第22話 僕達と最後の番人
「くっ―――!
とにかく、ここを離れるぞ!!」
白亜のコーディス先生から距離を取ろうと、僕を抱えたままイーラさんが『黒い翼』をはためかせる。
―――ヒュッッッ!!
「―――ッ!!」
そうはさせじとでも言うように、白亜の蛇がその長躯をうねらせ―――僕達を狙う!!
「おおおおッッッ!!!」
―――バサァッッ!!
猛スピードで迫る蛇が僕達に触れる直前―――イーラさんは何とかその場から後方へ大きく離脱し、その攻撃を避ける……!
けど―――!
―――バゴォッッッ!!!
「「―――ッッッ!!」」
僕達を仕留め損ねた蛇は―――
代わりに僕らの近くにあった柱を砕き―――
数多の石礫を超高速で僕達へと飛ばした―――!!
完全な意識外からの攻撃に、イーラさんは回避行動も取れず―――
僕達は、成すすべなくその石礫を浴びるしか―――
「《アクア・シールド》!!!」
―――ゴポアッッ!!!
その時―――僕達の目の前に『水の盾』が現れ―――
―――ゴボボボッッッ……!!!
高速飛来する石礫を、受け止めた――!!
この魔法は―――!!
「早くこっちへ!!」
「ウォッタ!!」
その声がした方へ振り向くと―――そこには両腕を僕達の方へと突き出したウォッタの姿があった!
イーラさんは『黒い翼』を操作し、彼女の方へと飛び駆ける!
そして僕達はウォッタの後方へと降り立ち―――僕は慌てて彼女へ声をかける!
「ウォッタ!君も早く逃げ――!」
「大丈夫……!
この距離なら……もうアレは襲ってこない……!」
「え……?」
その言葉に、僕は後ろを振り返る。
彼女の言う通り……気が付けばあの白亜のコーディス先生は、見た目通りの石膏像のように動かなくなっていた……
「フィル!
ご無事ですか!?」
「アリーチェさん!」
部屋の奥側から僕達へ向かって車椅子を走らせるアリーチェさんの姿が見えた。
彼女の周りにはファーティラさんとカキョウさんの姿も見える。
『試験』がスタートした直後、強制的に分断されて以来の彼女達の姿に僕は思わず安堵の声を上げた。
けどすぐにそんな場合じゃないと気付き、彼女へ改めて話しかける。
「アリーチェさん、あのコーディス先生は……!」
「おそらく、この『試験』の……最後の番人、なのでしょう……
外縁部にいた『水晶ゴーレムもどき』で終わりではなかった、ということですわね……」
「わたくしと共に居たチームのメンバーも、数人がやられてしまいましたわ……」と、アリーチェさんが悔し気に俯きながら呟く。
あの『ゴーレム』で終わりではなかった……
僕はその現実に思わずめまいがしてしまうのだった……
「『アレ』の強さは……『水晶ゴーレムもどき』の比ではありません……
おそらく……本物のコーディス先生に匹敵する……その可能性すらありますわ……」
「………………っ!!」
僕は―――そのアリーチェさんの言葉を『考え過ぎでしょう』と笑い飛ばすことが出来なかった。
僕の見た、2人の生徒達を一瞬で仕留めたあの攻撃の速さ―――
僕が体験した、『黒い鍋蓋』を弾くほどの攻撃の重さ――
そして何より―――あの威圧感。
今まで目にしてきたクリーム色の魔物達とは一線を画す……
一目で『ヤバい』ということが分かる、あの白亜の威容―――
『アレ』は―――強い。
ひょっとしたら、本物の『水晶ゴーレム』と同等か……それ以上に―――!
「『アレ』を1人で相手取るなど愚策も愚策……
残った全ての生徒達の力を合わせなければ到底立ち向かうことなど出来ない……
そう考えたわたくしは『水晶ゴーレムもどき』を倒し、この部屋に戻ってくる生徒達にこのことを伝えるために待ち構えていたのですが……
何せこの広さですからね……全ての扉を見張ることは出来ませんでした。
その所為で貴方達を助け出すのが遅れ、貴方達のチームから犠牲を出してしまいましたわ………申し訳ありません……」
「いえ……そんなこと……!
アリーチェさん達がいなければ、きっと僕も……!」
謝罪を述べるアリーチェさんに僕は慌てて声を上げる。
ウォッタの魔法が無ければ、僕達だって危なかっただろう。
「もう既に何人もの犠牲が出てしまっておりますが………それでも、何とか『アレ』について特性をいくつか見抜くことができましたわ。
その一つが『行動範囲』。
『アレ』はどうやら中央部の昇降機からは一定距離以上は離れないようですの」
さっきウォッタが『この距離なら大丈夫』って言ってたのはそれか……
「フィル、貴方達のチームも生徒達の保護に動いて頂けますか。
制限時間ギリギリまで粘って、頭数を確保しなければ……きっと『アレ』には勝てませんわ」
アリーチェさんの言葉に反対する理由などなかった。
僕は彼女の言うことに従い、他の扉へと向かおうとする。
ただ、その直前―――
「ところでフィル」
と、アリーチェさんから声をかけられた。
なんだろう?
「貴方さっき、ウォッタのこと呼び捨てで呼んでいたような―――」
「アリスリーチェ様!!!!!!
また新たな生徒達が!!!!!!!
早く呼び止めに行かねば!!!!!!
さあ!!!!早く!!!!!!!!!!!」
ウォッタが普段の静かな話し方からは想像もできないような大声でアリーチェさんの疑問の声を掻き消し、生徒達の制止へと動いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 エクスエデン校舎・第二天 特別救護室 》
「流石はこの迷宮や魔物を造り上げる期間の内、半分以上を費やしただけはあるね。
これ以上ない程の仕上がりだ」
コーディスとアリエスは現在、先程まで見ていた名前のリストが乗っている掲示板ではなく……巨大な鏡の前に立っていた。
そこには『第三天』中央部の様子が映し出されている。
それは大陸西側での事件の際に持ち帰ったマジックアイテム『プロジェクション・ミラー』を解析し、大型に改造したものだった。
「………再現できたのは『戦闘能力』だけで、高度な思考能力は持ち合わせていませんけどね……
あくまで決められた範囲内に存在する者を機械的に攻撃するだけの自動人形……
実際のコーディスさんの実力には及びません」
「そんなものはほんの僅かな差でしかないよ。
『アレ』はまさしく私の写し見、もう一人の私に違いない」
コーディスは巨大な鏡に映り込むもう一人のコーディスを見やり、淡々と言葉を発する。
「ただまぁ……それはつまり私の力が『ファンタズマゴリア・マテリアル』で再現できてしまう程度しかない、ということの証左でもあるのだがね。
私から『アレ』を造り上げることを頼んでおいてなんだが、なんとも複雑な気分だよ」
「…………『水晶ゴーレム・レプリカ』の数十倍の量を用意し、この学園の講師百人単位での魔力注入作業を行い、行動範囲を限りなく小規模に抑えることでなんとかギリギリ、で再現できたのですけどね……」
アリエスは思わず半眼になりながら呟いた。
「それでも人の手で再現できる程度ということには違いない。
まあ、私は勇者一行の中で一番弱いのだから、それも仕方なしといった所か」
「…………………………………」
それは謙遜なのか何かしらの皮肉なのか、もはやアリエスにはその言葉に反応を示す気力はなかった……
そしてコーディスは―――改めて鏡へと目を移し、呟く。
「さぁ、どうか証明してくれ。
そして私に信じさせてくれ」
祈りにも似た言葉を―――呟く。
「君達が―――『勇者』であることを」