第19話 フィルと勇者達、キュルルと勇者達
「ウォオオオォォォオオオオオ!!!」
『人狼』と化したアニーが『水晶ゴーレム・レプリカ』の周囲を疾走する。
『ゴーレム』が彼女に向けて拳を振り回すも―――
「遅ぇッ!!」
―――ダッダッダッッッッ!!
その素早い動きを『ゴーレム』は捉えることが出来ず、空を切るばかりであった。
「コイツ、俺達の方には見向きもしねぇぞ!」
「もしかして……この『ゴーレム』1人だけしか狙わないんじゃねぇか!?」
生徒達がアニーばかりを狙い続ける『水晶ゴーレム・レプリカ』の動きに法則があることに気付き始める。
「このままアニーが『ゴーレム』を引き付けてくれたら、こっちの攻撃を当てることはそう難しくねぇぞ!」
そうして生徒達は魔法や手にした得物で『ゴーレム』に何度も攻撃をし続ける。
だが―――
「クソッ……硬すぎる!
全力を込めた魔法でほんの少ししか傷つかねぇぞ!」
「しかもすぐに治っちまう……!
ホントに倒せんのかよ、コイツ……!」
生半可な攻撃では傷一つ付かない『ゴーレム』の身体……更にはなんとか付けた僅かな傷も瞬くまに塞いでしまう再生能力。
その余りにも反則気味な脅威の存在に、生徒達の心が折れかけるも―――
「てめぇら!!
なぁに情けねぇことほざいてやがる!!」
「「「!!」」」
『ゴーレム』の動きを引き付けているアニーが、即座に生徒達を叱りつける。
「あの口の悪りぃエルフに!!
アタシ達を『俗物』なんて言いやがるあの女に!!
見せつけてやるんだろうが!!
アタシ達の『覚悟』を!!
アタシ達が―――『勇者』であることを!!」
「「「――――!」」」
その言葉に―――『ニッ……!』と生徒達は無理やり笑顔を作りだした。
「ああ、分かってるよ!!」
「この程度で諦めてたまるもんかよッ!!」
「それと口の悪さじゃお前も負けてないぞ!!」
「おっしゃァ!!その意気だ!!
あと最後の奴は後でボコす!!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「イーラさん……彼らはまだ『俗物』ですか?」
「……………………」
僕はイーラさんに静かに語りかける。
「僕は……彼らを見てると、『勇気』が湧いてきます」
イーラさんは何も言わない。
彼らの方を見つめたまま。
「僕も……彼らみたいになりたいと、そう思えてきます」
僕もまた彼らを見つめる。
「かつて……魔物に襲われた僕の故郷を、勇者様に救って頂いた時のように……
あの日……僕が『勇者』になりたいと思った時と、同じように……」
そうして僕は……いつか彼女に言った言葉を、再び言う。
「ここには―――『勇者』がいます」
そして……叫ぶ!
「彼らは――『勇者』になります!!」
心の底から―――叫ぶ!!!
「僕も――『勇者』になります!!!」
幼き日の夢を叶える為に―――
そして何より―――『誓い』を果たす為に!!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――ドォォオオオオッッッ!!
『水晶ゴーレム・レプリカ』の拳が―――キュルルを押し潰す。
「「「――――っ!」」」
その様を、後方にいる生徒達が息を飲んで見つめていた。
この空間を、静寂が包み込み―――
「フィルの声が―――聞こえた」
その静寂が―――打ち破られる。
『水晶ゴーレム』の拳の下から響く声によって。
「フォルムチェンジ!!
『ユグドラシル』!!」
―――グォオオオオオアアアア!!!
直後――『黒い大樹』が『水晶ゴーレム』の拳の下から凄まじい勢いでそびえ立つ。
そして『黒い大樹』の枝が『ゴーレム』に巻き付いていく。
それは『ゴーレム』の拳や腕を伝い――右半身を完全に雁字搦めにするのだった。
後方の生徒達がそれを唖然としながら見上げていると―――
「ねぇ!!そこのアナタ達!!」
「「「「―――っ!?」」」」
『黒い大樹』から上半身を生やしたキュルルが生徒達に向かって、叫ぶ。
「今、フィルが言ってたよ!!
ここには『勇者』がいるって!!
彼らは『勇者』になるって!!」
「な、なんだ……!?
何の話だよ……!?」
突然訳の分からないことを言ってくる『スライム』に、生徒達はただひたすらに困惑と混乱の表情で立ち尽くすだけであったが―――
「ねえ!!アナタ達はどうなの!?
ここに『勇者』になる為に来たんじゃないの!?
アナタ達は『勇者』になるんじゃないの!?」
「「「「!!」」」」
その言葉は―――生徒達の胸に強く響いた。
「それなのに―――こんな奴にビビッて!ボクにビビッて!!
そんな『弱虫』が!!
本当に『勇者』なの!?」
「っ……!!」
「うっ……くっ……!」
『スライム』から発せられる叱咤に―――生徒達は拳を震わせ、歯を食いしばる。
「このままボクに!!『魔王』に!!
守られてばっかで!!
アナタ達は!!それでいいの!!??」
「「「「――――」」」」
その言葉が響くと同時―――
―――ズォォ……!
「きゅるっ!!」
『水晶ゴーレム・レプリカ』が右半身に纏わりつく『黒い大樹』――ひいてはそこから上半身を生やすキュルルを引きはがすべく、まだ自由な左腕を振り上げる。
生徒達に意識を向けていたキュルルは一瞬反応が遅れた。
キュルルがそちらを向いた時、既に『水晶ゴーレム』は左拳をキュルルに向けて―――!
「《ロック・クランプ》!!」
―――ゴッガァッッッ!!
拳がキュルルを捉える直前――高速発射された『岩の砲弾』によって『ゴーレム』の拳が大きく弾かれた。
「はぁ……はぁ……!」
その魔法を唱えた生徒が、荒い息を吐きながらキュルルと『ゴーレム』を睨みつける。
「この……『スライム魔王』が……!
好き勝手………言いやがって!!」
そして、その生徒の後に―――他の生徒達も、続く。
「お前なんかに……守られてばっかで……!!
いいわけねぇだろうがッ!!」
「そうだ……!!
誰かに守られるんじゃねぇ……!!
誰かを守る!!そんな『勇者』になる為に!!」
「私達は……ここに来た!!」
そこにはもう――得体のしれない魔物に怯える『弱虫』はいなかった。
「「「俺達は―――『勇者』だ!!」」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁッ……はぁッ……!
流石に……走りっぱなしはキツイな……!」
『水晶ゴーレム』を常に引き付け続けていたアニーが荒い息をつく。
未だ決定的な攻撃を咥えられずにいる焦りもあり、彼女の体力は着実に削られていた。
「アニーさん!下がってください!
僕が囮役を引き継ぎます!」
「―――っ!!
フィル!?」
後方から聞こえて来たその声にアニーが声を上げる。
「おい待てフィル!!
まだ奴との距離が近い!!
このタイミングじゃ――っ!?」
―――ズゥゥオオオオ……!!
アニーが焦燥の声を上げるのと同時――『水晶ゴーレム』が両腕を振り上げる。
両掌を使って広範囲を押しつぶす構えのようだ。
「フィル!!止まれ!!
潰されるぞ!!」
こちらへと向かって走ってくるフィルにアニーが必死に呼びかける。
だが―――フィルは『ニッ……!』と笑顔を浮かべ、叫んだ。
「皆さん!!
その場から動かないで!!」
「「「―――っ!?」」」
突然の不可解な指示に、生徒達全員が固まった――次の瞬間。
「《ドゥームズ・ブレイズストーム》」
その『魔法名』が響き渡り―――
―――ビュゴォオオオオオ!!!!
『黒い暴風炎』が生み出される!
「う、あああああああッ!!!???」
『水晶ゴーレム』の周りで戦っていた生徒達は、目の前に迫るその破滅的な炎風に思わず目を瞑り、頭を庇うように両腕を交差させる――だが。
「―――!?
な……こ、これは―――!?」
その『暴風炎』は――まるで生徒達の周囲を綺麗に避けており、一切の熱すら感じさせなかったのだった。
そして――『暴風炎』が晴れたそこには―――
身体の表面を焦がし、所々が溶け落ちた『水晶ゴーレム・レプリカ』と―――
火傷の一つも負っていない生徒達の姿があった―――
「イーラさん!身体の負担は大丈夫ですか!?」
「ふん……!
先ほどよりずっと短時間での発動だ!
この程度で心配される謂れはない!」
フィルの掛け声に対し、後方にいるイーラから『余計なお世話だ』とでも言いたげな返答が来る。
―――ピキキキキ………!
『水晶ゴーレム・レプリカ』は即座に再生に入るが、その間の動きは確実に鈍っていた。
「アニーさん!
今のうちに下がってください!
後ろにティアーさんがいますから回復魔法を!」
「―――っ!」
―――ダッッッ!!
諸々の疑問をとりあえず脇に置き、アニーが後方へと下がる。
そして「すぐに回復します!」と近づいてきたティアーからの回復魔法を受け……少し離れた場所にいるエルフの少女……イーラを見つめ、静かに語りかける。
「お前……」
「ふん、勘違いするな。
貴様らのことを『勇者』と認めたわけではない」
イーラは相変わらず相手の顔を見ないまま、吐き捨てるように話す。
そんな態度にアニーは「テメェ……!」と食って掛かろうとするが―――それよりも前に。
「だが――私が手を貸す程度の価値があることは……認めてやる」
「――――!」
再び「ふん……」と鼻息をつく彼女であったが……それには今までの傲慢さはなく……
何か、自分が言ったことを誤魔化すような響きがあった。
アニーは……そんなイーラを見て、「へっ……!」と言いながら笑い――
「まぁ、つまりは貴様らにはそれなりの利用価値があるということだけは認めてやるから、今この場だけは私の隣に立たせてやることを精々有難く―――」
「テメェやっぱり一発殴らせろ!!!!」
イーラに飛び掛かろうとするアニーをティアーが必死に抑えるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おい見ろ!!
コイツ、ここだけ再生が遅いぞ!!」
「―――っ!!
もしかして―――弱点が!?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「この箇所に攻撃を集中させれば、もしかしたら――!」
「きゅるぅッ!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――…………ポッ……!
「……………………」
掲示板に記された最後の名前が虹色に光る瞬間を―――コーディスが、静かに見つめていた。
165名の生徒が『宝珠』を手にしたという、その証を―――