第16話 僕とアナタと水晶ゴーレム・レプリカ
《 エクスエデン校舎・第二天 特別救護室 》
―――ボフッ!ボフッ!ボフッ!
「ぐ……あ……!」
「いっ……つ………!」
「う……こ、ここ……は………?」
「あ、ちょっと待ってて!
すぐに治すから、そこでじっとしててね!」
新たに救護室に落ちてきた3人の生徒に向かってアリエスは慌てて声をかける。
彼女は今、別の生徒に回復を処置している最中であった。
一時は落ち着いていた脱落者の数が、ここに来て再び増してきたのだ。
「クソ……!
なんなんだよ……あの『ゴーレム』は……!
あんなの……反則だろ……!」
その生徒の口からは、忌々しげな言葉が漏れ出ていた……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「アリエス先生他複数人の講師陣の協力の元、『硬度』の『項目』を極限にまで高め生み出した『水晶ゴーレム・レプリカ』。
流石にアルミナが手を焼いたという本物程の硬度の再現は出来なかったが……
生半可な攻撃では傷一つ付けることが出来ないという点において、そう違いはないだろう」
コーディスは、再び次々に光を失っていく掲示板の名前の列を見やり、呟く。
「さて………君達はどうする?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――ズゥン……ズゥン……ズゥン……!
「ふん……随分とご大層な玩具を用意したものだな」
―――ビュォォォ……!
イーラさんはその巨体を前に全く怯むことなく、右手に『黒い竜巻』を作りながら歩き出す……!
彼女からしてみれば、身体の大きさ程度の差など大したハンデとは映らないのだろう……
けど、『アレ』は―――!!
「イーラさん!
ちょっと待っ―――!!」
「ふんッ!!」
―――ダッッッ!!
引き留めようとする僕の声を無視して―――いやむしろ僕にそんな心配をかけられたことを余計なお世話だとでも言うかのように、彼女は床を蹴りだした!
彼女は風のような速さでクリーム色の『水晶ゴーレム』へと肉薄すると―――!
「《ダークネス・トルネイド》!!」
―――ビュオオオオオオオオオ!!!!
その規模を増した『黒い竜巻』が―――凄まじい轟音と共に『水晶ゴーレム』を包み込む!!
それはこの間大陸西側で見た『ロック・リザード』数体を仕留めたものより、遥かに巨大なものだった……!
………だけど………!!
―――ズゥン……ズゥン………!
「―――っ!!」
その竜巻の中から―――無傷の『水晶ゴーレム』が姿を現す……!
その光景には、流石のイーラさんも目を見開いて驚愕していた……!
―――ズオォォォ………!
そして『水晶ゴーレム』は、右手を掲げ―――足元のイーラさんへと狙いをつける!
「くぅッ……!!」
―――バッッ……!
イーラさんは即座に大きく後方へと跳び―――その直後!
―――ゴッッッッ!!!!!
先程までイーラさんがいた場所を狙った『水晶ゴーレム』の右拳が、迷宮の床を叩く!
その衝撃でこの空間全体が大きく揺れ、僕達は思わず「うわぁっ!?」という声を上げる……!
「く……!!
アレで傷一つ付かないとは……!」
『水晶ゴーレム』から距離を取り、僕達の近くへと戻って来たイーラさんが歯噛みしながら呟いた。
「イーラさん!聞いてください!
僕はあの『ゴーレム』を知ってます!
あの『水晶ゴーレム』は……勇者様でさえ容易には倒すことが出来なかった飛んでもない魔物なんです!」
「なっ……!?
勇者様……アルミナが!?」
僕の口から出て来た勇者様の名にイーラさんは強く反応した。
彼女は勇者様ガチ勢なのだからそれも当然だろう。
「あの『ゴーレム』はあり得ない程の硬度を持つうえ、再生機能まであって……!
勇者様が『奥の手』を使ってようやく倒せた相手なんです……!
いくらイーラさんが強くても、1人では……!」
「………………………」
イーラさんはこちらの方を見ず、ただ黙って僕の言葉を聞いていた。
「イーラさん、ここは僕達全員で力を合わせないと―――」
「―――いや」
「え?」
協力を申し出る僕の言葉を、イーラさんは遮った。
「お前の言うアルミナが手こずったという『ゴーレム』と、目の前のあの『ゴーレム』は別物だ」
「え……それって、どういう……?」
「理由は2つある」
疑問の声を上げる僕に対して、相変わらずこちらを見ないままにイーラさんは説明を始めた。
「まず、アルミナですら容易に破壊出来ない硬度を持つ『ゴーレム』なんてモノがそう簡単に再現出来るとはとても思えん。
あの『ゴーレム』は確かに凄まじい硬度はあるが……件の『ゴーレム』には及ばないだろう」
それは……確かにそうかもしれない……
僕も詳しくは知らないけど……コーディス先生や勇者様から聞いた話によると、あの『水晶ゴーレム』は普通の魔物とは違って何者かによって作り出された可能性があるらしく……それは決して容易に出来ることではない、ということらしい。
この迷宮で作り出せる程度の物なら、そんな風には言われることはないだろう。
「そしてもう一つ……
私達が居るこの空間が『第三天』の外延部で間違いないはずだが、コーディスが言っていた『宝珠』とやらはどこにもない」
「え、あ……た、確かに……」
イーラさんの言葉に僕は改めて周りを見渡してみたけど……この広大な空間にはあのクリーム色の『水晶ゴーレム』以外、他に何一つ存在しなかった。
「ならば考えられることは一つ。
あの『ゴーレム』を倒すことによって手に入れることが出来る、ということだ」
『ズゥン……ズゥン……』と重い足音を鳴らしながらこちらへ近づいてくる『水晶ゴーレム』を、イーラさんは睨みつける。
「しかし……アルミナが『奥の手』を使ってようやく倒せる怪物を『試験』などに使うと思うか?
そんなもの、誰一人として合格出来る訳ないだろう」
「う…………」
一応僕はキュルルやアリーチェさんと力を合わせてあの『水晶ゴーレム』を倒せはしたけど……
あの時みたいなことをもう一度……しかも他の生徒達全員にやってもらう、なんてのは確かに余りにも無茶が過ぎる……
「つまり……あの『ゴーレム』はこの学園の生徒が倒せる程度の力しかないということだ。
そうでなければ『試験』の意味がないのだからな」
そしてイーラさんは「話は終わりだ」とでも言うように、再びあの『ゴーレム』に向かって突撃の構えを取る……!
「ちょ、ちょっと待ってください……!
そうだったとして、イーラさんが1人でアレを相手する必要は―――!」
「言ったはずだ!
私の目的は貴様ら俗物共に己の脆弱さを見せつけることだと!
貴様らの力など借りん!
手を出さず黙って見ていろ!!」
―――ダッッッ!!
「イーラさん!!」
僕の言葉になどまるで耳を貸さず、イーラさんは先程と同じ様に『水晶ゴーレム』へ向かって駆け出した……!
イーラさん……貴女は……!
「ちっ……!
あんの野郎、好き勝手言いやがって……!」
「そ、それより私達はどうすれば……!?」
「そうだな……もし彼女が言っていたとおり、あの『ゴーレム』を倒さないと『宝珠』が手に入らないのだとしたら、僕達としてもただジッとしている訳にも―――」
「皆さん!!!」
「「「!!!」」」」
アニーさんやティアーさん、アルスさんが話し合っている中を割り込んで、僕は大声を上げた。
この場の全員の視線が僕に集中する。
そして僕は、ゆっくりと告げた。
「……お願いが、あります」