第17話 消える光と灯る光
「喰らえッ!」
再びクリーム色の『水晶ゴーレム』の前へと降り立ったイーラは、両手を前方へと突き出し―――『魔法名』を、叫ぶ。
「《ドゥームズ・ブレイズストーム》!」
―――ビュゴォアアアアアアアアアアアア!!!!
その両手から生み出された暴風……いや『黒い暴風炎』は先程の『黒い竜巻』よりも更に凄まじい轟音を上げ、『水晶ゴーレム』を包み込んだ。
通常の魔物であれば骨すら残らない程の『黒い業火』と『黒い嵐』が組み合わさった、『準』高等魔法である。
その『暴風炎』でしばらくの間『水晶ゴーレム』を包み続けていたイーラであったが―――
「―――くうッ……!
はぁッ……はぁッ……!」
苦しそうな声を出し、彼女は両手をだらりと下げた。
その額からは汗を滴り落ち、荒い息が断続的に吐き出される。
いくらイーラと言えど『準』高等魔法を発動し続けるのは心身ともに凄まじい負担がかかる行為なのだった。
肩で息をするイーラは前方へ視線を向けた。
「これなら……どうだ!!」
『暴風炎』が晴れた、そこには―――
「――――っ……!!」
未だ健在の『水晶ゴーレム』の姿があった。
「クソっ……!
いや、だが……無傷ではない………!」
彼女の言う通り……『水晶ゴーレム』は形を保ってはいるが、あの『暴風炎』によって所々は焼き爛れ、両手などの末端部はほぼ溶けかかっていた。
「これならば……!
あと、同じ攻撃を4,5発も当てれば……!」
先程の攻撃で既に息が上がりかけている自身の状態をあえて無視して彼女は声を上げた。
だが―――
―――ピキキキキキ…………
「なっ!?再生……!?」
そう、驚愕に目を見開くイーラの前で……焼き爛れた身体を、形を失った手を……クリーム色の『水晶ゴーレム』はゆっくりと取り戻していく。
再生機能……!
先程フィルからアルミナを手こずらせた『ゴーレム』にはそんな機能があるという話は聞いたが……
まさかそれまで再現されているとは……!
イーラは再びあの『暴風炎』を生み出そうと、両腕を前方へと突き出す。
だが、彼女が魔法を放つよりも前に―――
―――ズオォォォ……!
まだ完全には再生されきっていない『水晶ゴーレム』が、先程と同じようにイーラを狙い右腕を振り上げる。
だが、イーラはそれを対して焦ることもなく見つめていた。
ふん……あんな鈍重な動きでいくら狙おうが私を捉えることなど出来はしない……
向こうの攻撃を避け続け、こちらの攻撃を当て続ければいずれ決着はつく……!
そう思いながら、イーラは『水晶ゴーレム』の振り上げた拳を見上げ―――
―――ブォンッ………!
その拳が振り下ろされると同時に―――
「はッ!!」
―――ダッッ!!
先程と同じ様に、後方へと飛び退き―――
その拳を容易く躱そうと―――
―――バキィッッッッ!!!!
「――――!!!???」
今のは―――なんの、音だ―――!?
そう思ったイーラの目の前には―――巨大な拳が迫っていた。
彼女はその一瞬で何が起きたのかを理解した。
腕を―――切り飛ばした——!!??
そう、『水晶ゴーレム』は彼女に向けて右腕を振り抜くと同時に―――自らの右腕を彼女に向けて無理やり発射したのだ。
「しまっ―――!!!」
空中で完全に虚を突かれた彼女は、成すすべなく巨大な拳に押し潰され―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 エクスエデン校舎・第二天 特別救護室 》
―――フッ………フッ………
「………………………」
一つ、また一つと光を失っていく巨大掲示板の名前のリスト。
その様をコーディスは何も言わずただ見続けていた。
『あのゴーレムはこの学園の生徒が倒せる程度の力しかない』
イーラのこの言葉は決して間違いではない。
あの『水晶ゴーレム・レプリカ』には『ある弱点』が設定されている。
生徒達がそれに気付ければ、十分に倒すことは出来るはずなのだ。
しかし……彼らが『水晶ゴーレム・レプリカ』を倒すことは今回は出来ないであろう、とコーディスは心の中で結論付けていた。
生徒達にはあえて伏せていたが……今回の『試験』は『第1次選抜試験』であり、今後『第2次』、『第3次』と定期的に『選抜試験』を実施していくことを予定していた。
そして、今回は合格者を出すことより生徒全員に『選抜試験』の内容がどういった物なのかを知ってもらう、ということを目的としていた。
つまり、コーディスは……今回の『選抜試験』では合格者が出ないことを前提で実施していたのだった。
これはコーディス個人の考えであり、他の講師陣には伝えていないことであったが……
『どうか貴方も……彼らを、信じてあげてください』
どうやら……アリエスにはそんな考えが見透かされていたようであった。
―――フッ……フッ……フッ…………
「…………………………」
コーディスは尚も光を失っていく掲示板の名前のリストを見続ける。
「彼らを……信じる、か………」
アリエスから言われた言葉をコーディスはぽつりと呟く。
『水晶ゴーレム・レプリカ』の弱点は諦めず戦い続ければ、おのずと気付くことが出来るようになっている。
しかし……あの凄まじい硬度と恐るべき再生能力は……
まだまだ精神的に未熟な子供達の心を容易に折ってしまうモノだ。
掲示板に光る名前の数は……既に200人を切っていた。
やはり、無理か―――
諦観と共に、コーディスは目を伏せる―――
―――ポッ……!
「――――――!」
その音が鳴った瞬間、コーディスは弾かれるように顔を上げる。
そして彼の目に……虹色の光が飛び込んできた。
10人程の生徒の名前から発せられている、その光の意味は―――
「『宝珠』を………手に入れた………?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――ゴカァァァァン………!!!
10メートルの巨体が崩れ落ちる音が、辺りに響き渡る。
そして、その身体の中から―――虹色に光る宝石のようなものが無数に転がり落ちていた。
「全く……『あの時』程の相手ではないはずですのに……
随分と手を焼いてしまいましたわね」
アリーチェは―――その『宝珠』を手にしながら、やれやれと言った風に呟いた。
「あ、アリスリーチェさん……!」
「わ…………私達……!!
私達………!!!」
彼女の後ろにいる生徒達が、同じく『宝珠』を手にしながら感極まったかのような涙声を上げる。
アリーチェは―――彼らを見渡しながら、言った。
「ええ……わたくし達の、勝利ですわ」
その言葉の直後、生徒達の大歓声が広い空間の中に響き渡った。