第18話 僕達と勇気を与える存在
虹色の光を放つその十数名の名前の中にはコーディスもよく知る貴族の令嬢の名があった。
動揺に瞳を揺らすコーディスがそれを確認した直後―――
―――ポッ……ポッ……ポッ……!
「―――!」
ある3名の名前が虹色に光り輝いた。
ファーティラ=ガーデニング。
ウォッタ=ガーデニング。
カキョウ=ガーデニング。
まるで主の後をすぐさま追うかの様に、3人のお付きの名に虹色の光が灯りだす―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ファーティラが『宝珠』を右手に掴み、呟く。
「並外れた硬度を持ち、ようやくわずかな傷をつけたと思えばすぐさま再生する『ゴーレム』」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ウォッタが両手で『宝珠』を抱えながら、呟く。
「一見すると、こちらにはまるで打つ手など無いように見えてしまう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カキョウが右手に仕込み刀を、左手に『宝珠』を掴み、呟く。
「だが、相手をし続けていれば自然と見えてくる」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三人のお付きが、異なる場所で同時に呟く。
「「「この『ゴーレム』は、必ず『1人』しか狙わない」」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――ポッ…ポッ…ポッ…ポッ…ポッ……!
「……………………!」
次々と虹色の光を灯り始める掲示板の名を―――コーディスは言葉もなく見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
満面の笑みで『宝珠』を握るスリーチェが、声を上げる。
「そして、この『ゴーレム』の背後の一部に!
傷の再生速度が遅い箇所がありましたわ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
崩れた『水晶ゴーレム・レプリカ』の陰に身を潜めるプランティが、どもり気味に呟く。
「だ、誰か1人に……囮になってもらい……
ほ、他の皆で、その箇所を集中攻撃すれば……た、倒せる………!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「必要なものは―――再生速度の違いに気付く為の、僅かな変化も見逃さない『観察力』」
「囮として逃げ切る為の……そして弱点を攻撃する為の……単純な『戦闘力』」
「けど、何よりも一番重要なのは―――」
「『仲間』と―――諦めない『心』」
キャリーが、バニラが、ミルキィが、ヴィガーが、『宝珠』を手に呟く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どれだけ硬かろうが!!
どれだけ再生されようが!!
諦めずに戦い続ける『心』!!!
それさえあれば!!!
コイツに打ち勝つことが出来るのだああああああああああああああ!!!」
魔力が尽き果て複数人の生徒に抱えられたコリーナが、『宝珠』を口に咥えながら器用に叫ぶ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――ポッ…ポッ……ポッ…ポッ…ポッ……!
気が付けば―――虹色に光る名は、100名を超えていた。
「どうですか、コーディスさん」
物言わぬコーディスの後ろから、アリエスが静かに語りかける。
「もうそろそろ、信じてみませんか?
あの子達を………『勇者』達を」
そして彼女もまた、その虹色の光を見つめるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――ズオォォォ……!
「ひっ―――うあっ!!」
クリーム色の『水晶ゴーレム・レプリカ』が腕を振り上げ、1人の生徒を狙う。
生徒は逃げようとするも、足がもつれ転んでしまった。
―――ゴォォッ!!
「う、わああああああっ!」
床の上を這うような恰好になった生徒に向け、容赦なく拳が振り下ろされる―――
その直前―――黒い影が割り込んだ。
「きゅるぅッッッッ!!!」
―――ズンッッッ!!
生徒の前に飛び込んだキュルルは、巨大化させた両腕で『水晶ゴーレム』の拳を受け止める。
そしてその拳を抑え込んだ状態のまま、背後の生徒へ声をかけた。
「ぐぅぅ……!
はやく、立って!」
「う……あ………!」
呆然としていた生徒はその声にハッと我に返ると、もたつきながらも立ち上がり、その場から脱していった。
「きゅぅぅぅるぅぅうううああああ!!!」
―――ブオンッ……!
キュルルは押さえつけていた『水晶ゴーレム』の拳を振り回すように放り投げる。
すると、その拳に引っ張られた『水晶ゴーレム』がたたらを踏み、後方へとよろめいた。
「きゅるっ……はぁっ………!」
そんな『水晶ゴーレム』を睨みつけ、キュルルは考える。
『コイツ』は……この前のヤツよりはずっと弱い……
ボクだけで戦っても……多分勝てる……
けど、それだと時間が―――
以前にフィルの命を奪いかけたあの『ゴーレム』程の脅威ではないと認識しながらも、自分ひとりではアレの相手は『持て余す』とキュルルは感じ取っていた。
誰かが協力してくれれば……!
そんなことを思うキュルルであったが―――
「だ、大丈夫……!?」
「怪我は無いか!?」
キュルルの後方から生徒達の声がした。
先程キュルルが助けた生徒が他の生徒達の元に合流したのだ。
そんな助けられた生徒を気遣う声の中に―――
「あの『ゴーレム』もだけど……あの『スライム』にも、何かされなかったか!?」
「―――――っ!」
明確な……キュルルに対しての『不審』と『恐れ』があった。
彼らからしてみれば『ゴーレム』も『スライム』も同じ『脅威』に過ぎない。
いくら彼女が人間と同じ言葉を発し、人間と同じ形をしようと―――『魔物』は『魔物』。
『アレ』は―――人類の天敵なのだ。
「きゅ……る…………」
そんな生徒達の反応が、目の前の『ゴーレム』以上に彼女のことを苛んでいた。
そして―――
『―――を、果たせ……!』
「うっ……くう………!」
頭の中で響く声が―――より強くなる。
彼女を嫌な気持ちにさせる、あの声が―――
―――ズゥン………ズゥン………!
キュルルは頭の中の声に気を取られ、目の前の『水晶ゴーレム』に意識が向かなくなってしまっていた。
俯いて頭を抑える彼女の前に立った『ゴーレム』は―――
―――ズォ……!
拳を振り上げる―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁあああああああああ!!!」
―――ゴッッッガァァァァ!!
「なっ――――!?」
イーラの目の前へと迫った『発射』された拳―――
それは―――巨大な『黒い肉たたき』で叩き落された。
「大丈夫ですか!?
イーラさん!!」
『3倍』の《ミートハンマー》を片手に構えたフィルが、背後のイーラに向けて声をかける。
「お……お前………!?」
呆気に取られるイーラの耳に―――更に別の声が聞こえてきた。
「ぼさっとしてんな!性悪エルフ!!」
「っ!?」
ワイルドな口調と風貌の女生徒……アニーがイーラの前へと躍り出ると―――
「《シェイプシフティング・ビースト》!!」
―――シュォォォォオオオオ!!
その『魔法名』を唱えたアニーの姿が……巨大な『人型の狼』の姿へと変わる!
「ウォオオオオオオオオ!!!」
黒い体毛が生え、制服が千切れんばかりの太さとなった両腕と両脚を使いアニーは遠吠えを上げながら『水晶ゴーレム・レプリカ』へと疾走する!
「『獣化魔法』……何度見ても凄い……!
アニーさん曰く何も知らない人から『ウェアウルフ』に間違われて何度も攻撃されかけたことがあるって話でしたけど……」
『人狼』と化したアニーを見て、フィルが思わずといった風に呟く。
「はぁっ……はぁっ……!
き……貴様ら………!
手を出すなと……!」
先程の『準』高等魔法による身体への負担が未だ抜けていないイーラが荒い息を吐きながら声をあげる。
そんな彼女の元へ―――
「あの!少しじっとしていてください!
今、回復します!
《アリヴィエイト・ファティーグ》!」
「っ!?」
サイドポニーの女生徒……ティアーが疲れを癒す『魔法名』を唱える。
温かな光に包まれたイーラは……困惑の表情のままに、身体から疲労が引いていくのを感じた。
「き……貴様ら!!
一体、何のつもり―――!!」
「イーラさん……でしたよね」
「あ……?」
怒号を上げるイーラに対し話しかけたのは青髪の眼鏡の生徒……アルスであった。
「アナタは……かつて勇者様に救われたことがあって……
それで、勇者様に憧れたからこそ……僕達の存在が許せないんですよね……?
ただ『勇者になりたい』という俗な考えでこの学園に来た、僕達のことが……」
「―――ッ!!
何故それを―――フィル!!
貴様!話したのか!!??」
自分の秘事が漏れ出ていることに気が付いたイーラが、凄まじい程の怒りの形相でフィルを睨みつけた。
そのあまりの迫力にフィルは「ひぃっ……!」と思わず息を飲んでしまう。
だが……イーラがフィルを怒鳴りつけるよりも早く、アルスが語りかけた。
「僕は――アナタの言っていることは、そう間違っていないと思います」
「―――!?」
自身の考えに同意の意志を示したその男子生徒の言葉に、イーラは怒りも忘れ驚きの表情を浮かべた。
「実際――僕もその『俗物』の1人、でしたから」
「……!」
その時のアルスは、まるで懺悔でもするかのような表情を浮かべていた。
「僕は、故郷では一番魔法の扱いが上手くて……
それで調子に乗って僕なら『勇者』になれる、なんて安易な考えでここに来た……
まさしくアナタの言う『俗物』です」
「……………………」
「この学園には僕なんかより凄い人が沢山いて、自分の実力なんて大したことないってことを思い知らされて……
そしてついこの前には、恐ろしい魔物の群れに襲われて……
情けなく泣き叫びながら逃げ出そうとしてしまいました」
そんな自分を恥じるかのように瞳を閉じたアルスは――続けて言った。
「でもその時……ある人にこう言われたんですよ。
『ここはこの場の『勇者』達に任せます』って!」
「――!
アルスさん……!」
その言葉を言った人物にフィルは思い当たる。
そして―――アルスは瞳を開き、叫ぶ!
「イーラさん!
僕は……俺は!!
『勇者』になる為に、ここに来た!!
俺はアナタの言う『俗物』かもしれないけど!!
それでも!!この『思い』は!!
絶対に否定させない!!!」
自分の事を『俺』と呼ぶようになったアルスは―――
―――ダッッッ!!
アニーが相手取っている『水晶ゴーレム・レプリカ』へと、走り出し―――!
「うおおおおおおおッッッ!!!
《アイス・ジャベリン》!!!」
―――ヒュッ……ビキィィィ!!!
『氷の槍』によって、『水晶ゴーレム・レプリカ』の腕を凍り付かせた―――!
「皆!!続けぇえええ!!!」
「「「「おおおおおおッッッ!!!!」」」」
そして彼の放った号令によって、他の生徒達もまた『水晶ゴーレム・レプリカ』へと突撃していく―――
「…………………!!」
そんな生徒達の姿を、イーラは言葉もなく見つめ―――
「僕……皆さんにお願いしたんです。
イーラさんと一緒にあの『ゴーレム』と戦いましょう、って」
「っ!?」
すぐ隣のフィルの言葉に、彼女は驚きながら振り向く。
「アニーさん辺りが、物凄く納得いかない風だったんですけど……
でも、イーラさんがなんで皆さんにあんな態度を取るのか、理由を話して……
そのうえで、言ったんです」
フィルは……イーラの方へと振り向いた。
「イーラさんに認めさせましょう。
僕達が『勇者』であることを」
そして彼女の目を見ながら、言った。
「僕達が―――『勇気』を与えることが出来る存在だということを」