確かめようと思って来たんだ。
いいタイミングだったようだね」
と、そんなことを話すコーディス先生に僕は慌てて確認する。
「あ、あの!
今、僕のこと合格って……!」
「ああ、あれだけの立ち回りを見せてくれた君を失格になんてとても出来ないよ。
君は文句なしに合格だ」
コーディス先生の言葉は、本来であれば喜びと共に受け取るべきものなのだろう。
けど……僕はどうしても素直にそれを受け止めきれずにいた。
あの戦いで戦闘不能になり、穴の中に消えていった生徒は他にも大勢いたはずだ。
それを僕だけが特別扱いのように合格なんて―――
「というか―――」
そんな風に思い悩んでいた僕に―――コーディス先生は言葉を続けた。
「中央部の部屋まで戻った生徒達は君に限らず全員合格だよ」
「へ?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
…………コーディス先生曰く―――
あの白亜のコーディス先生によって戦闘不能にさせられ、落とされた生徒は全員ここに来るようになっていたらしい。
そして―――
「最初に言った通りこの『試験』の合格条件は『宝珠』を手に入れて中心部に、そして『第一天』まで戻ってくること。
そしてここは『第一天』の医務室。
問題なく合格条件を満たしているだろう?」
…………それってつまり。
「僕達……別にあのコーディス先生を倒す必要は無かった……?」
「そうだよ。
ちなみに時間制限をオーバーしそうになったら直前で全員を『第一天』まで強制的に落とすつもりだった」
要するに………『宝珠』を手に入れて中央部まで戻った時点で………
あの場の皆、既に合格済みということだったのだ………
「だから『試験』開始直後に言っただろう。
君達を徹底的に『理不尽』に追い込むと」
「いや『理不尽』の種類がだいぶ違うような!?」
一切悪びれる様子を見せないコーディス先生に僕は負担の残る身体に鞭を打ちながらもツッコんだ。
そして隣ではキュルルが「よかったねー!フィルー!」と実に無邪気に喜び、アリーチェさんが「つい最近同じような感覚を味わったような気が致しますわ……」と額に手を当てていた……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まあとにかく、合格おめでとう。
フィル君」
「はぁ………」
未だ納得のいきかねる微妙な生返事を思わず吐き出してしまう僕であったが……
まあ、良かったことには違いないし……
とりあえず今はこれ以上追及はしないでおくか……
と、そんなことを思っていた僕に―――
「これで君達は、『特別校外活動』への参加資格を得たという訳だ」
「…………!」
その単語を聞いた瞬間―――僕……いや、僕だけに留まらず隣で聞いていたキュルルとアリーチェさんも顔を上げ反応していた。
『特別校外活動』……
このような『選抜試験』なんてものを行うことになった、その大元の理由……
それは―――
「コーディス先生………
その『特別校外活動』っていうのは、一体……?」
僕は、気が付けばば自然と口を開いていた。
「……………………」
コーディス先生は、僕の疑問の声にしばらくの間無言でいたのだけれど………
やがてゆっくりと口を開いた。
「『特別校外活動』の内容について……まだ詳しいことは言えない」
コーディス先生から帰って来た返答に……
「……………そう、ですか……」
僕は……そう返すしかなかった。
もっと追求したい気持ちはあれど、聞いたところで答えてはくれないだろうという諦めと共に、僕は話を切り上げようとし―――
「ただ―――君達には、これだけは伝えておこう」
続けて出て来た言葉に、思わず「え?」と声を上げる。
「君達に参加してもらう『特別校外活動』には………
ある人物……そしてある組織が関連している」
「ある人物と、組織……?」
「ああ」とコーディス先生は、静かに語る。
「そして君達にも関連する話だ。
かつて……彼らが起こした事件の渦中にいたのだからね」
「―――――っ!
それって―――!」
彼らが起こした事件―――まさか、それは―――
その人物と、組織とは――――!
「スクト=オルモーストと………
『レゾンデートル』だ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 ??? 》
「コーディスさんが………勇者学園が動いた」
「………………………」
「どうやらアナタの力を借りなければいけない時が近いようだ」
「………………………」
「協力して頂けますか?」
「……………………………ええ。
勿論ですよ、スクト」
「全ては、我々が求めるものの為に」