第20話 僕達と凱旋
―――ゴガァァアァアアアア………!!
クリーム色の『水晶ゴーレム』が床へ崩れ落ちていく様を――僕達は静かに見つめていた。
その欠けた身体の中からは無数の『宝珠』が零れ出ている。
そして……『水晶ゴーレム』の巨体が完全に沈黙し……
全てが終わったことをこの場の全員が理解した―――
「やった………!
やったぁあああああ!!」
「倒したッ……!!
倒したぞぉおおおおおおおお!!」
「これで……私達……合格っ……!!」
堰を切ったように皆が歓声をあげ、感極まって涙を流す人までいる。
勿論僕も喜びの表情を顔いっぱいに広げ、皆でこの困難を乗り越えた感慨に震えていた。
そして、僕は隣にいたイーラさんの方を向き……僕に見られていることに気付いたイーラさんが「ふん」とそっぽを向く。
だけど僕はしっかりと見た。
そっぽを向く一瞬前……彼女の頬がほころんでいたことに。
そんな彼女を見て、僕はより一層笑顔になるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、しばらくの間僕達はそれぞれ思い思いのまま喜びに打ち震えていた訳なのだけど……
いつまでもそうしている訳にはいかないことに気付く。
まだこの『試験』が終わったわけではないのだ。
スタートしてから5時間以内に『試験』の合格条件は『宝珠』を手にして中央部へ、そして『第一天』へと戻ることだ。
この外縁部まで来るのに2、3時間もかかったのだから……すぐにでも戻らなければ間に合わないだろう。
ここまできて時間切れで失格なんてことになったら悔やんでも悔やみきれない。
気が付けばこの空間の出入り口を塞いでいた壁は消えていた。
おそらくクリーム色の『水晶ゴーレム』を倒した時点で無くなったのだろう。
僕達は慌ててそれぞれ『宝珠』を手にし、急いで来た道を戻り始めたのだった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――タッタッタッタッタ……!!
「魔物……出てきませんね……?」
全員が急ぎ足で通路をかける中、僕はそんな声を上げた。
外縁部を離れてもう十数分……先程まで幾度となく現れたあのクリーム色の魔物達は――1匹たりとも姿を現さなかった。
最初は生徒達全員、奇襲などに警戒しながら慎重に進んでいたのだけど……今はもう走ることだけに集中していた。
「もしかして……『宝珠』を手に入れた時点でもう魔物は出なくなったんですかね……?」
僕がそんな推測をこぼすと、周りの生徒達も「うん、きっとそうだ!」「あの『ゴーレム』を倒した時点で合格みてぇなもんなんだよ!」と口々に同意し始める。
そんな中で……イーラさんだけは何かを思案しているかのように沈黙を保ったままであった。
「あの……イーラさん?
何か、気になることでも?」
そんな様子が気になった僕は、彼女に話しかけてみるのだけれど……
「……ふん、何でもない」
などと、そっけない返事を貰うだけだった。
うーん……気になるけど、無理に聞き出すようなことでもないか……
そんな風なことを考えていると―――
「そんなことよりも、フィル……」
と、何か別の話題を彼女の方から持ち掛けてきた。
……気のせいか、その言葉の中には怒気が含まれているような気がする……
「貴様……私の秘密を他人に喋ってくれたな……?」
「あっ―――」
その時、僕の隣で並走していたイーラさんの瞳が―――赤く光った気がした。
「この前、私は言ったはずだよな……?
私の部屋で見たことや聞いたことを他の者にバラしたりしたら……」
―――ビュゴォオオオオオオオオ!!!
真っ直ぐ前を向いたままのイーラさんの掌から、物凄い暴風音が聞こえる………
そして僕はだらだらと大量の汗を流し始める……
「ああ、そういえばその時は秘密をバラしたら具体的にどうなるかまでは言ってなかったな。
では今から実例を―――」
「あの、イーラさん!」
と、イーラさんが轟音で唸りを上げる掌を僕に向かって振りかぶったのと同時、後方から割り込むように声がかけられた。
その声の主は―――
「アルスさん……?」
僕とイーラさんが後方を振り向き、その眼鏡の男子生徒を見つめる。
「……何だ。
邪魔をするなら貴様も――」
「僕はフィル君からアナタのことを教えて貰って、良かったと思っています!
だって、そのおかげでアナタと一緒に戦おうって気持ちになれたんですから!」
「――!」
イーラさんはその言葉に驚いたような表情を浮かべた。
「わ、私もです!
ただ私達を見下しているんじゃなくて……
『勇者』ってものに対して真剣に考えているんだってことが分かったから、私もアナタを助けたいって思ったんです!」
アルスさんの言葉にティアーさんも続き……
少しの間をおいて「チッ……」という舌打ちと共に、また別の声が聞こえてきた。
その声は……男勝りな女生徒、アニーさんだった。
「まあ、アタシも……フィルからアンタのことを聞かなけりゃあ、アンタと一緒に戦うなんざまっぴらゴメンだったろうな……」
そう言いながらアニーさんは「ふん!」と鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。
その姿を見て、まるでイーラさんみたいだなぁ、なんて僕は思ってしまった。
「……これを言うのは癪だけど……ぶっちゃけ、私もアンタと似たようなことは思ってたんだよ。
碌な覚悟もない癖に『勇者』になりたいなんてほざく奴らを見てると、ムカついてしょうがなかったんだ」
と、そんなことをアニーさんがぽつりと言いだした。
「だから、まぁ……アンタの態度や口の悪さは今でも気に入らないけど……
アンタの言ってること自体は……分からなくもなかったんだよ」
「…………………………」
アニーさんの言葉を、イーラさんは静かに聞いていた。
どうやら……この2人は案外似た者同士だったみたいだ。
そんな皆さんの言葉を聞き……イーラさんが発している怒気が和らいでいることを僕は感じた。
僕は意を決して彼女に話しかける。
「イーラさん……アナタの隠し事を皆に話したことについて、言い訳はしません。
お望みなら、いくらでも罰を受けます。
それでも……これだけは知っておいて欲しかったんです」
僕は、しっかりと彼女を見つめながら話した。
「ここに居る皆は……アナタのその勇者様への思いに負けないぐらい、強い意志を持った人達だってことを」
「……………………」
イーラさんは僕の言葉を受け、しばらくは何も言わなかった。
少しの静寂の後……彼女は静かに口を開いた。
「私はお前達を認めたつもりはない」
「だが……」と彼女は言葉を続ける。
「あの『ゴーレム』を倒すのに、お前達の力がほんの少しばかり役に立ったのも事実だ。
全く持って不本意極まりないが……お前を許してやる」
と、そんな彼女の言葉に「まぁたコイツはいちいちムカつく言い方……!」「まぁまぁ、落ち着いて……!」というアニーさんやアルスさんが反応し……
そして僕はというと―――
よぉーーーし!!
言質取ったぞぉーーー!!!
なんてことを思いながら内心ガッツポーズを取っていた。
これで学園の生徒達に今までずっと彼女の秘密をバラしていたことも不問に―――
「ただし―――この場の人間以外、誰か1人にでも秘密を話したら………
今度こそ『コレ』だからな」
―――ビュゴォォォオオオオアアアアア!!!
「…………………………………………………………………」
再び掌から轟音を響かせるイーラさんの目を、僕は見ることが出来なかった……………
そして、そんな弛緩しきった空気に―――僕はもうすっかり忘れていたのだった。
この『試験』が始まった時、コーディス先生が残した言葉を。