第23話 僕と君と、同じ気持ち
―――ヒュンッッッッ!!!
白亜の蛇がその長躯をしならせ、ある女生徒を狙う。
―――ギィィンッッ!!!
「ぐっ―――!!!」
巨大な鞭の如き蛇の身体が女生徒の右手から伸びる五本の『長爪』に触れる。
まともに受ければ間違いなく数十メートルは吹き飛ぶであろうその衝撃を―――彼女は必死の表情で受け流す。
―――ヒュンッ!ヒュンッッッ!!!
白亜の蛇は更に畳みかけるように攻撃を仕掛ける。
今度は2匹が同時に左右から女生徒を襲い―――
―――ギィンッ!ギィィンッッ!!
「ぐぅぅぅッ―――!!!」
女生徒は懸命にその攻撃を防ぐも――完全に受け流すことが出来ず、腕が大きく弾かれる。
白亜の蛇はその隙を見逃さず―――
―――ヒュボッッッッ!!!
「ごはッ―――!!!」
女生徒の脇腹に―――その長躯が叩きつけられる。
白亜の蛇の攻撃をまともに受けてしまった女生徒は、まるで砲弾のようにその場から吹っ飛ばされ―――
「プランティっ!!」
彼女の主の悲痛な叫び声が響き渡る。
これまで幾多もの生徒が犠牲となった、その白亜の蛇による攻撃。
普通なら間違いなく戦闘不能のダメージを負っているであろうその女生徒……プランタ=ガーデニングは―――
―――ダンッッ……!!
「う………ぐぅぅぅ…………!!!」
脇腹を抑え、苦痛に呻きながらも―――その両脚で、しっかりと床の上に立っていた。
「プランティしっかり!
待ってて、今回復を……!!」
「だ……大丈夫です……お嬢様……!
胴回りを粘土で覆ってガードしておりましたから……!
致命傷にはなっておりません……!」
自身の身を案じて駆け寄った主に心配する必要は無いと返事をするも……
彼女の絞り出したような声色からは決して余裕などない事が伺えてしまった。
結局プランティはスリーチェからの回復魔法を受けることになり、「申し訳ありません……」と悔しさを滲ませた謝罪を零すのであった……
「やはりプランティでも『アレ』を正面から相手するのはとても困難、ですか………」
その様子を見ていたアリーチェが、深刻な表情で呟く。
『試験』終了まで残り30分。
中央部に集まった全ての生徒達は昇降機の前に鎮座する『最後の番人』を前に、ただひたすら焦燥感に苛まれるのだった―――
「なんか私、最近………!
バトル展開になるといつもこんな……!
こんな役回りばっか………!!」
「相手が!!
相手が悪過ぎるだけですから!!
貴女は十分お強いですからぁ!!」
体育座りで膝の中に顔をうずめながらこれ以上ない程に負のオーラを巻き散らすプランティを必死に慰めるフィルなのであった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「もう時間がありません」
残った全ての生徒達の前で、アリーチェが意を決して宣言した。
「遠距離からの魔法攻撃……
複数人で全方位からの接近……
バニラさんやスリーチェの隠匿魔法による突破……
いずれも悉く失敗いたしました」
彼女が語った今に至るまで試した行動の数々を聞き、周りの生徒達が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「魔法攻撃は全部あの白い蛇で捌き切りやがったからな……あの物量を……」
ヴィガーが今でもその光景が信じられないとでも言うように拳を握りしめながら呟く。
「全方位からの接近は全員纏めて一掃されちまった……
アタシも……あと一瞬下がるのが遅れていたら……」
その行動に参加し、そして唯一逃げ延びたアニーが歯軋りと共に唸るような声を出す。
「《プレゼンス・ハイド》が……通用しないなんて……!
そんなことが……!」
「あの蛇の感知能力は……わたくし達の隠匿魔法の上を言っている、ということですのね……」
バニラとスリーチェが悔し気に言葉を零す。
特にバニラは決して破られはしないと密かに自負していた自分の魔法が通用しなかったという現実に途轍もないショックを受けているようで、わなわなと震えながら地の底からこみ上げてくるようなおどろおどろしい声をブツブツと呟いていた。
その様相に周りの生徒は勿論、親友のキャリーでさえ話しかけることを躊躇ってしまうのだった……
「皆さん、覚悟を決めましょう」
アリーチェは改めて生徒達へと語りかけた。
「『アレ』に小細工は一切通用しません。
ならば―――」
そして、告げる。
「我々全員で、全ての力を以てして―――『アレ』を倒しに行くしかありませんわ」
彼女は力強い声ではっきりと、その『困難』を口にする。
「……全員で『アレ』に向かって突撃でもするのか?
どう考えても仲良く玉砕する未来しか見えねぇぞ」
アニーが腕組みをしながら声を上げる。
他の生徒達も彼女の見解に無言の同意を示していた。
「策は、ありますわ」
そう言ったアリーチェは……1人の人物に、視線を向けた。
「フィル」
次いで―――もう1人。
「キュルルさん」
2人を同時に見据え、アリーチェは言った。
「貴方達2人の力が『要』となりますわ」
「僕達が……『要』……?」
「きゅる………?」
戸惑いの声を上げるフィルとキュルルに、アリーチェが「ええ……」と頷く。
「あの時の……あの『お2人』の力を―――
ここでもう一度、お貸し頂けないでしょうか」
「「―――!!」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
精巧な石膏像の如き、白亜のコーディス……そしてその両腕に絡みつく白亜の大蛇―――
その『最後の番人』の前に、ふたつの人影が現れる。
フィル=フィール。
そして、キュルル=オニキス。
その人影を視認した白亜のコーディスは、静かに顔を上げ―――両腕の蛇を、2人へと向ける。
それを見ながらフィルはつい先ほどまでの会話を思い出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「『2人』の力って……
もしかして、あの魔物襲撃事件の時の……!?」
「ええ……『アレ』はプランティでもまともに太刀打ちできない程の強敵……
しかし、あの時の貴方達ならば―――!」
「いや、でも……
アリーチェさんももうご存じのはずでしょう………
僕達はあれ以来、あの時の『力』を出すことは―――」
「大丈夫だよ、フィル」
「え………キュルル?」
「今のボクなら、ボク達なら大丈夫。
だってボク―――今、あの時と同じ気持ちだもん」
「あの時と……同じ気持ち?」
「うん―――!
あの時と同じ―――!
『フィルと一緒なら、何だって出来るんだ』って気持ち―――!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「わたくしは考えましたわ。
あの事件の後に試した時やガーデン家でのゲームの時……
何故あの時のような『力』が出せなかったのか。
あの時と、何が違ったのか」
アリーチェが2人の背後に立ち、しっかりと2人の姿を見据えながら語る。
「あの『力』を引き出す為の条件―――
それは……とても月並みな、笑ってしまう程単純でシンプルなもの」
その2人の内の1人―――キュルルの輪郭が崩れ始める。
「2人で―――同じ目的の為、心を一つにすること」
人の形を失ったキュルルが―――
フィルを、包み込み―――
「2人が―――同じ気持ちを、抱くこと」
『2人』は―――『1人』となった。
制服を白いマントのようにはためかせ、漆黒の鎧を纏うが如きその姿へ―――
そして―――右半分の顔を覗かせるフィルが呟く。
「僕も同じだよ、キュルル」
強く、強く……叫ぶ!
「君と一緒なら!なんだって出来る!」
『2人』は―――真っ直ぐに前を向き―――
「行くよ!キュルル!!」
「うん!フィル!!」
―――ダッッッ!!
『最後の番人』へと、駆ける――!