第9話 僕と恒常魔法
《 - 数日前 - エクスエデン校舎・医務室 》
「フィーたん。
君の魔法 《バニシング・ウェイト》は恐らく『恒常魔法』の発展系だ」
「え……『恒常魔法』……?
それって……?」
目の前にいる相変わらず際どい格好をしているリブラ先生が発した聞きなれない単語に、僕は疑問の声を口にする。
ガーデン家のお屋敷から戻り、イーラさんとのいざこざが落ち着いてから数日後。
僕はこの前使えるようになった魔法について相談しようと、リブラ先生の元を訪れていた。
質量操作魔法 《バニシング・ウェイト》。
それは発動すると自分の体重の殆どが消え、数十メートルもの距離を瞬きの内に詰めることが出来る速度で動けるようになるものだ。
『風魔法』による超加速を行えるカキョウさんからも「あれは正に神速です」という評価を貰える程の魔法なのだけど……この魔法を使うと僕の身体には凄まじい負担がかかるのだ。
勇者学園に戻ってきてから何度か試してみたけど、あの魔法を発動し続けることが出来るのは精々十数秒が限界であり……ほんの2、3回も動いてしまえば、あっさり倒れてしまうのだった。
そして僕はその原因は魔力の枯渇によるものだと思っていただけれど、様子を見ていたアリーチェさんから、気になる事を言われた。
「フィル、貴方がその魔法を使った時に起きる身体への負担は通常の魔力の枯渇とは少し違いますわ」
「え……?」
アリーチェさん曰く……
魔力が枯渇した時の身体は、まるで重い病気にでもかかったような衰弱状態に近くなるらしい。
言われてみれば確かに……以前のアリーチェさん暗殺未遂の時、魔力が付きかけた彼女はそんな感じだった気がする。
僕のこの魔法の場合、発動した後はまるで全力疾走でもしたかのような疲労感が襲う、といった具合で、確かに少し違う気もする。
なにより僕の場合……物凄い負担はかかるけど、ゆっくり休みさえすれば体調は問題なく回復するのだ。
本来であれば、魔力は食事や睡眠によって作られるもので、ただ休むだけで回復することなどない、というのがアリーチェさんから言われたことだった。
これは一体どういうことなのか……?
そう思った僕がこうしてリブラ先生に相談に来たところ、先程の言葉が出て来たのだった。
「確認だが、君はプラちーの身体と『土魔法』のことについてはもう知っているかい?」
「………こっちも確認なんですけど、それプランティさんのことでいいんですよね……?」
この人が他人の名前を愛称で呼ぶことに関してはもうこの際何も言わないけど……
せめてまず誰のことかを事前に話してくれないかなぁ……
まあ、それはともかく……
「それって……『土魔法』による粘土の義肢の話ですか?」
プランティさんは幼い頃に失った四肢を『土魔法』によって造り上げた義肢によって補っている……
あの魔物襲撃事件の後、プランティさんの口から告げられ、実際に見せて貰って知ったことだ。
その時はホントに驚いたものだった。
「そう……日常的に、常に行使し続けることが出来る魔法。
それが『恒常魔法』だ。
プラちーが使っている粘土の義肢……そして君自身にもかかっているものも、ね」
「それって……!」
それは以前聞いた僕の体質についての話……
僕は、僕の身体の中に取り込まれたキュルルの欠片によって増えているはずの体重を、僕の質量操作魔法によって打ち消しているのだ。
もっとも、僕自身にそんなものを使っている自覚なんてものはなく、体内のキュルルの欠片達の力によって無意識のうちに発動されているらしいのだけれど……
「つまり、その無意識に使っている魔法を君自身が意識的に操作を行うのが《バニシング・ウェイト》だということだな。
フィーたんのその魔法を『発動』するものと捉えているようだが、正確には違う。
既に発動済みの『魔法』を更に増強している、という表現が正しいな」
「そうなんですか……」
まぁ、先ほど述べたとおり普段から魔法を使っている自覚なんて全くないので、そう説明されてもいまいちピンとこないのだけど……
「それで……僕の魔法がその『恒常魔法』であるとして……
それが一体……?」
「ふむ、簡単に言うとだな」
そう言いながらリブラ先生は腕を組み、豊満な胸を強調させる。
僕は思わず頬を赤らめ視線を逸らして―――
「君の魔法は、いくら使っても魔力が減らない」
「………へ?」
別のことに意識を奪われ、聞き流してしまいかけたその言葉に僕は間抜けな声を漏らす。
魔法を使っても……魔力が減らない……!?
「あ、あの!それってどういう……!?」
「どうもこうも、それこそが『恒常魔法』の特徴なんだ。
君もプラちーから聞いたはずではないかい?」
それは………確かに聞いてはいた。
プランティさんが普段から常に使用し続けている義肢を造り、操る魔法……
それは一切の魔力が消費されないんだとか……
代わりに、自身の『魔力値』が物凄く低くなってしまうらしいけど……
「それは言い換えれば、魔力そのものは使わず、『魔力値』の上限値を増減させることによって魔法の威力を変えることが出来る、ということでもある」
「え………えええっ!?
そ、そんなのアリなんですか……!?
僕が言うのもなんですけど、物凄く納得がいきかねるというか……だいぶ反則気味の理屈のような……!」
「まあ、『恒常魔法』を使えるようになること自体が非常に高難易度だし、その魔法のかかり具合を変えるなんて芸当、『上級魔法師』でも数人いるかいないか……と呼べるレベルのものではあるがね。
君と君の中のキュルルルンの欠片達の力がそれ程までに凄まじいということなんだろう」
それは多分、ほぼキュルルの欠片達の力だと思うなぁ……
僕はどうしても他力本願感を感じてしまい「うむむむ……」と、なんとも言えない表情で唸ってしまうのだった……
「ちなみに……君が【フィルズ・キッチン】によって作り出した調理器具の衝撃によって重量が増す性質も、おそらく自身にかけられている質量操作魔法を応用しているものだと思われるね。
あの調理器具はキュルルルンの欠片で出来ているのだから、『自身にかけている魔法』をそのまま適用できるという訳だ」
「はええぇぇぇ………」
何と言うか……もはや僕は馬鹿みたいに放心するばかりであった……
「私も以前フィーたんの『魔力値』の低さはキュルルルンに魔力を捕食されただけでなく、質量操作魔法を自身にかけ続けているからではないかと予想したが……
君の話を聞いてそれが確信に変わったよ」
「――?
どういうことですか?」
「さっき君が話したこと……質量操作魔法 《バニシング・ウェイト》を使うと疲労感に襲われるという話……
それは君の魔力がほぼ無くなることによって起きる現象には違いないが、通常の人間が魔力の枯渇によって起きる身体への負担とは大分プロセスが違う」
「???」
リブラ先生の説明によると―――
通常の人は自身の魔力によって心臓を動かしたり、脳を働かせたりといった生命活動が行われている。
故に魔力が尽きると心臓などが動かせなくなり、死に至るという訳らしい。
しかし僕の場合、そういった生命活動は体内のキュルルの欠片達の力によって行われている為、自身の魔力を使う必要がない。
だだ、自身の魔力が『全く使われていない』という訳でもないのだろう、というのがリブラ先生の推測だ。
つまり、僕の中に残った『100』というなけなしの魔力も、僕の体力の維持などに若干ながら使われているのだ。
それが僕の《バニシング・ウェイト》によって上限値がほぼ『0』に近い値まで減らされた結果……
通常状態より極端に疲れやすくなってしまう……というのが、僕の魔法を使った時の疲労感の原因ということらしい。
「通常の魔力の枯渇のように死に至る程の負担ではないし、『魔力値』の上限値を元に戻してから休めば問題なく回復出来る。
普通の人間が使う魔法より、フィーたんが使う魔法はずっとメリットがあると言えるね」
「はぁ……」
それ自体は僕にとっていい事なのかもしれない。
ただ―――
「当初の問題……
僕が《バニシング・ウェイト》を使ったらあっという間に疲労で倒れてしまう、ということは変わらないんですよね……」
そう……僕の魔法についての理屈が分かっても……結局はこの問題を解決しないことには、実戦でこの魔法を使うことは―――
「それなら話は簡単だよ、フィーたん」
「え?」
リブラ先生は溜息を吐く僕にあっけらかんと答えた。
「『魔力値』の上限値がほぼ『0』になってしまうからすぐに疲労することになってしまう。
なら、『0』にしなければいい」
「それ、って―――」